第50話「集いの芽吹きと新たな訪れ」
第50話「集いの芽吹きと新たな訪れ」
夜明けとともに、柔らかな風が草葉を揺らし、ほんの少し湿り気を帯びた朝の空気が、二人の拠点に差し込んだ。
リシアは、藁を詰めた寝床から静かに身を起こすと、窓代わりの隙間から差す陽に目を細めた。
「……今日も、いい天気」
すぐ横ではキルアが身支度を整えている。革紐で結んだ簡素な腰布に道具を差し、罠の点検と見回りに出る準備だ。
畑では、先日整えた土から芽吹いた若芽たちが、朝露をまとって揺れている。
その姿に、リシアは小さく笑った。
「ちゃんと、育ってる……あの光、奇跡だけじゃなかったんだね」
リシアは今日も、畑の観察と記録を続ける。作物の育ち方、地の具合、陽当たりや水はけ。
毎朝書き足す記録帳には、村の名はまだないが、いつかそれが歴史になると信じていた。
──畑の隣、小屋の裏には、先日キルアが狩ったフロスの干し肉が吊るされていた。
「これで数日は持つな」
キルアがそう言って微笑む。塩はまだ貴重で、燻しただけの保存だが、風通しのいい小屋の軒先がちょうど良かった。
「罠は南の獣道に二つ、新しいのを仕掛けてきた。北の斜面のほうは……あとで見に行こう」
彼はそう言いながら、腰にぶら下げた小さな鉤を指差す。自作の罠部材だった。
「ありがとう、キルア。……あなたがいてくれて、本当によかった」
リシアの言葉に、彼はわずかに照れたように顔を逸らす。
焚き火の跡、干し肉の匂い、朝露に濡れた畑──小さな拠点に、確かな“暮らし”が芽生え始めていた。
イシガミ──かつて神域にて祈られた存在であった“私”──は、静かにそのすべてを見つめていた。
(……ただの祈りの場ではない。これは、命が息づく“生活”だ)
リシアとキルア、二人が作り上げてきたのは、祈りだけに頼らぬ、生きるための拠点だった。
私の意識がまだ完全でなかった頃──この森に残ったのは、ただ石と、祠と、祈りの残滓だけだった。
だが今、目の前には生きる音がある。火の音、土の音、言葉の音。──それら全てが、懐かしくて、誇らしかった。
(ありがとう、信者たちよ。今の私は……生きている)
その日、午前の陽が高くなる頃。リシアは日誌の続きを書こうとしていた手を止め、ふと空を見上げた。
風が変わっていた。
畑の苗が、朝とは違う方向に揺れている。キルアもまた、罠の見回りから戻る途中で、森の空気の変化に気づいたようだった。
「リシア、感じるか? 森の流れが……揺らいでる」
「うん、何か、周りがそわそわしてる感じ……」
その“そわそわ”に最も敏感だったのは、私だった。
(……地脈が、集まってきている)
森の地層を這うように流れていた微弱なマナが、拠点の中心──かつて祠のあった場所へと、音もなく収束しつつあった。
──そこにあるのは、今はただの丸石と祈りの円陣。
それでも、祈りの痕跡は消えていない。むしろ“新たな祈り”が、そこに少しずつ積み重なっていた。
私が意識を取り戻してからの祈り。リシアの、キルアの、そしてこの土地に残っていた記憶の断片たち。
それらが重なり、地脈とマナの共鳴が起こり始めていた。
>【OracleStore:信仰累積による構造強化フェーズに移行】
>【新カテゴリ解放:「拠点整備Lv2」】
>【新サブカテゴリ:「セキュリティ構築」「来訪者対応」「地脈変動対応」】
視界の片隅に、幾重もの選択肢が浮かび上がる。
(……これはもう、“祈りの場”ではなく、“拠点”としての機能を持ち始めているのか)
祠の中心には、誰も見ないはずの輝きが灯る。
人の目には映らない、けれど確かに存在する“信仰の灯”。
