第4話 記録にない指示と、記録に残した想い

 ひよりが傷つくなか、学校は沈黙を保ったままだった。

 保護者同士のLINEには、「AIで書いたって本当?」「先生も答えられないって言ってた」と噂が飛び交っていた。


 遼は、自宅の書棚から妻・美咲が遺した教育委員会の資料を取り出す。そこには、AI教育モデル校・SNS強化・市長直属広報室という施策が、すべて線で結ばれていた。


「こんなもん、誰が勝てるんだよ……」


 さらに、古いノートの間から出てきた一枚のメモ。「記録されない命令ほど、責任の受け皿がない」

 遼は悟る。これは、美咲が闘っていた構造そのものだった。


 ──もう一度、言葉を武器にしてみようか。

 遼は匿名noteの開設画面を見つめていた。



 その日、遼のもとに、保護者LINEのスクリーンショットが回ってきた。

 送り主は、ひよりと同じクラスの保護者だった。



「あれってAIで書いたやつなんだよね?」「金賞とか、取り消される可能性あるんじゃないの?」

「ていうか、先生たちも“コメントできない”って言ってたよ。なんか指示出てるっぽい」



 表示されているのは、ひよりの名前こそ出していないが、誰のことを言っているかは明らかだった。


 遼はスマホを伏せた。


 “答えるな”って、誰かが先生たちにそう言ったんだろうか。

 まるで、学校ごと口をふさがれているようだった。


 ふと、前にもこんな状況があったことを思い出す。



 ──あのときも、何も答えてくれなかった。


 妻・美咲が、疲れた顔で「校長も何も言えないんだよ」と笑っていた、あの夜。


 遼はソファに深く座り、ため息をひとつ吐いた。



「また……かよ」



 夜、ひよりが眠ったあと、遼はふたたび書棚の奥を開いた。

 そこには、美咲が残したファイルが、背表紙の順にきっちり並んでいる。


 その中に「AI活用推進モデル校」の記録があることは、遼も知っていた。

 かつて、美咲が笑いながらこう言ったことがある。



「これ、たぶん市長の実績アピール用。でも、学校現場は全然納得してないのに、予算だけ先に降りてきてるの」


 遼は「教育って、そういうもんなんだな」としか思わなかった。

 でも今は、その“違和感”の意味がわかる気がした。


 モデル校指定一覧には、ひよりの学校名があった。

 注釈欄には、「AI教育推進指定校」の記載。

 さらに、別の資料には、「AI教育の成果発信は広報部と連携」とあり、末尾に「市長直轄施策」と明記されていた。



「……直結してるじゃねぇか」



 遼はページを繰る手を止めた。 その下に添えられていたのは、施策全体図──

 その中央には、“成果モデル事業”の文字と、市長の顔写真入りの広報資料があった。


 市のPR。SNS。AI教育。

 バラバラだった点が、一本の線につながった。


 ファイルをめくる手が止まったのは、ふと一枚のメモ用紙が挟まっていたからだった。


 教育委員会の封筒に混じっていたそれは、どこか書きかけのような走り書きで、

 ペンの色も、いつもの資料とは違っていた。


「記録されない命令ほど、責任の受け皿がない」「“答えるな”が口頭で伝わる組織は、誰の声も守れない」「判断を保留した人間が、結果的に最も強い暴力になる」


 遼はその紙を、静かに読み返した。


 それは、まさに今起きていることだった。


 学校の教頭も、担任も、誰も「自分の言葉」で語れない。 教育委員会は何も説明せず、市は成果だけを拡散した。

 そのすべてが、ひよりという一人の子どもに降りかかっている。


 ──美咲は、これを見ていたんだ。

 何年も前に。自分の現場で。自分の命を削りながら。


 遼は震える指先で、メモをそっとファイルに戻した。



「記録には、残せなかったかもしれないけど……お前は、言おうとしてたんだな」



 遼は自分のノートPCを開き、ブラウザで市の公式ホームページを開いた。

 広報資料アーカイブ。スクロールして、「AI教育モデル校の成果紹介」というタイトルが目に入る。


 クリックすると、簡単な紹介文と、いくつかの写真が並んでいた。


 市内の小学生たちがタブレットを使って学んでいる様子。教員の説明を聞きながら意見をまとめる子どもたち。


 そのなかに、一枚の写真があった。


 学校の廊下に掲示された、コンクールの入賞作品一覧。

 その写真の端に──


 ひよりの原稿が、写り込んでいた。


 折れ目。筆跡。紙の傾き。

 SNSで拡散され、炎上の引き金になったあの画像と、完全に一致していた。


「……市の広報が、最初だったのか」


 投稿したのは保護者を装ったアカウントだったが、画像の出所は市のオフィシャル。

 タイムスタンプも、SNS投稿より数時間前。


 この写真を、市の誰かが──

 市長の“成果報告”として拡散させたのだ。


 PCの前で、遼はしばらく動けなかった。


 画像の一致。投稿の時間。

 施策の構造。

 そして、美咲のメモ。


 全部が、一本の線でつながってしまった。


「……また、か」


 呟いた自分の声が、思っていたよりも低くて、静かだった。


 あのときも、美咲は誰にも守られなかった。

 夜遅く、帰ってきた美咲が何度も言っていた。


「誰が決めたか、みんな言わないんだよ。

 “言われたことをやっただけ”で済む人しか、上にいないの」


 遼は、もう覚えていなかったはずのその言葉を、突然思い出していた。


「記録に残らない命令が、また誰かを壊すのか……」


 誰も、はっきりと「止めろ」とは言っていない。

 でも、「言うな」とだけは、はっきり伝わっている。


 それが、現場を止める。

 そして、子どもをひとりにする。


 遼は、自分のスマホを手に取った。 いま何かを言えば叩かれるかもしれない。でも──

 誰かが「おかしい」と言わなければ、また誰かが沈むだけだ。


 画面をタップして、「note」の投稿画面を開く。


 名前は出さない。立場も明かさない。

 でも、“あの子の父親”として──


【タイトル】記録に残らなかった命令と、壊された声のこと


 書き出しの一行を打ってから、遼はしばらく指を止めた。


 妻のことを書くつもりはなかった。

 でも、書かないと、何も始まらない気がした。


「AIに作文を手伝ってもらった子が、“ズル”だと言われている。妻は、記録のない命令に追い詰められ、誰にも救われないまま亡くなった。

そのふたりの声は、今、同じ場所にいる。」


 遼は、深く息を吐いた。

 そして、画面の右下にある“公開”の文字を、そっと押した。



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最後まで読んでくださりありがとうございました。

小説以外にもいろいろやってますので、よかったら見てください。

教育関連の総合情報ネットをめざしています。

マスコットキャラのlineスタンプなんかも作ってます(笑)

https://nameless-match.carrd.co/

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