第12話 混乱

 AI研究所に、警報が鳴り響いた。


「何があった!?」


 自宅から出ながら、戌井所長がスマホで連絡する。


『それが、人工ボディが暴走したようで』


 スマホ越しに警備員の、焦りの混じった声が聞こえた。車に乗り込む。ホルダーにスマホをかけると、車が自動移動を開始した。


「原因は? マザーはどう判断している?」

『それが、データ不足で推論が出来ないと。ボディの動きを追跡しているので判断保留と』


 戌井所長が舌打ちした。


「暴走とは、具体的にはどんな状態なんだ?」

『はい。施設内を走り回っていて。捕まえようとすると、壁を駆けたり飛び跳ねて逃げ回っています』

「捕まえようとだと!?」


 戌井所長は青ざめた。あのボディはただの精密機械ではない。この先、理想とするAIとセットの、人類再出発の要なのだ。


「いいか。捕獲の際、損傷を与えるような真似は避けろ。実弾は使うな。投網銃ネットガンか素手で取り押さえろ」

『はい。あ、いえしかし』

「逃げ回っているだけだろう。暴走起因がAIに関係しているなら防衛規律ガードレールが働く。人を直接攻撃することはない」


 戌井所長が重ねて指示を出す。 


「猿渡と雉村はどうした?」

『お二人も研究所へ向かわれている最中です』

「そうか。ならあとは……」


 そこまで言い、戌井所長ははっとする。


「おい。暴走しているのはどちらのボディだ」

『それは』

『画像を転送します』


 別の声が割り込む。落ち着いた女性の声音。マザーAIの音声だった。

 スマホに画像が複数、表示される。


「両方?」


 映し出された二枚の画像。激しく動いているせいか、画質は荒い。その中にいたのは、濃灰色グレージュのパンツスーツの成人女性と、白いセーラー服にポニーテールを高く結えた女子高生の姿だった。


「なんということだ……二体ともだと。何か共通の問題があるのか」


 戌井所長は歯を噛みしめた。AI研究所までは一時間は掛かる。

 やはり施設内の宿泊施設に住むべきだったか。後悔が頭をよぎる。

 しかし組織の長が住み込みで働くような真似をすれば、自分たちも同じように働かなくてはならないのかとストレスを感じる職員も出てくるだろう。それに──。

 車の窓から、小高い丘が見える。この辺りは地域コロニーでも端に位置する。そしてその丘に張り付くように見える小さく白い、無数の点。

 墓碑だった。

 丘は、霊園だった。

 あの墓碑のひとつに自分の大切な人が眠っている。彼女から離れ難いという思い。

 その感情を改めて自覚し、戌井所長は歯を噛みしめる力を強めた。


「状況は変化ないか」

『はい。女子高生型の方が動きが鈍く、捕獲出来そうです』

「そうか。繰り返しになるが、無茶はするな」

『了解しました。あ…!』

「どうした?」

『成人型の方が、女子高生型を抱えて逃げ出しました』

「そんな馬鹿な」


 人工ボディは、敢えて出力を人間の筋力と同等に抑えてある。人間以上の力など出てしまっては意味がない。あくまで人間と限りなく近いことが、目的を果たすのに必要なのだから。


『その、背後から不意を突かれまして。動きは早くありませんでした』

「なら、捕らえたのか?」

『……すみません。見失いました。奴ら、この施設内の構造に精通しているようで、カメラの死角や機材の隙間などに隠れてしまい』


 何をやっている。怒鳴りかけ、戌井所長は口を閉じた。無理な捕獲を厳禁したのは自分だ。それに暴走したにしては、随分と狡猾な動き方をする。

 

「分かった。出入口だけはしっかり封鎖しておけ。無理はしなくていい」

『了解しました』


 ほっとしたような返信が返ってくる。あとは自分が直接、現場を確認して指揮する。自分が到着する頃には、マザーAIの分析も終わってるだろう。

 しかし到着直前、人工ボディが確保出来たとの連絡が入った。


「どういうことだ?」

『それがその。彼女たちは自分たちからロビーに来まして』


 連絡してきた警備員の声にも困惑の色が強い。


「わかった。もうじき到着する。出入口の封鎖は、解除していい」


 数分後、戌井所長の車が研究所の前に停止した。

 自動ドアが開くのももどかしく、車から飛び出す。入口近くで、女子高生らしき少女がひとり不安げにたたずんでいたが、気にする余裕はない。見学か何かに来たところ、出入口が封鎖されていて驚いたのだろう。

 すぐに女子高生の存在を意識から追いやり、研究所へと入った。


「戌井だ。ボディは、ボディはどうなった?」


 研修所のロビーに集まった警備員をかき分け、戌井所長がその中心に出る。


「お前……!」


 戌井所長はそれ以上、声も出ず目を見開いてうめいた。

 人垣ひとがきに囲まれた二人。成人したパンツスーツの女性と、ポニーテールの女子高生。表情のない成人女性は、歩のボディ。そして女子高生は──。


「文華……。なぜ、お前が」


 警備員たちも戸惑いの表情が濃い。二人とも、抵抗する様子はない。成人の歩は立ち尽くしているが、文華の方が息も荒くへたり込んでいる。

 成人の歩が、周囲を見回し口を開いた。


「フミカは、モモセハルトに脅されて人工ボディ役をやりました」

「お前、その声。マザーか!?」


 成人型の歩──マザーAIがうなづいた。


「フミカを人質にとられ、私も彼に協力しました」

「協力って、何をだ?」

「彼が、彼女を連れて逃げることを」

「彼? 彼女?」

「モモセハルトが、AIのモモセアユミを」


 戸惑う警備員たち。遅ればせながら研究所に到着し、人垣の中にいた猿渡や雉村、そして戌井所長が口を開け、しかし言葉は続かない様子で驚くばかりだった。

 そんな中、文華は苦し気に顔をうつむかせる。脳裏に浮かぶのは一時間前の記憶だった。

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