第十五話 テイムで

「矮小な人間よ、お主らを食っても腹の足しにすらならぬ。見逃してやるからそのラウドスネークの山を置いて去るがよい」

「あぁん!?」


 俺の眉の上辺りにはきっと#マークが現れているに違いない。しっかし最初の「矮小な」って部分までありきたりときたもんだ。


 だが、突然言葉を発したドラゴンを前に、『ドラゴンスレイヤー』の面々は腰を抜かしていた。特にリーダーのバティルに至っては、筋肉隆々の下半身が湿度百パーセントを超えている。いわゆるお漏らしというやつだ。お前らのパーティー名なんだっけ?


 一方『新緑の翼』のメンバーはコレッタも含めて怖がっている様子はない。というか談笑しながらお弁当を広げようとしていた。うん、君たちは俺のステータスを知っているから余裕だよね。


「不満か。ならばほれ、我の鱗をやろう」


 脇腹の辺りの鱗を引きちぎって、ドラゴンはこちらに投げて寄越した。


「人間にとって我の鱗は非常に貴重だと聞いている。ありがたく受け取って我にラウドスネークを捧げるのじゃ」

「ふざけるな。俺たちが狩った蛇はおそらく五百匹以上だぞ。それを鱗一枚と交換だと!?」


「愚かな。ラウドスネークが何百匹だろうと、我の鱗一枚の価値には到底及ぶまいて」

「お前ドラゴンのクセにバカじゃないか?」

「むっ! なんじゃと!」


「考えてもみろよ。ラウドスネークは俺たちが確かに狩ったし死体はその証拠となる。しかしアンタの鱗はどうだ? たまたま落ちてたのを拾っただけだろとか言われて終わりじゃねえか」


「だからなんだ! 得をするならよいではないか」

「これだから爬虫類は」


「なっ! 我を爬虫類と揶揄するか!」

「揶揄じゃなくて事実だろ」

「もー、ドラゴンさん!」


 腰に手を当ててぷんすか顔でコレッタが俺の隣に並ぶ。膨らんだほっぺが可愛い。何しても可愛い。


「なんだ小娘!」

「旦那様には逆らわない方がいいよ」

「旦那様?」


「あー、俺のことだ」

「ふん! 戯言を」

「戯言じゃないもん!」


 あー、もうコレッタ本当に可愛い。抱きしめていいかな。いいよね。


 だがあろうことかドラゴンはコレッタに手を伸ばしてきたのである。俺が見逃すとでも思っているのだろうか。


 俺はドラゴンの手を片手で受け止めると、人の胴以上の太さがある爪の一本を抱えてそのままへし折ってやった。


「ひぎゃあ!」

「あれ? 爪って痛いのか?」


「おのれ! おのれおのれおのれ! 大人しく去れば死なずに済んだものを。よかろう、我がブレスにより消し炭となるがよい!」


 ドラゴンが口を開けた瞬間、俺は重力魔法グラビティクラッシュを浴びせた。とたんに巨大なドラゴンの体が地面に這いつくばる。


「む、むむむむ……」

「ブレスがあんだって?」


 志村けんさん風に言ってやった。まあ、これはさすがに誰にも通じないか。


「さて、どこまで耐えられるかな?」

「ぐっ、よ、よせ!」


「ラウドスネークと鱗を交換だ? こうして一枚一枚鱗を剥がしてやれば交換なんて必要ないだろ」


 バキッ、バキッ!


「痛っ! や、やめろぉ!」

「お前、俺のコレッタに手を出そうとしたよな?」

「俺のコレッタ……きゃっ!」


 照れてる照れてる。真っ赤になった頬に手を当ててくねくねしているコレッタがヤバい。ヤバいほど可愛い。こんな可愛いコレッタに手を出そうとしたなんて。うん、ドラゴンは殺そう。どうやって殺すか。


