ポルトマ 下

 意気揚々と海へ繰り出すが、浜辺にいる人の多さに絶望した。

 こんなにいるのか、海を見ようとする者は。

 皆、私のように海を見たことがないのか?大陸続きの魔界と違い、人間界はいくつもの島国があると聞いているのに?


「人で溢れてますわね……」


 人混みを眺め、ため息を吐いたカスミが横に並ぶ。


「どうしようコレ……こんなところで泳げるの?」

「トビウメが保たないでしょうね。それに……」


 2人でチラッと後ろのを3人を覗き見た。

 客観的に言って海辺の視線を独占しかねない程の美女揃いだ。

 ミコトはもちろんのこと、今震えているトビウメも普段は凛とした雰囲気と顔立ちだし、あれだけ鬱陶しいマイカも黙っていれば純度の高い氷のような美しさがある。


「このメンバーで何か起きないとは思えませんわ……」

「絶対注目浴びるよね……」


 顔を見合わせて小声で話すと、カスミは少しだけ意地の悪そうな顔をした。


「あら、貴方もですわよ?可愛いですもの」

「そういうカスミもね、可愛いし」

「あらっ……えへへっ……お上手ですわねっ」


 照れたように身をくねらせて私の背をバシバシと叩く。ちょっと痛い。

 小柄な割に結構な力の持ち主だ。

 しかしどうしたものか。この中に紛れてまで海を堪能しようとは思わない。

 眺めるだけなら船上からでも良いかと思い始めていた頃、


「ここプライベートビーチってのがあるみたいだけど」


 マイカがどこからか情報を仕入れてきた。

 金銭で浜辺の一画が貸し切れるらしい。

 まさに我々に持ってこいの情報、ナイスだマイカ。


「じゃあそこにしようか」

「ある程度こちらでも出しますわ」


 自らの鞄を漁り始めるカスミを止めた。


「大丈夫、海行きたいって言ったの私だし」

「そうですか?ではお言葉に甘えますわね」


 入手経路は謎だがサイから前回以上の金貨を貰っている。最年長としてもここは出させてもらおう。

 あとやっぱり硬貨は重い。



 そうして、震えるトビウメ、腕を組み私を睨むミコト、フラフラとあちらこちらへ引き寄せられていくマイカを連れてプライベートビーチへ乗り込む。


「じゃあ早速!ピンコの水着コーディネート対決始めるぞっ!」


 ビーチ手前の水着貸出店へ入るや否や、マイカが宣言した。

 あれ冗談じゃなかったのか。


 ラヴィから着せられる服の中には女物もあるので大して抵抗はないが……

 水着は……その……どうなんだ……?


「そんなんあーしが勝つに決まってんじゃん!」

「楽しそうな催しですわね」

「がっ……頑張りますっ!」


 拒否権は?

