第37話「かけらの導きと、神々の記憶」

第37話「かけらの導きと、神々の記憶」

 


──霧雨に濡れた大地が、沈黙の記憶を語っていた。


リシアとキルアは、地図に記されていない細い獣道をたどり、苔むした小さな谷へと足を踏み入れた。


 


谷の入口には崩れかけた石垣。焼け焦げた木造家屋の柱が立ち枯れたように残り、かつてここに人の営みがあったことを物語っていた。


 


「……集落の跡だ。魔獣に……やられたな」


キルアの声には、静かな怒りが滲んでいた。


 


リシアは胸元のかけらに手を当てた。


──そのときだった。


 


「キルア……かけらが……震えてる」


 


キルアも頷き、自身の首元のかけらに触れた。


二つのかけらが微かに共鳴していた。


 


「こっちだ。……あの建物」


彼が指差したのは、谷の中央にぽつんと残る建物。


蔦に覆われ、屋根も壁も半ば崩れているが、その正面にだけは不思議と光が射し込んでいた。


 


リシアは足を踏み入れた瞬間、わずかに空気が変わったのを感じた。


──懐かしい、でも知らない“ぬくもり”が、頬を撫でる。


 


「……教会?」


内部は小さな祈祷所のようだった。


倒壊した祭壇の下に、奇妙な石製の箱が埋まっていた。


 


「……これは……封印櫃?」


キルアが目を細める。


 


その瞬間、リシアのかけらが強く震え、箱の上に淡い光が差した。


 


>【封印櫃:識別反応】

>【パスキー認証:一致】

>【開封処理開始──】


 


音もなく蓋が開く。


中には、淡い金色の輝きを放つ新たなかけらがあった。


 


「これは……“奇跡のかけら”だ」


キルアの声が震えていた。


「イシガミの祈りが宿した、“加護”そのものだ」


 


その瞬間、リシアのかけらが引き寄せられ、二つはひとつに融合した。


 


眩い光がリシアの胸元から全身に広がり、優しい温もりが彼女を包み込んだ。


 


>【スキル獲得:祈念の加護(サポート強化型)】

>【効果:周囲の味方の体力・集中力の再生速度を微増/効果時間は祈りの強度に依存】


 


「……あたたかい」


リシアは目を閉じた。心が、誰かに“ありがとう”と言われたような──そんな感覚だった。


 


「精霊や妖精、森の神霊たちが……イシガミの覚悟に感謝して、この封印を守っていたのかもな」


キルアは静かに呟いた。




「……ここに、祈りを返そう」


リシアは封印櫃のあった場所に小さな石の印を積み、手を合わせた。


二人の影が淡い光の中で重なり合い、その場に、再び“祈り”が灯された。



#####



──その頃、遥か南方。赤い岩肌が連なる聖谷にて。


 


神官レインは、精霊の加護を受けた山村「シレア」に到着していた。


村は谷の傾斜に段々と並ぶように作られ、霧が立ち込める中、木造の家々に魔除けの符が吊るされていた。


 


村長は痩身の老女で、白い髪を角のように結い上げていた。


レインが炎印の杖を示すと、彼女は深く頭を下げた。


 


「……かつて、“石の神”を連れてきた者がいたと、祖母が話しておりました」


村長の言葉に、レインの目が鋭くなる。


 


「兄猿……でしょうか?」


 


「はい。彼は、神を封じる決意に従い、各地を巡り、“かけら”を信頼のおける神々へ託していたと聞きました」


 


村長は小さな祠の奥から一冊の記録巻を取り出した。


中には、兄猿の名と旅路、そして“この谷にも、かけらを託す”という記述があった。


 


「……確かに。ここに眠る可能性が高い」


 


レインは一晩その村に宿をとり、翌朝、祠に再度祈りを捧げた。


炎脈の神“リドゥ”と、イシガミの魂へ向けて。


 


「──あなたの意志、必ず受け継ぎます」


 


彼は再び炎印の杖を手に、谷の中心部──古の信仰が宿る霊域へと、静かに歩を進めた。


 


(第38話へつづく)

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