魔王殺しと握手はできない。
斉藤一
第1話 ――引用――(微修正有)
魔王を愛した者どもは
―――魔王が討伐された―――
―――勇者は、凱旋し、王へ謁見した―――
―――勇者は、伝説となった―――
―――しかし、魔王は優しかった――
「号外ー! 号外ー!」
仕事の昼休憩時に、伝聞が走った。赤レンガの屋根が吹き飛ばされるほどの勢いで、城下町の大通りの一つが騒然となった。
隣で私と同じ鶏肉を食べていた者は、私の燃え滾る憎悪と反して鳥の骨を投げ出し大声で歓喜する。
「魔王が、魔王が倒されたぞぉぉぉぉ!」
周囲は既に祭りの様な騒ぎであった。その中で私は、そっと場を離れ、裏路地へと走っていく。
いやだ! なんで! どうして! 溢れ出る疑念を捨て、私は涙をこらえる。
そのまま、まだ不慣れである城下町の暗い裏路地を走り抜け、下を向きながら大通りを何度も何度も走り通り抜ける。
急に建物の影がなくなる。大通りだ。ふとした瞬間、暗くなる。裏路地だ。
どこも歓喜が止まない。裏路地ですら、ホームレスが酒瓶を地面に打ち付けて喜んでいる。
それを横目に見ながら、また、建物の影のない大通りに入った時だった。
何かにぶつかり、私は叫び、周りを見る。
目の前には、白馬と地に手を付けている勇者の姿があった。
白馬は、その凛とした表情で私を睨み、警備員は剣を抜く。
どうやら私は、大通りの真ん中で勇者の凱旋パレードの邪魔をしてしまったようだ。
即座に、周りの警備員に刃を向けられる。
しかし、弁解する気も起きず、私は涙を流しながら勇者を見た。
コイツだ。こいつか。魔王を殺したのは!
そう憤慨する。しかし、勇者は周りの警備員を手で制し、あまつさえ私に手を差し伸べる。
「大丈夫かい? 怪我はないかい?」
勇者の隣にいる美人な、魔法使いと思わしき女性が近づいてくる。
「そう言う貴方も転んでたじゃない。恥ずかしー」
と、それと共に談笑する戦士と僧侶。
そんな様子に、にこやかに、それでいて清廉と私に手を差し伸べる勇者。
酷い。酷いよ。
民衆は、もはや私の無礼さよりも、勇者の清廉さに魅了されていた。
何故だ、何故私を捕縛しない⁉
何故糾弾しない⁉
死刑だ。私を早く殺せよ!
その、魔王を殺した汚い手で!
私は勇者の手をはたき、ふらつきながらも勇者を抜き去る。そして、泊っている宿とは別の方向へ逃げる。
民衆はどよめいていた。
「なんて無礼な奴なんだ」
「おい! 早くあのガキをひっ捕らえろ!」
私の望み通り、糾弾が始まった。
よかった。これで、思い切り泣くことができる。
私は悪として、勇者を憎むことができるのだ。
そう思った。しかし、私を追いかけようとした警備員を、またしても勇者が制止した。
「いいんだ。それより我々は、平和を楽しまないとな」
民衆はもはや、私のことなどどうでも良いようだった。
宿へ着くと、私は即座にベッドに寝ころび、枕を濡らす。
時刻まだ正午。仕事だって放りだしたままだ。
しかし私にとって、そんなことはどうでもよかった。
とにかく、勇者が憎かったのだ。
だって、あんな優しい魔王を。
私の家族である魔王を。
私達の日常を!
あのような清廉な性格を持ったはずの人物が、全て殺してしまったのだから。
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