第32話「ともに行く理由」
第32話「ともに行く理由」
──朝の光が、柔らかかった。
木々の葉のすき間から差し込む陽が、
まだ冷たい空気の中に、金色の筋を描いている。
私は、セナの祈りの荒屋を後にしていた。
昨日までの私は、
“ひとりで行くつもり”だった。
でも──今、隣にキルアがいる。
「それ、昨日の炭の匂いじゃない?」
キルアが背後を振り向き、
地面の匂いを嗅ぎ取るように嗅覚を研ぎ澄ませている。
「焚いてない炭の匂いが漂ってるってことは……
こっち、少し乾いた地形だな。風も抜けてる」
彼は森の構造にすっかり慣れていた。
足運びが迷いなく、
土の感触で坂か斜面かまで言い当てる。
私は何も言わず、ただ見ていた。
こんなふうに地面を見る人を、私は知らない。
キルアは、戦士の目をしている。
けれどそれは、誰かを威圧する鋭さじゃなく、
“誰かの未来を見る目”だった。
「……変なこと、言っていい?」
私がぽつりと声をかけると、
キルアは横目でこちらを見て、肩をすくめた。
「もう、だいぶ変な旅だからな。
聞くだけなら慣れてる」
「……すごく、安心してるんだと思う。今」
「安心?」
私はうなずく。
「一人で出るって決めて、ずっと緊張してた。
誰にも言わないで出たし、道もわからなかったし、
夜に火を起こすのも、正直言ってこわかった」
「でも、今は──」
「君がいるだけで、世界の形がちょっと平らになる感じ」
キルアは驚いたような顔をして、
少しだけ黙ったあと、笑った。
「……それは光栄だな。
でも、たぶん俺も同じ。
誰かの“祈りの中心”に触れたの、初めてだったから」
「俺にとっては、君の“かけら”が、
旅の理由になったんだよ」
それからしばらく、無言で歩いた。
でも、その沈黙が苦ではなかった。
会話がなくても、呼吸がそろう。
足取りが噛み合う。
進むべき道が、自然と“ひとつ”になる。
旅が“孤独”じゃなくなったことを、
私は歩きながら噛み締めていた。
──昼すぎ、平らな岩場に出た。
空が開けていて、風が抜ける。
キルアが荷を降ろして、ぽんと岩に腰を下ろした。
「ここ、ちょうど休憩にいい。
風が上から流れてる。虫も寄らない」
私も隣に座り、水筒の栓を開ける。
「……キルアって、いつもこんな旅してたの?」
「いや。俺が旅に出るのは今回が初めて。
セナを置いてまで外に出る理由なんて、なかったし」
「でも、君が来て──
あの“共鳴”を見て、わかったんだ」
「神様は、たぶん、まだ呼んでる。
そして“君を”選んだ」
「俺は、それを見届けたいんだ。
いや……見届けたいっていうのは、少し違うか」
キルアは空を見た。
「“祈りを返したい”って思った」
私は、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。
それは、火のような熱さではなく──
陽だまりの中に包まれるような、柔らかな温度。
こんなふうに、誰かと旅ができるなんて、
思っていなかった。
私は笑った。
そして、かけらに触れた。
──わずかに、揺れた。
かけらもまた、この道に納得してくれた気がした。
その夜。
二人で薪を拾い、焚き火を起こす。
キルアが器用に火を育てる横で、
私は地面に寝具を広げながら思った。
“次の目的地”がどこかなんて、まだわからない。
でも、隣に信じられる人がいるだけで、
その“わからなさ”が怖くなくなる。
これは、神を探す旅。
祈りを繋ぐ旅。
──でも何より、“ともに歩く”旅だ。
(第33話へつづく)
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もうあと数話で『私』が再登場させられる予定‥。
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