無頼の生臭! タクアン和尚との出会い!!

「どうにか斬り抜けたようだな……」


 二つ目の橋にて十一鬼タダカツとの激闘を終えてツクモはつぶやく。

 どうやらこのあたりには他の幽冥の百鬼の気配はない。

 三つ目の橋まで差し掛かったところで、やや気を緩めながらヤコウは言う。


「この橋を越えればオワリノジョウカは目の前だ。この気味の悪い地蔵共ともおさらばだな」


 そうして三つ目の橋を渡り河原へ着いた二人の目に人影が見えた。

 居並ぶ地蔵のうちの一つの前でうずくま法衣ほうい姿の男。

 一見いっけんすると地蔵に向かって熱心に念仏を唱えている坊主に思えるが、よく見れば何とその男は供え物である握り飯を頬張ほおばっていたのだ。

 ツクモもヤコウもそれほど信心深い方ではないが、男の行動に思わず顔をしかめてしまう。

 男は食事に夢中でツクモに気付く様子はない。

 ツクモは足早に男の後ろを横切ろうとした――が、そこで男はこちらを振り返った。


「ん、おお! そこ行くお侍さん。ちょいと待っとくれ」


 呼び止められ、仕方なく足を止めるツクモ。

 

「……何用か?」

「おれはタクアンってもんだ。お侍さん、悪いが何か食べるもん持ってないか? もし持っていたら少し分けて欲しいんだが」


 口の周りに大量の米粒をつけながら食べ物を無心する僧侶――タクアン。

 ツクモはどこから突っ込んだものか困った挙句、結局そのまま会話を続けることにした。


生憎あいにくと拙者も大したたくわえはない。渡せるものと言えば漬物と茶くらいだ」

「おお、いいねぇ! 漬物とお茶。今まさに欲しかったもんだよ!」


 ツクモが荷をほどいていると、半ばひったくるような勢いで目的のものを持っていくタクアン。

 驚いて顔を上げれば、漬物も茶もすでにタクアンの腹の中へと消えていた。

 ツクモは全部渡すつもりなどなかったのだが……これで残る食料は握り飯一つになってしまった。


「ん~この漬物……今一つ味に深みが足りないなぁ」


 礼を言うどころか味にケチまでつけるタクアンの態度に、さすがのツクモも怒りを覚えるが、これ以上この男と関わりたくないという気持ちがわずかに勝る。


「では拙者はこれにて――」

「待ちな。お侍さん、あんた……これまで何人殺してきたんだい?」


 不意に飛び出したタクアンの真剣な声音に、再びツクモの足は止まった。


「……百人」

「ずいぶんと殺したもんだね。しかも殺した連中をろくに供養くようせずにいるだろう。いいかい、お侍さん。とむらいの心を持たず人を斬れば、殺された者の怨念はいつまでも晴れることはない」


 そうしてタクアンは一層声を低くして言った。


「現にあんた、とんでもない悪霊に取り憑かれているよ」


 タクアンのこの発言に、これまで傍観ぼうかんを決め込んでいたヤコウの眉がぴくりと動いた。

 服装以外で坊さんらしさなど欠片もないこの男に、霊を見る力などあるわけがないと思い込んでいたからだ。

 そしてその考えはツクモも同じだった。


「……悪霊?」

「そうそう。何かもうね、すごいたちの悪い、おまけに性格も悪い悪霊さ」

「ふざけるなっ! 貴様なんぞに言われる筋合いは――」

「しかし、もう安心。その悪霊を今すぐおはらいしてあげよう」


 文句を言いかけたヤコウの口は、続くタクアンの言葉にさえぎられた。

 その驚きの内容にヤコウは二の句を継げない。


「まことか? 拙者に取り憑く悪霊をはらえると?」


 半信半疑で聞き返すツクモに、タクアンは二カッと白い歯を見せた。


「ああ! ただしお侍さんにもちょっ~と協力してもらうよ。この身に着けるだけで願いが叶う数珠じゅず! 今ならなんと超お得な――」

「失礼する」

「あ! 待って! 待ってよ、お侍さん!!」


 一気にきな臭くなったタクアンの口上を強引に打ち切って、ツクモは急いでその場を離れた。


「結局ただの生臭なまぐさか……まったく驚かせやがって」


 そんなヤコウのぼやきを聞きながら、ツクモの頭には先程のタクアンの言葉がしっかりとこびり付いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る