 それにしてもトビウメが乗り気なのには少し驚いた。さっきまで震えていたのに。



「では私のから発表ですわ」


 カスミが言い放ち、試着室の幕が上がる。

 上はキャミソールとパーカー、下はハーフパンツというシンプルな装いだ。

 うん、普段着みたいでいいな。


「普通」

「無難」

「わ……悪くない……です……」


 だが審査員からの評価は低かった。


「し……失礼ですわね!殿方の水着なんて選んだことありませんの!」


 心無い言葉に憤るカスミ。

 私としてはこれで決定したいところなんだけど……

 マイカからはい、と次の衣服を渡される。やはりダメか。



「じゃ、次私ね。頼むぜピンコ……かましたれっ」


 試着室の幕が上がる。

 上はフリルのついた白いビキニ、下はホットパンツというお腹丸出しの装いだ。

 動きやすいが……露出が多いな。


「もっとふざけるかと思ったのに……やるじゃん」

「むむ……確かに可愛らしさの中に溌剌さを交えた海にふさわしい装い……」

「い……いいですね……!」


 審査員からはなかなか好評だ。


「ふふん、やっぱこーでねーと」


 何かほざくマイカ。

 これは結構恥ずかしい、次のはもっと露出が低いと良いけど……

 などと考えているとミコトが衣服を渡してくる。気合の入った目つきだ。



「ふーんだ!あーしが一番ピッピを輝かせられるんだから!」


 試着室の幕が上がる。

 上が水色のビキニとシースルーのオフショルダー、下はショートパンツにパレオというあでやかな装いだ。

 先ほどより露出の高いビキニではあるが……不思議と収まりは良い。

 それが逆に恥ずかしい。


「ぬぬっ……やるな、ミコト」

「可憐かつ淡い儚さを思わせるデザイン……人魚のようですわ」

「いっ……いいですっ!最高です……!」


 審査員からはかなり好評だ。


「でっしょー!このままデートも行けちゃうよ♡」


 私の腕を取るミコト。

 よく見ると、彼女が片手で抱えた自身の水着と意匠が同じな気がする。

 ペアルックか、ラヴィもよくやりたがってたっけな。

 昔を懐かしんでいるとあることに気がつく。


「その……私に上の水着って必要なの?」


 ここに来るまでに見た海辺の男性達は皆上裸だったのに。あれが人間の文化ではないのか?露出はさらに増え大層恥ずかしいだろうけども。


「いる」

「そりゃいるでしょ」

「晒したら犯罪ですわ」

「当然ですっ!」


 満場一致。何故だ。


「こっ……これ!お願いしまふっ!」


 話を終わらせたつもりはないが、鼻息を荒くしたトビウメが衣服を渡してくる。

 とりあえず元気になってくれてよかった。



 が、なんだこの水着は……


「あ……開けますね!」

「ちょっ……ちょっと!」


 無慈悲に幕が上がる。

 大きな麦わら帽子と、お腹あたりから伸びたフリル付きのスカートが目立つワンピースタイプの装いというかこれ普通に女物じゃないか!しかも子供向けの!

 股間の収まりが悪く、真っ白なスカートの端を両手で押さえる。スカートの位置が高いから隠せているが、まろびでそうだ。アレが。


「おお」

「エグっ……なのになんか…グッと来る……!」

「違和感無さすぎて怖いですわ」


 審査員全員が興味深そうに近寄ってくる。

 やめてくれ……露出は一番少ないはずなのに一番恥ずかしい。

 顔から火が出そうだ。


「ああああっ!最高ですっ!ちょーかわいいですぅ!はあっ……はあっ……」


 トビウメが肩に抱きつき、荒い息を首筋に当ててくる。

 彼女の中の意識がどう変わったのかはわからないが……もう怖がってはいないようだ。

 少し安心して彼女の頭を撫でる。


「……これなら大丈夫そう?」


 私の問いかけに気づいたトビウメは、顔を真っ赤に染めていく。


「あっ……た…しかにそうです……ね……」


 そう言って気恥ずかしそうに姿勢を正した。


「……じゃあこれにしようか」


 優勝者、トビウメに決定。

 滅茶苦茶に恥ずかしいけど。


「ちぇー。でも似合ってるぜピンコ」

「まぁ?ウメっちが落ち着くんなら?しゃーないし?」

「トビウメへの配慮感謝しますわ」


 審査員も納得してくれたようだ。

 さあ、私は純粋に海が楽しめるだろうか。



 全員水着に着替えてから海へ。

 私は一応まろうび出そうなアレ対策として、下にサポーターを履いた。これで結構動いても大丈夫だろう、たぶん。


 生まれて初めて触れる海の感触はなんというか……

 ぬるい、むしろ温かい?しかしどこか心地よい。

 浸した手を引き上げると、ベタベタと纏わりつくような水気を感じた。

 意を決して波間へ足を踏み入れてみる。波が泡を立てながら足元の砂を攫い、また足へ押し付けて来た。勢いをつけた水の塊が砂の粒を引き連れ、私の足を磨くように行ったり来たりを繰り返している。