「あ、これ逆鱗ていうんだっけ。ドラゴンの急所じゃなかったかな」

「そ、それは剥がすなー!」


「えー、でも俺、お前のこと許せないし」

「ほらドラゴンさん、早く謝った方がいいよ」

「だ、誰が……!」


「あ、牙とか抜いたらどうかな」


 爪の次は牙だよね。ドラゴンの顔はちょうどいい高さにあるし。むき出しの牙を両腕で抱えるようにして揺すったりねじったりしてみる。


「や、やめばっ! い、いひゃいいひゃい!」

「ふーん、ドラゴンでも痛みとか感じるんだ」


 面倒なので蹴りを入れると見事に牙が一本折れた。


「あぎゃーっ!」

「あ、待ってドラゴンさん、もう少し我慢して!」


 コレッタが叫んでお弁当を食べているルラたちの方に駆けていき、抱えるほどの大きさの瓶のような物を持って戻ってきた。どこに持ってた、そんなの?


「よし! ドラゴンさん、泣いてもいいよー」

「あ、ドラゴンの涙か!」


「前に本で読んだことがあるんです。ドラゴンさんの涙ってエリクサー? っていう万能薬になるみたいなんですよ」


 いっぱいになった瓶に蓋をして、重そうに抱えるコレッタがまた可愛い。あれ、ひょっとしてドラゴンのお陰でコレッタの可愛い姿がたくさん見られた?


 なら殺すのはやめてやってもいいかな。もう少し脅かしてから態度によっては逃がしてやるのもアリかも知れない。


「なあドラゴンよ。これから鱗を一枚一枚剥がして、肉を削いでいくから少し大人しくしてろ」

「ひっ、ひぃっ! 鬼! 悪魔!」

「あぁん!?」


「な、何でもありません! ラウドスネークはいりませんから許して下さいー!」

「どうしよっかなー」


「あ、ドラゴンさん、もう一回泣いて」

「おい、コレッタが泣けって言ってるんだ。泣いて涙を出せ!」


「ふぐっ……ぎぎぎ……」

「うんうん上手! いい子だねー」


 コレッタは満足げに言うと、ドラゴンの涙でいっぱいになった瓶を抱えて走っていった。


「そうだ、いいこと考えた」

「ひぃぃぃっ! それ我にとって絶対悪いことぉ!」


「あんだって?」

「なんでもありません!」


「まあいいや。おいお前、俺の従魔になれ」

「じゅ、従魔?」


「従魔になるか鱗を剥がれて肉を削がれるか、好きな方を選ばせてやる」

「な、なります! 従魔になります!」


「よし。テイムでいいかな。テイム!」


 思わず声に出してしまったが、どうやらこれでドラゴンは俺の従魔になったようだ。同時に頭の中に流れ込んできた知識によると、従魔は主人に逆らえない代わりに主人の能力を使えるようになるらしい。全てではなく、主人が選んだもの限定とのことだが。


 そうだ、コイツがいれば万が一俺の大嫌いな魔物のスタンピードが起きてもブレス一発で制圧。なかったことに出来るじゃないか。魔物をもって魔物を制す。うん、いいぞ。褒美を遣わす。


「お前にはとりあえずインビジブルと瞬間移動、治癒魔法に状態異常耐性を授けてやる」

「へ?」


「最強生物のドラゴンがやられる原因はだいたい毒とか呪いだからな。あとお前が治癒魔法を使えると何かと都合がいい」

「あ、ありがとうございます?」


「なんで疑問形なんだ?」

「我がまさか人間から魔法やスキルを授けられるとは思ってなかったもので」


「それからあのラウドスネーク、食っていいぞ」

「い、いいんですか!? あ、でも……」

「なんだよ?」


「さっき牙を折られたところが痛くて……」

「忘れてた。悪い悪い」


 治癒魔法を授けたのだから自分でも治せるはずとは思ったが、主の威厳を示すために牙と爪は俺が治してやった。こうして俺はこの世界、ルサムディアで最強と言われたドラゴンを従えることになったのである。


 ところでさすがのドラゴンもこれだけの数のラウドスネークは食い切れないそうだ。しかし後で食いたいということなので、ひとまず俺のアイテムボックスで預かることとなった。あと魔石はいらないらしいから俺がもらっておくことにする。まあ、よくある話だ。

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