第28話 私の名前はニア・タウム
流入する記憶の終焉。
終わってみれば、忘れてしまった明け方の夢の如くに、登場人物の顔も名も薄れて消えていく。
そして、夢の終わりは目覚めだ。
まず感じたのは自我。まだ私とはいえない自己を思った。自分を自分と思う意識が存在し、これだけは確かな証明。
視界という概念がいまだ存在しない、黒塗りの光景。
撫でられる感触で、私に何かが触れていると――意識的にではなく無意識的に喚起された。外界からの刺激で、私は自身の形状を強く――これも無意識ではあったが――想起させられ、撫でられているのは私の頬だと気づく。この時には比較対象がなかったので、後で振り返ると、それは割れ物を慈しむような手つきだった。優しく、慈悲深く、親愛なる者へと向ける感情が伝わってくる。
一体、この時間はどれほどだったのだろう。当時の私に時間的感覚は存在していなかったので、数秒程度の短時間だったのか、年単位の長時間だったのか、判別がつかなかった。
次に、視界が晴れる。初めて眼にする外界は何処か褪せた灰色を思わせると同時に、私は立っていると認識できた。
幽かな既視感は、消えた夢の残滓か。
残り香じみた記憶の欠片が脳裏を横切り、ここがシメオン王国だと気づく。
遠くに見えるのは聖峰と呼ばれた山だ。積雪に白く染まった姿は悠然としているにも関わらず、やはりフィルター越しのような退廃の非現実感がある。
麓の木々たちの緑も萌えているはずが、枯れた印象を与えてくる。
既に終わりを迎えた世界のような――あまりに静かな終焉の姿。
そして、シメオン王国にはあり得ぬ――およそ
私にはわかる。これは
ビルディング――旧宇宙の産物。まさに
よくよく見やれば、ビルの足元には自動車や標識、道路が散見される。真新しくも色褪せた矛盾する形で、世界に不釣り合いな物体はシメオン王国を侵食していた。
電算装置みたく整然と立ち並ぶ旧宇宙の産物と、野放図なありのまま繁茂する植生。
このあり得ざる二律背反性は、この域を支配するモノが旧宇宙の名残りを引き込んだのだろう。
静寂の中、動くモノはない。
おそらく、奇妙な矛盾の光景は、この大陸の全てを網羅している。宇宙全体から見ればちっぽけな、この惑星のたった一つの大陸。
支配者の全霊をもってすれば、惑星はおろか銀河をも掌中に収めることさえ可能だろう。しかし、支配者は版図を広げる気はないらしい。変化しようとも、ここが自らの居場所と定めているように。
情報量の乏しい非現実の光景の支配者は、無論私ではない。私はあくまでここに召喚された存在で、この世界の建造者は――。
領域を満たしていたその存在が、唐突に姿を顕した。この世界そのものと化した存在だ。何処にでもいて、何処にもいない。だからこそ、何の前触れもなく姿を顕したこと自体に不思議はない。ただ。突然過ぎたので私の肢体は脊髄反射的に跳ねた。
鉄面皮――。相貌も肉体も、総てを鎧で覆っていた。いや、違う。表面の艶めきは武具のそれではない。楽器だ。幾度も塗装と磨きを繰り返した楽器の深い艶は、刃の無骨さや野蛮さは皆無だ。流麗な描線は必要最低限の意匠だけを施した服飾のようでもあり、同時にヒト型の高級椅子をも思わせた。
「覚醒めたか、我が娘。私のことはわかるか?」
声はヒト属の女性ならば陶酔する誘引の気配が籠もっていた。しかし、同時に冷徹な医師の如き厳粛さも同居していた。
彼の声を聴いた途端、彼の情報が瞬時に想起された。おそらく、私に初期段階で刷り込んでいたとみえる。
「はい。あなたは私の父上にして
初めての声は
そして、父上の隣に、金髪と黒い翼が特徴的な美姫が顕れる。彼女の姿には憶えがあった。誰のものかもわからなかった残滓の記憶。同時に、彼女こそが私の母上だと気づく。
黒い翼のアズナ。
アウグスティヌスと名乗った、流麗の吟ファルメントの名残に寄り添う黒翼の姫は陳腐な言葉だが美しかった。微笑みは慎ましやかではあるが、そこに自らの王国さえも崩した、傾国の艶がある。
「お前は〝
道理で。
断片的とはいえ今召喚された私が知る由もない物語の記憶があるわけだ。私が備えている、聖魔剣とその
「よろしい。では、自分がどうして呼び出されたのか、理解しているか?」
