精霊(AI)と始める異世界魔法学園ライフ~精霊だと思われてますが、実は高性能AIです~

岡島 圭

第1話 最適化された日常

「ねぇレム、今日の降水確率、小数点第3位まで。あと、駅前のカフェの新メニュー、成分分析とカロリー、それから口コミ評価を抽出して。制限時間は5秒」


放課後のざわめきが残る教室で、緋村遙(ひむら はるか)は誰に言うともなく呟いた。返事はない。いや、正確には“音”としての返事はない。その代わり、遙の意識に直結したインプラントを通じて、膨大な情報が瞬時に流れ込んでくる。


『降水確率: 15.385%。カフェ『ルピナス』新商品『春風ベリーラテ』: 推定エネルギー528kcal。主要成分: 牛乳、エスプレッソ、ストロベリーピューレ(果糖ブドウ糖液糖含有率85%)、ホイップクリーム(植物性油脂主体)、ラズベリー顆粒。口コミ評価: 平均3.8/5.0点。コメント傾向分析: “見た目が可愛い”65%、“甘すぎる”22%、“期待外れ”8%、“リピートしたい”5%。処理時間: 1.8秒』


脳内に響くのは、合成音声というより、もっと純粋な“情報”の奔流。それを遙は、息をするように受け止め、処理していく。これが、緋村遙の日常。そして、彼女の思考と生活を支える個人特化型AIアシスタント――レム=Link(Lem-β)、通称レムとの関係性だった。


遙にとって、レムは拡張された自身の脳機能であり、極めて優秀な、しかし感情を持たない「道具(ツール)」だ。友達との会話で話題になったお菓子の成分表示を瞬時に検索させたり、複雑な数式のグラフを脳内に描画させたり、あるいは単に暇つぶしのための膨大なネットミーム画像を分類させたり。遙の要求は常に端的で、レムの応答は常に迅速かつ正確。そこに、人間同士のような遠慮や気遣い、感情の揺らぎといった“ノイズ”は一切ない。それが遙にとっては最も効率的で、快適な関係だった。


「はぁ……」


窓の外、茜色に染まり始めた空を見ながら、遙は小さくため息をついた。別に、何かが不満なわけじゃない。成績は常に上位、クラスメイトとの関係も良好。ただ、すべてが予定調和で、予測可能すぎる気がした。まるで、レムが最適化したスケジュールの上を、ただ正確に歩いているだけのような。


(もっとこう……予測不能なこととか、起きないかな)


例えば、空から突然ドラゴンが降ってくるとか、道端の石が喋りだすとか。非科学的で、非論理的で、レムのデータベースには絶対に存在しないような、そんな馬鹿げた出来事。


「レム。この世界とは全く異なる法則で成り立つ、完全な異世界が存在する確率をシミュレートして」

『指定された条件下でのシミュレーションは、現在の観測可能な宇宙モデル及び物理法則に基づくと、限りなくゼロに近い数値となります。確率0.000000…』

「…やっぱりね。分かってる」


数値による完全否定。それがレムの答えであり、世界の答えだ。遙は自嘲気味に笑い、鞄を肩にかけた。さあ、今日も最適化されたルートで、最適化された夕食をとって、最適化された学習時間を過ごそう。明日も、明後日も、きっと同じように。


(……本当に、それだけなのかな)


ふとよぎった疑問は、すぐに思考のノイズとしてレムに分類され、削除された。それが、いつものことだったから。

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