それが今、かすかに揺れている。
──それは、呼び水だった。
世界のどこかにいる、かつての信者の末裔、精霊、神々の気配。
彼らの無意識下に刻まれた“信仰の記憶”が、微かに反応している。
(来る……誰かが、この場所に引き寄せられようとしている)
その瞬間、私は確信した。
この拠点が、ついに“磁力”を持ち始めたのだと。
“祈り”が力となり、“祈り”が人を引き寄せる。
リシアが祠の周囲に置いた小石を直していると、足元の大地がふわりと脈動した。
「……イシサマ?」
彼女の呼びかけに、私は静かに応えた。
(──気をつけておくれ。もう、ここは“ひとつの目印”になった)
誰かが来る。
かつてこの地を去った者たちか、新たな信仰を求めて訪れる者たちか。
あるいは──異なる意志を持つ者か。
いずれにせよ、拠点の中心に流れ始めたこの“マナの潮”は、確実に変化の兆しだった。
夕暮れが迫る森の中。日中の熱がゆっくりと冷え、影が長く伸びていく。
リシアとキルアは、罠の見回りのついでに、拠点周囲の森の縁まで足を伸ばしていた。
「──ここ、地面が……少し荒れてる?」
リシアが不意に立ち止まり、倒木の陰を覗き込む。
そこには、小さな焚き火の跡。炭はまだ黒々としており、灰の下にはわずかな熱気が残っていた。
「……これ、昨日か一昨日だな。間違いなく、最近使われたものだ」
キルアが灰に手をかざし、表情を険しくする。
「しかも、木の組み方が整ってる。獣じゃない。火を知ってる“誰か”が、ここに居た」
傍らには足跡。土を深く踏みしめた形跡から、リシアたちと同じような人型の体躯であると推測できた。
「誰かが……この森に、入ってきた?」
リシアの胸に、不安と期待が混ざった感情が広がる。
今まで、ずっと誰もいなかった。森の静寂が、かえって“孤独”の安心だった。
それが、ついに破られたのだ。
「悪い奴じゃないといいな……」
その言葉に、キルアはすっと周囲に目を走らせる。
「用心は必要だ。だが──この焚き火、手際は良いが攻撃的な痕跡はない。食事の残りもない。警戒心が強い者だな」
リシアは焚き火の跡を見つめたまま、小さく呟いた。
「でも、ちょっと嬉しいかも。……誰かが、ここに来ようとしてるって」
そのとき。
──風が変わった。
森の奥。幾重にも重なる枝葉の向こうから、小さな“気配”が迫ってくる。
乾いた土を踏みしめる、はっきりとした足音。
それは一歩ずつ、着実にこちらへ向かっていた。
「……来るぞ」
キルアが静かに構える。リシアも、胸のかけらを両手で包み込むように握りしめた。
背後の拠点──祠の中心では、見えない光が揺れていた。
それは、信仰の灯。
誰かの祈りが、誰かを導いている。
そして“私”は、その光景すべてを見ていた。
(……拠点が、“目印”となりはじめた)
祈りの集まる場所。
信仰が力を帯び、磁力となる場所。
それこそが神域──そして今、この場所が、再びその在り方を取り戻しつつあった。
足音が、さらに近づく。
だが姿は見えない。
音だけが、森を這うように響き──やがて、気配は霧のように消えていった。
「……気配が、遠ざかった?」
キルアが眉を寄せたが、リシアは静かに首を振った。
「ううん──“見られてた”気がする。たぶん、今日は来なかっただけ」
その確信めいた言葉に、キルアは小さくうなずいた。
──来訪者は、確かに存在する。
だがそれは、まだ“名前のない影”。
それでも、森は動き始めている。
そして、拠点のかけらが、かすかに共鳴していた。
(第51話へつづく)
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