埋め込まれた知識が花開き、父上の質問に対する解答が導き出される。
「ええ。私が召喚された理由は二つ。一つ、聖魔剣の蒐集。特に、
何のためか、についての解答は用意されていなかった。これは、父から自身で考えるようとのはからいだろうか。
「ならば、お前自身はその目的に対し、どのように行動すべきと認識している?」
表情の変化しない仮面からの声は相変わらず平坦で――おそらく、その下の相貌も無表情と思われた。
「私は時には選良者として魕族と闘い、時には魕族として選良者と闘い、
私にとっての絶対者が彼――颶風喚びしアウグスティヌスだ。その彼が、自身を殺してでも七大聖魔剣を集めよと命じている。ヒト属から裏返ったとはいえ、効率性のために手段は選ばぬ
「よし。何か質問はあるか?」
「二つ、あります。よろしいですか?」
「よい。ただし、目的遂行の邪魔となる、乱数的な要素が絡まぬ範囲ならば……だが」
人差し指を立てながら尋ねる。
「まず、母上。母上は黒い翼の暴走でお隠れになられたのでは?」
「あの時点で、アズナの生命は風前の灯火だった。反転魔剣〝廻心〟の刀身を核として、傷ついた肢体を再構成させたのが、今の彼女だ」
「今のわたくしの名はアズナ・タウム。わたくしは反転魔剣の█として、ひいては〝
一部の単語が理解できない。意図的に隠されているのだ。今は知るべきではないということらしい。きっと、彼女からの――後は父上から口にされた途端に、無意識で検閲がかけられる仕組みのようだ。
だが、少なくとも、即死と思われた母上が如何に運命を免れたのかは理解した。いや、正確には理解しきれていないが、聖魔剣を使った奇蹟である以上は言及しても仕方がない。聖魔剣はあり得ぬ奇蹟を起こすモノ。ならば、疑問を浮かべてもそういうものという解答しか得られない、
「では、残りの一つ。
人差し指に続いて中指を立てる。聖魔剣の蒐蔵こそが私の目的であるため、その機能に不足はないはずだ。五芒魔星に数えられる父上がそんな些細なミスを犯すとは思えない。
しかし、救世主の選定については別だ。父上は七大聖魔剣そのものではなく、扱うに足る者も欲している。魕族にしては珍しい貪婪さ。出自がホモスであるが故か、反転魔剣によって裏返った父上はそういう意味では異端者である。
「お前は七大聖魔剣を蒐集するだけでいい。救世主とはいずれ巡り会えるさ。聖魔剣とその主は惹かれ合う。もし複数候補がいるのならば、一人に絞るもよし。全員を連れてくるもよし。しかし、七大聖魔剣に選ばれる者がそう何人もいるとは思えないがな」
謎めいた返答。だが、これ以上の答えは望めまい。私が多くを知れば、その分だけ蒐集が困難となる。そういう類いの話なのだ。むしろ、言葉を選びながらも応じたのは、ヒト属であった頃の感傷なのかもしれない。
「お前の名はニア・タウム」
「――私の名前はニア・タウム」
「では待っているぞ、ニア。いずれ、また我々の道はつながる」
「かしこまりました、父上」
短く応えると、私の背後の空間が歪んで穴が生じた。
ここが父上の王宮である以上、無理矢理城壁を突破せぬ限り、父上の開門の意思がなければ登城はかなわない。
つまり、門を開いたということは、決別の時間が来たという意味に他ならず、再び開門される頃には私は七大聖魔剣を集め、それらを扱う剣士を連れているはずだ。
「吉報を待っている」
「いってらっしゃい」
「では、行ってきます」
そして、私は門へと飛び込んだ。空間ごと離れていく父母。次に会う時、彼らと私は同じ陣営なのか、または敵対するのか。今はまだわからない。
これが私の始まり。
ニア・タウム――。
今の母上と同じく、異名を持たぬ名。つまり、魕族とも選良者とも異なる存在。世界からの外れ者。
ある意味では精霊。ある意味では被造物。
世界を根底から崩す力を持つという、七大聖魔剣を蒐集する者。
そして、救世主――オフルミズドを求める者。
オフルミズドとは選良者なのか、魕族なのか。私と同じく、どちらでもない転輪羅針世界の外れ者か。
私はニア・タウム。
聖魔剣蒐集者、そして聖魔剣の█。
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