第16話 荒れた村

 数週間ぶりに、レオンはエルディアの土を踏んだ。


 かつて自分が生まれ育ったこの地の風は、変わらぬ懐かしさを運んでくるはずだった。だが、吹き抜ける風に乗ってきたのは、草木の香りではなく、どこか乾いた、寂しさを含んだ空気だった。


(……何かが、おかしい)


 そう思ったのは、遠くに見えた村の輪郭だった。以前は、家々から立ち上る煙や、畑で働く人々の姿が遠目にも見えたはずだった。だが今、その景色はあまりにも静かで、色彩さえ薄れて見える。


 レオンは無意識のうちに歩を速め、仲間たちに声もかけず、足を村へと向けていた。


「なんだ……? あの時、この村はこれほどまでには寂れていなかったはずだが……」


 声に出してしまったその疑念に、答えたのは、道端で薪を束ねていた中年の女性だった。彼女はレオンの顔を見て、驚きと戸惑いが入り混じったような表情を浮かべた。


「……レオン? レオンなの? 本当に戻ってきたのね……」


「……あなたは……ミーナおばさん?」


 女性──ミーナは、かつてレオンの家族が世話になった隣人だった。彼女はゆっくりと頷きながら、沈んだ声で言葉を続けた。


「あなたが追放されたと、噂で聞いたわ。でも……戻ってきたのね。レオン……あなたがいない間に、この村は、ひどく変わってしまったのよ……」


「……何があったんだ?」


 ミーナは寂しげに村を見渡しながら、重たい言葉を紡ぐ。


「ベルツの命令で……この村にまで衛兵や騎士が来るようになったの。村人たちは重税を払わされ、育てた農作物も、収穫のたびに根こそぎ奪われていく。子どもたちはやせ細り、病人も増えて……このままでは、誰も生きていけないわ」


 レオンは思わず拳を握りしめた。歯を食いしばりながら、目の前の現実を正視する。


「……ベルツ……!」


 怒りと共に、胸の奥に静かな悲しみが湧き上がってくる。守るべきはずだった故郷が、さらに深い苦しみの中に沈んでいる。


 そのとき、彼の背後から重たい足音が聞こえてきた。ディー、ゴーン、アゼル、そしてリリスが遅れて村に入ってきたのだ。


 その姿を見たミーナは、目を見開いた。


「ま、魔族……!? どういうことなの、レオン!? 彼らを連れてきたの?」


 周囲にいた村人たちも騒ぎ始める。鍬や棒を手に取る者、子どもを抱えて家に駆け込む者。警戒と恐怖の色が、村中に走った。


 レオンは慌てて前に出て両手を広げた。


「待ってくれ! 彼らは敵じゃない。俺の、仲間だ!」


「魔王や四天王を“仲間”に……? そんなバカな……!」


 誰かが叫んだその言葉に、空気がさらに張り詰める。


 だが、静かに一歩、ディーが前へと進み出た。


「我らが人に恐れられていることは承知している。だが、レオンの意思に応え、力を貸すと決めた。信じるかどうかは、お前たち次第だ。」


 その言葉に続くように、リリスが穏やかな笑みで手を振った。


「こんにちは、エルディアの皆さん。怖がらなくていいのよ? 私たち、ちょっと“見た目が派手”なだけなのよ。」


 ゴーンは腕を組んだままぼそっと漏らした。


「やれやれ、歓迎ムードとはいかねぇか……まあ、当然だな。」


 そんなやり取りを、アゼルはただ黙って見つめていた。だがその沈黙には、警戒ではなく、静かなる覚悟が込められていた。


 村人たちは困惑しながらも、レオンの必死な表情と、魔族たちの落ち着いた態度に次第に騒ぎを静めていく。


 ミーナもまた、ゆっくりとレオンの方を見つめた。


「……本当に、あなたが信じているのなら。私たちも、少しだけ信じてみるわ。だけど……どうか、私たちを見捨てないでね。」


 レオンは深く頷いた。


「絶対に見捨てない。……今度こそ、守り抜く。」


 その言葉に、村の空気はわずかに、だが確実に変わり始めていた。


 レオンと仲間たちの旅は、ついに“帰るべき場所”に辿り着いたのだ。

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