 おお……


「どーん」

「ぶべっ」


 波の感覚に心ごと浮かべて揺らされていたところ、尻に衝撃を喰らい身体の前面から波へと飛び込まされた。突然の出来事に軽く前後不覚に陥りジタバタとする。

 慌てて体を起こし、口と鼻の中に塩味を残したまま犯人を探すとすぐに見つかった。

 マイカが笑っている。


「こん……の……!」


 引っ張っても押しても倒れなさそうなので、両手で海水を掬いマイカ目掛けてぶち撒ける。

 今までの仕返しじゃ。


「ぬははは!甘いわっ!」


 あっさり躱される。

 ぐぬぬぬ……屈辱……なんとかして一泡吹かせたい。

 しかし私のパワーでは非常に心許ない。

 ならばミコトだ!彼女を呼ぼう。


「ミコトっ!加勢して!」


 少し離れてこちらを眺めている彼女を呼び寄せる。


「えっあーし?……よっしゃ任せて!」


 少し呆気に取られたあと、笑顔で私の横に並ぶと勢い良く海水の塊をぶん投げた。


「ぐわーっ」


 マイカがモロに海水を喰らい吹っ飛ばされている。

 そうか……勢いの良い海水は人を吹き飛ばすんだな……

 浅瀬に身を沈めたマイカは暫くした後、ゆっくりと立ち上がる。


「くそぅこっちもトビウメ!カスミ!手を貸せぃっ!」


 あちらも仲間を呼んだ。これは戦争だ。


「承知した!」

「私アレくらったら死んじゃいますわっ!」


 今まさに、戦いの火蓋が切って落とされた。

 勝っても得るものはないだろう。

 だが負けん!



 結果的にミコトが全てを蹴散らした。

 単なる闘気だけならやはり彼女がダントツだ。まさに水を得た魚、疾風怒濤の活躍と言えるだろう。


 敗者には砂の城を建ててもらうことになった。

 勝者は現在、パラソルの下で建設作業を眺めている。そういえばお陰でミコトと2人きりになれた。


「ミコト」

「なーにピッピ」


 いつの間にか機嫌が良くなっている。

 話し合うなら今だろうな。


「楽しかった?」

「……うん、結構」


 彼女はこちらの意図を察したようで、気まずそうに笑う。


「どうして怒ってたのか聞いて良い?」

「……まだ言えない」


 抱えた膝と腕の中へ顔の半分を隠して答える。


「もしかして故郷の掟が関係してる?」


 そう聞くと少し反応を見せた後、黙りこくってしまった。

 水平線へ消えていく太陽が、2人の影を後ろへと少しずつ伸ばしていく。


 まだ答えられないならそれで良い、別のことを聞こう。


「マイカ達、面白いでしょ」

「……悪いヤツらじゃないってのはわかった」


 ミコトは少し口を尖らせて答えた。


「だから……いーよ、同行させてあげても」


 どうもありがとう。

 これはどっちが主人かわからないな。


「……ピッピが結構モテるってのもわかったし」


 小声で呟く声が、波の音に攫われていく。

 ミコトは唐突に立ち上がり、私の前で仁王立ちした。


「覚悟してよね、あーしにガチ惚れさせてやるから!」


 私を指差して宣言した後、完成間近の城まで駆けつけてそのまま蹴飛ばす。

 あの会話の流れであの宣言、どういう意図だろうか。ガチボレ?

 城になり損ねた砂の山を通り越したミコトは、そのままトビウメとカスミに責められた。

 それはそうだろうと、舌を出して謝る彼女と2人を眺めてあることに気づく。

 あれ?マイカは?


「どう?ミコトと仲直りできた?」

「ぬあっ」


 毎回気配を消して横に来るのはやめてくれ。心臓に悪い。

 それにしてもこの質問、もしかして……


「海にミコト誘ったのはこれが狙い?」


 マイカはニンマリと笑う。


「私たちとも仲良くなれるし、ピンコとも仲直り出来てハッピーハッピーかなって」


 意外と策士だ。そういえば、初めて会った時もカマをかけらたな。

 出会った頃は何を考えているかわからない彼女だったが、一緒にいるとその度色々な表情を見せつけてくる。なんとも不思議な少女だ。

 マイカは確認が取れて満足したのか、また建設現場に戻っていく。


 4人の少女が砂で城を組み上げていくその様子を眺め、

 今日とこれまでの出来事を、波のように思い出しては、考え、感慨に耽った。



「じゃあ、そろそろ帰ろうか」


 日も暮れて来たので全員に声をかけて立ち上がる。

 全員の注目が集まると同時に、強い風が吹き私の帽子を持って行こうとする。


「あぶなっ」


 間一髪、帽子を掴んだが、眼前が純白のスカート生地で埋め尽くされた。


 ……えっ?

 スカート捲れ上がった?

 サポーターを着けているとはいえ、

 アレの存在感が消えたわけではない。

 ………………つまり。


「おおー……」

「おっ……と……」

「あら……まぁ……」

「………………ぐふっ」


 トビウメが泡を吹いて倒れた。

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