第二十二話 手紙には
夏が本格的な暑さをもたらし始めた頃、王都にはエアコン木箱を搭載した辻馬車を見かけるようになっていた。キャビンにこれでもかと目に付くように、エアコン木箱搭載だの涼しい車内だのと謳い文句を掲げているから分かりやすいのだ。ただし御者は日除けの庇があるだけで汗だく。ちょっと可哀想に思えたよ。
むろん利用者もエアコン木箱を搭載した馬車を選り好みし、料金が割高にも関わらず従来の馬車は敬遠されていた。王都には今、一大エアコン木箱ブームが訪れているのだ。それと共に俺のギルド口座は着々と残高を増やしている。
その日俺は商業ギルドの呼び出しに応じていた。冒険者ギルドでも用事を済ませたかったからである。
「イチジョウ様、大型の注文がいくつか入っているのですが」
「魔石は?」
「冒険者ギルドからはまだ納品の連絡がなく……」
「ならどうしようもないじゃないか」
それはきっとポチのせいだ。アイツはよほどのことがない限り俺のアイテムボックスにあるラウドスネークを食おうとしない。キパラ大森林で自給自足(?)しているのである。魔石は持ってきてくれるけどな。
お陰で手持ちのラウドスネークの魔石は増えているが、俺はそれを放出するのを拒んでいた。この先どんな物が出来るか分からないし、必要な時に魔石がないとなると目も当てられないからである。
「ラウドスネークと同じくらいの魔石を持っている魔物は他にいないのか?」
「確認されているのはデザートワームや走竜くらいですね」
「いるにはいるんだ」
「はい。ただデザートワームは発見も討伐も困難で、確か危険度は冒険者ギルドでAランクに指定されているはずです」
「そんなに強いのか?」
「強さよりも発見が困難なんです。音もなく砂の中を迫ってくるので、姿を見るより先に食べられてしまうからですね」
それなら乱獲出来そうだが生息地が砂漠と言うから行くのが面倒だ。必要に駆られたら討伐しに行こう。ルラたちのランクで討伐依頼は受けられるかどうかの問題もあるしな。
「走竜というのは?」
「走竜は竜と呼ばれてはいるものの、ドラゴンとは全く種類の異なる魔物です。凶暴な爬虫類といったところでしょうか。こちらの危険度もAランクです」
ドラゴンと爬虫類の違いがよう分からん。そう言えばポチも爬虫類って言ったら怒ってたな。魔物図鑑のようなものを見せられて、なるほど確かにドラゴンとは少し趣が違うようだと納得した。これはあれだ、見た目ティラノサウルスだ。体高は五メートルほどにもなるらしい。討伐するならこっちの方が楽そうだな。
「とある伯爵家からは金貨百枚出すと言われておりまして、お手持ちのラウドスネークの魔石からご用意頂けませんでしょうか」
「商業ギルドの取り分は?」
「金貨四十、いえ、三十枚で構いません」
「ダメだな、話にならん。ギルドの取り分は十枚。この条件なら用意しよう」
「うう……」
「言っておくがビタ一文負けんぞ」
「びたいちもん?」
「銅貨一枚(日本円換算で十円)も負けないという意味だ」
「ぎ、ギルマスに確認してからでいいですか?」
「それはもちろん。日数がかかるようなら返答は王都の屋敷の方に言づけてくれ」
「承知致しました」
貴族の特注を受けるのはやぶさかではないが、必要以上にギルドを儲けさせる義理はない。また、これに味を占めて貴重なラウドスネークの魔石の放出が必要な注文を安易に請けられても困るからな。
ギルドの取り分は現状のまま金貨五枚に据え置いてもいいくらいだ。請けても儲からないとなれば仲介などしないだろうからである。それでも倍の金貨十枚にしたのは俺の温情に他ならない。なのに即答しないとは何とか取り分を増やそうと考えているのだろう。不愉快だ。
商業ギルドを後にした俺は次に冒険者ギルドに向かった。ここでの用事というのは上薬草の納品と、『新緑の翼』で請けられそうな依頼を探すためである。
