第十三話 ウザいって

 馬車で第二拠点に向かってもらったボランとハンナの二人も無事に到着。上薬草の栽培を任せると伝えると驚いていた。まあ当然だろう。なにせ栽培に成功した事例はないのだから。


 しかしそこは俺のスキルで何とかした。キパラ大森林から持ち帰った栽培実検用の五株は、現在十株に増えている。


 老夫婦には枯らしてもまた採ってくるから大丈夫と伝え、二人の生業だった家庭菜園用のスペースも与えた。するといずれは屋敷で消費する野菜や果物を賄ってみせると意気込んでいたのである。ぜひ長生きしてもらいたいものだ。


 ところで執事のエルンストは元々の若い姿から、白髪に白い髭を蓄えた老人の姿に変身していた。若いと舐められるとの理由かららしい。姿を変えられるとは驚きだ。俺にも出来るかな。出来ると思う。


 徐々に屋敷での生活にも慣れてきて、俺はコレッタとバトルメイド三姉妹を連れて冒険者ギルドを訪れていた。冒険者パーティー『新緑の翼』の本格活動開始というわけだ。昼はコレッタの手作り弁当である。


 掲示板に貼られた依頼書を見ていると、ルラが一枚の依頼書を指さした。


「お館様、こちらなどはいかがでしょう?」

「ラウドスネーク討伐か」


 ラウドスネークは獲物と見れば執拗に追いかけてくる厄介な相手らしい。体長は三メートルから五メートルに達する個体もいるとのこと。派手な鳴き声を上げる蛇の魔物で、それが名前の由来でもあった。加えてその声には相手を麻痺させる効果があるが、ドラゴンの大好物という噂もある。


 推奨受注ランクは戦闘職のB。ただしCランク冒険者またはパーティーでも請け負うことが出来る。もちろん何があっても自己責任だ。この魔物がキパラ大森林を監視するヒュブル村付近に現れたらしい。


 複数個体が目撃されていることから報酬は一匹につき大銀貨五枚だが、魔石には別途金貨二枚の値が付くそうだ。そこにヒュブル村までの往復馬車代が加算される。状態にもよるが魔石以外の素材もかなりの額になるとのこと。つまりきれいに倒せば、それだけ高値で引き取ってもらえるというわけだ。


「じゃ、受けてみるか」

「あれ、レンの旦那、お久しぶりです!」


 受注手続きを終えたところで『紅蓮の決死隊』のリーダーアドルが寄ってきた。もうジェリカがいないので俺の呼び方をツッコむ必要はない。


「おう、久しぶり」

「そちらのお嬢さん方はお連れさんですかい?」

「パーティーのメンバーだよ」


「えっ!? 旦那、パーティーを組んだんですか?」

「ああ」


「それなら声をかけて下さればよかったのに。俺たち『紅蓮の決死隊』は旦那ならいつでも大歓迎ですぜ」

「あー、何か勘違いしてるだろ」

「へ?」


「この子は別として後ろの三人は一人がBランク、あとの二人もCランクだぞ」

「はいぃっ!?」


 俺はコレッタの肩を抱きながら言った。彼女は癒し枠、もとい食事担当だ。癒しならバトルメイド三姉妹でも果たせる。皆可愛いからな。


「へー、彼女たちそんなに強いんだ」


 そこへよくある招かれざる客がやってきた。逆三角形の上半身に筋肉隆々の下半身。四角い輪郭の顎が割れており、シルバーブロンドでウェーブのかかった長いは強そうだがチャラ男にも見える。


「君は確かレン・イチジョウ君だったよね? 戦闘職Fランクの」

「ば、バティル、やめておけ」


「どうしたと言うんだい? Cランクのアドル君」

「レンの旦那には絡まない方がいい」


「人聞きの悪いことを言わないでおくれよ。ボクはただ麗しい彼女たちが、Fランクの冒険者に唆されようとしているのを見て見ぬふりが出来ないだけさ」


 バティルは数少ないAランクの冒険者である。『ドラゴンスレイヤー』というパーティーを率いており、見た目だけではなく実力も兼ね備えた男だ。ただし女グセが悪く、ギルド内で女性からの評判はいいとは言えなかった。本人は英雄色を好むなどとほざいているようだが。


「お嬢さん方、そんなFランクなんか相手にせずにボクたちといっしょに行かないかい?」

「「「「はい?」」」」


 とは言えAランク冒険者にこのように誘われればホイホイ誘いに乗る者もいる。しかしうちの子たちはそうではないようだ。四人とも冷ややかというよりは汚物でも見るかのような視線を返していた。それでもバティルはめげない。


「ラウドスネークはボクたち『ドラゴンスレイヤー』に任せておきなよ。もちろん報酬も素材も君たちにあげるからさ」

「結構です。話しかけないで下さい」

「えっ?」


「旦那様を悪く言う方とは口を利きたくありません」


「旦那様? 違ってたらごめんね。もしかして君たちは奴隷なのかな?」

「だったらなんです?」


「おっとー、こんな可愛らしい女の子たちを奴隷のままにしておくなんて。ボクならすぐにでも解放してあげるよ」

「旦那様、行きましょう」


 コレッタがバティルにそっほを向くと、ルラたち三人もそれに従う。こうなると彼の怒りの矛先は当然俺に向けられた。


「ねえ君、Fランク冒険者のレン・イチジョウ君」

「あん?」


「君は彼女たちを奴隷のままにしておいていいと思っているのかい?」

「さあな。だが彼女たちは俺の奴隷だ。少なくともAランク冒険者様にとやかく言われる筋合いはない」


「旦那様、時間の無駄です。早く行きましょう」

「『ドラゴンスレイヤー』だか何だか存じませんが、私たちはお館様の許にいられて幸せなのです」

「そうです。お館様の仰られた通り、貴方にとやかく言われる筋合いはありません」

「お館様好き。アンタは嫌い」


 コレッタに続いてルラ、ルリ、ルルの三人もこれ以上バティルに構う気はなさそうだ。特に最後のルルの一言は俺に刺さった。うん、俺も好きだぞ。


 まだ何か言いたそうだったバティルを尻目に、俺たちは冒険者ギルドを後にした。ここから第一拠点の家に行って、瞬間移動でキパラ大森林に飛べば大幅な時間の節約になる。


 しかし片道三日半の距離をラウドスネークの討伐を果たした上で、それより短期間で帰ってくるのは不自然だ。ギルドから馬車代も出ることだし、のんびり馬車旅でも楽しんでみるか。


 コレッタたちにそう提案すると、四人とも俺の決めたことに従うとのことだった。奴隷だからというわけではなく、彼女たちも旅をしてみたいのだと言う。主が俺でなければ旅をする機会もあったかどうか分からないからだそうだ。


 それならということで一度屋敷に戻ってギルバートにしばらく留守にすると伝えてから、俺たちは宿場町フラニティに向かう乗り合い馬車に乗り込んだ。


 この時はまだ、後からついてくる少し豪華な馬車の存在に気づいてはいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る