第55話「守りの灯と、森の異変」

第55話「守りの灯と、森の異変」


キルアを見送った後、リシアはハルの工房を訪れた。


朝日に照らされた工房は、石と土の匂いが混じり合い、独特の落ち着いた空気を醸し出していた。ハルは作業台に向かい、何やら熱心に石を磨いている。


「おはようございます、ハルさん」


「おはようございます、リシアさん。今日は、随分と早いですね」


リシアは、少し照れながら言った。


「えへへ……。

キルアさんがいないと、なんだか落ち着かなくて。

それに、ハルさんに石細工のことを、もっと教えてもらいたいなって」


ハルは手を止め、リシアに微笑みかけた。


「それは嬉しいですね。

では、今日は、石の“声”を聴くことから始めましょうか」


「石の声……?」


「ええ。石には、それぞれ固有の“響き”があります。

その声に耳を澄ませることで、石の性質や、秘められた力が見えてくるのです」


ハルは、作業台に並んだ様々な石を指し示した。


「まずは、この中から、気になる石を選んでみてください」


リシアは、石を一つひとつ手に取り、触れてみた。

冷たいもの、温かいもの、ザラザラしたもの、ツルツルしたもの……。


石の感触は様々だが、どれも、特に何も感じなかった。


「うーん……。

どれも、同じようにしか感じません……」


ハルは、優しく笑った。


「焦ることはありません。

石の声は、静かに、そして、優しく語りかけてきます。

心を落ち着け、石と向き合う時間を重ねることで、

いつか、必ず聞こえるようになるでしょう」


リシアは、ハルの言葉を信じ、再び石を手に取った。


目を閉じ、呼吸を整え、意識を集中する。


すると、その時だった。


手に持っていた石が、微かに震え始めたのだ。


「……あっ」


「どうしましたか?」


「石が、震えてる……。

それに、なんだか、優しい声が聞こえる気がする……」


ハルは、目を細め、リシアを見つめた。


「素晴らしい才能ですね、リシアさん。

あなたは、石と心を通わせる力を持っているようです」


リシアは、驚きと喜びで胸がいっぱいになった。


ハルの指導を受けながら、リシアは、

石の声に耳を澄ませ続けた。


やがて、彼女は、石の種類や状態によって、

異なる“響き”があることに気づき始めた。


硬い石は、力強い音を。

柔らかい石は、優しい音を。

そして、傷ついた石は、悲しげな音を奏でる。


「……石って、本当に生きているみたい」


リシアは、しみじみと呟いた。


その日の午後、突如として、空が曇り始めた。

強い風が吹き荒れ、木々が激しく揺さぶられる。


「……嵐、かしら?」


リシアが空を見上げると、ハルが神妙な顔つきで言った。


「これは、ただの嵐ではありません。

何かが、近づいてきています」


ハルの言葉に呼応するように、

守護石が、けたたましい音を立てて輝き始めた。


>【警告:高エネルギー反応を検知】

>【近隣に強力な魔獣反応を確認】

>【迎撃準備をしてください】


「魔獣……!?」


「落ち着いてください、リシアさん。」


ハルの言葉に、リシアは深呼吸をした。


そして、意を決して、守護石を見つめた。


「……イシサマ、私に力を貸してください!」


その祈りに呼応するように、守護石が、眩い光を放ち始めた。


>【迎撃支援を開始します】

>【守護石が、最も有効な“奇跡”を提案します】

>【風の結界を張り、敵の侵入を防ぎますか? 消費:1500pt】


「……風の結界、お願いします!」


リシアがそう叫んだ瞬間、

拠点を覆うように、巨大な風の壁が現れた。


その壁は、目に見えないほどの速さで、

周囲の空気を圧縮し、強固な防御壁を形成した。


>【風の結界を展開しました】

>【侵入者の接近を警戒してください】


嵐は、さらに激しさを増していく。


風の音、木々の軋む音、そして、遠くから聞こえる、魔獣の咆哮。


リシアは、震える手で弓を構え、

森の奥を凝視した。


その瞳には、

決意の光が宿っていた。


(第56話へつづく)

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