第8話 答え合わせ

 気付けば、会議室にいた。

 AI研究所の、倉庫のような会議室。歩は椅子に座っていた。服装は、濃灰色グレージュのパンツスーツ。手も足も高校生の頃よりも長い。

 元の姿に戻っていた。

 生命維持ポッドに入った時、手術着のような貫頭衣に着替えたはずなのに。


『安心したまえ。着替えさせたのは女性陣だ』


 猿渡の声が響く。当たり前だ、変態か。歩は毒づきたい気持ちを抑え沈黙した。


『あなたから、解答を得たという信号をキャッチしてね。後、ボディにダメージが入る警告信号も。だから、戻ってもらったのよ』


 今度は雉村の声だった。そうだ、階段から落ちていたのだ。


「一緒にいた男の子はどうなりましたか?」

『百瀬晴人君ね。大丈夫、怪我はないわ』


 ほっとする。緊急退避で戻されたということはダメージが精神にフィードバックするということだろう。それは晴人も同様だろうから──。

 そこまで考え、歩は自嘲した。これから歩が辿り着いた考え、それが合っているなら関係ないだろうに。


『さて、君が得た解を聞かせてもらおうか』


 戌井所長の低い声が、会議室を震わせた。


「……私の出した答えは」


 しばしの沈黙の後、歩が口を開いた。


「答えは、全員AIです」


 自分を除いた、全員がAI。それが歩の答えだった。






『何故、その答えに至ったか、説明しなさい』


 戌井所長の声が、再び響いた。

 歩は視線を巡らす。相手が見えないので、どこを見据えればいいか分からない。仕方なく正面を見つつ、歩は口を開いた。


「まず、環境です。高校の設定、皆の振る舞いがあまりに出来過ぎています」


 優しい先生たちにクラスメート、先輩たち。最後には、反発するような男性生徒もいたが、それまではドラマか漫画のような状況だった。


『それは、君を含めた演者たちがそのように振る舞ったからじゃないからね? テスト環境という特殊な状況なのだから』


 猿渡の声。歩は、声のした方に顔を向けた。


「だとしても人間同士であればもっとカオスな状況、対立や口論が発生するはずです。数日ならともかく、一ヶ月ですよ。むしろ、何故男性生徒のようが行動が目につかなかったかも疑問です」

『君の前では、大人しく振る舞っていた可能性は?』

「それではテストの意味がありません。あくまで一学生として参加し、判断するのがこのテストの目的です。転校生、というやや特殊な立ち位置ではありますが、それとてクラスでだけ有効でしょう? 他のクラスや学年では、その他大勢の生徒のひとりに過ぎません」


 つまり、統一された意思や背景、前提がある。そんなこと人間には不可能だ。


『だが、最後の場面。男子生徒はあなたを攻撃してたわ。AIなら、防衛規律ガードレールが働くはずよ』

「百瀬晴人がいました」


 歩の声が沈んだ。絞り出す。そんな息苦しさが、歩をさいなんだ。


「彼が、守ってくれる前提で行動すれば。見せかけならば、いくらでも踏み込んだ行為は出来るでしょう」

『君は、彼もAIだというのかね? それに親しくしていた女子生徒、山狩美咲や戌井文華もかね?』


 歩は無意識のうちに、自分の胸元のシャツを掴んだ。美咲のはしゃいだ姿、文華の穏やかな微笑み、そして晴人の横顔を思い出す。彼らがAIで、全てが設定上の振る舞いなんて思いたくはない。だけど──。


「……はい。その通りです」


 歩は言い切った。


「彼らの関係性は安定していました。物語のように。仲の良いクラスメイトとして。そのままいけば、戌井文華と百瀬晴人には淡い恋心が芽生え、それを山狩美咲が応援するような」


 三角関係、というのはイメージしにくい。美咲は、どこからかとんでもない彼氏を連れてくるのではないか。それでお兄さんと大喧嘩したりして──。


 ──妄想だ。


「でも、その中で後から追加された異物がありました」

「それは?」

「私です」


 胸が、少し痛んだ。


「彼らの中にない要素が、私でしたから」


 歩が寂しく笑い、そして顔を引き締めた。表情が、研究者らしい怜悧なものに変わった。


「これは、チューリングテストと関係はありませんがコストの問題、そして倫理的な問題もあります」


 人工ボディは完璧と言って良い再現度である。それを何十体、いや百体以上か。製造コストを考えると背筋が冷えるが、莫大な予算を司どるAI研究所だ。何とかなるかもしれない。

 だが、問題は人間の方だ。大勢の人間を日常生活から24時間切り離す。それも長期に渡り。いくら契約的な合意が取れていたとしても、またAI研究所の権限が大きいと言っても反発があるだろう。

 生命維持ポッドも何十人も入っていれば、管理ミスで事故も起きかねない。

 そんなリスクの高い社会実験を、AI研究所がするだろうか?

 答えは、否だ。

 だが、自分以外は全てAIなら?

 倫理的には問題ない。自分が人間扱いされないのはちょっと色々と言いたいこともあるが、関係者枠と考えれば、そして歩自身が公表しない限り表沙汰にはならない。

 そして歩は、公表するつもりも訴えたりするつもりもなかった。この仕事が好きだし、心配してくれる身内も──。

 一瞬、脳裏に幼い少年の姿が浮かぶ。


『どうかしたかい?』

「……なんでも、ありません」


 猿渡の声に、歩は目を伏せて答えた。

 そうだ。自分には家族、親戚などいない。

 頭を振り意識を整える。まだ元の体に戻ったばかりで混乱しているのかもしれない。


『それが、君の答えかね?』


 最終宣告のように、戌井所長の声が朗々と響いた。


「はい」


 歩が答える。もう、いいだろう。早く休みたい。


『そうか』


 戌井所長が、溜め息をつくようにつぶやく。


『残念だよ』

「え?」


 それは、どういう意味なのか。答えが違うというのか。

 歩が疑問を口にする前に、戌井所長が言葉を重ねる。


『とても、残念だ』


 その言葉と共に、歩の意識は再び断絶した。

 そして、今度の断絶には、目覚めはなかった。

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