「上薬草五本の納品、確かに承りました」
ジェリカに変わって俺を担当するのは名札にモナと彫られた就職して三カ月、十八歳の新人さんだ。カチューシャでまとめた腰まで届くシルバーブロンドの長い髪にマリンブルーの大きな瞳。卵形の輪郭に小さくて薄いが柔らかそうな唇は紛れもなく美少女だった。
身長は百五十センチほどで胸はほどよく膨らみ、脚が長く尻の形もよくてツンと上を向いている。言うまでもないが四肢は細い。革鎧もよく似合っている。当然冒険者たちにも人気のようで、彼女の窓口にはよく行列が出来ていた。
何故そんなモナが俺の担当なのかと言うと、定期的に納めている上薬草が理由だった。上薬草などの高価な品の納品は受付嬢の査定に繋がるのだ。ただし主担当は受付嬢が選べるわけではなくギルドが指定する。つまり彼女は期待の新人ということなのだろう。
もちろん主担当というだけで、俺が他の担当者がいる窓口に行くのは自由だ。しかし主担当は行列よりも担当している冒険者を優先出来るので、わざわざ他の窓口に行く必要もないのである。
「上質な上薬草の納品を頂きありがとうございます」
「また来月な」
「あ、イチジョウ様」
「うん?」
「少しお時間よろしいでしょうか?」
彼女の視線を追って後ろを見ると長い行列が出来ていた。あと数分で昼休みの時間だというのに、これだけ並んでいては彼女の休憩が遅くなってしまうのは明白だ。なるほど、主担当の特権を行使しようというわけか。
「応接室でいいか?」
「はい。あ、皆様申し訳ありません。これから担当しているイチジョウ様と打ち合わせがございますので、他の窓口をご利用下さい」
溜め息と俺への敵意が感じられたが知ったことか。俺は階段を上がる目の前の美しい尻を眺めながら、モナに従って二階の応接室に向かった。
「イチジョウ様、急に申し訳ありません」
応接室でローテーブルを挟んで互いにソファに腰かけると、茶を淹れてから彼女が頭を下げた。
「気にするな。あれだけの人数を捌いてたら昼にも行けなかっただろうからな」
「やはりお気づきだったんですね。お心遣い感謝致します」
「だから気にするなって。あとレンでいいぞ」
「あ、ありがとうございます。ではレ、レン様」
「うん?」
ところでモナは窓口で対応してくれていた時から頬が赤い。今も恥ずかしそうにしているから、多分異性として俺のことが気になっているのだろう。一応これでもこの転生体は超絶イケメンだからな。一目惚れされても不思議はないのである。
「あの、前任者のジェリカさんとその……とても仲がよかったというのは本当ですか?」
「はぇっ!?」
思わず変な声を出してしまった。仲がよかったかとの聞き方が、単に冒険者と担当としての意味ではなかったように思えたからである。
「せ、責めているわけではなくて、ジェリカさんは結婚されたではないですか」
「う、うん、そうだな」
「お寂しくないのかなって……」
「正直に言うと確かに落ち込んだよ」
「今もですか?」
「いや、今は彼女が幸せであることを素直に祈れる」
「はぁ……やっぱり聞いた通り、レン様は優しい方なんですね」
「聞いた通り?」
「ジェリカさん、レン様の次の担当宛に手紙を残してくれていたんです」
「えっ!? マジ!? 見たい見たい!」
「だ、ダメですよぅ」
「いいじゃんいいじゃん!」
「ダメですってば。私信ですから見せられません」
「うー。じゃなんて書いてあったの?」
「それも内緒です。でも優しい方とは書いてありましたよ」
なんだか泣けてくるなあ。もう吹っ切れてはいるけど、こんな不意打ちでジェリカのことを思い出させられるとは考えてもいなかったし。
しかしこの後待っていたのは、甘々なラブコメ展開だったのである。
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