殺人ジーニー

名無しのジンベエ

空飛ぶ絨毯

湿気たタバコに火をつける。

副流煙が高速沿いの空に舞い上がり、新しい雲の様に見えた。


ジャスがわ 柳民やなみんとは今思うとかなり仲が良かったと思う。


最初は同じ高校から警察学校に行くという繋がりだけだったが、今まで話すらしたことが無かった俺たちはあっという間に毎日会話する仲になった。


一人でいる事がそこまで嫌いじゃなかったのもあり、今まで親友と呼べるような人は疎か友達すら居なかったが、こいつとの関係を世間では親友と呼ぶのかも知れない。


今の妻を紹介したのも柳民だった、俺はいい迷惑だと思っていたが世話焼きだった妻と面白がったあいつがトントン拍子に話を進めて、結婚に至った。


結婚してから気付いたが、結婚生活は存外不快ではなく、妻に愛はある。

結婚式のスピーチをしたのもまた、柳民だった。


そんな奴が先月のアラビアンナイトで死んだ。



今年始まった連続殺人事件、殺人ジーニー事件。

この大都会で今年だけで1000件起きているこれまでに日本で、いや世界中ですら起きたことが無い規模の大事件だ。


この事件が世に知れたのは確か、683件目の事件だった。

男性配信者の配信中に突如、事件の容疑者の銃と手だけが写り、犯人はたった一言。


『死ぬ前に好きな願いを"3つ"叶えてやる』と言う。


男性配信者は1つ目にこの配信を伝説にしてくれと願った。

すると、同時接続数が爆発的に増えた、この異様な状況を有名な海外メディアが取り上げたのだ。


配信者は2つ目に容疑者に名前を尋ねた。

容疑者は自らをジーニーと名乗る。

有名なアラジンと魔法のランプに出てくる、精霊と同じイントネーションだ。


3つ目に配信者がカメラを少し下に向けてくれと頼むとカメラの画角が配信者の足元に移った。

そして次の瞬間、音割れした大きな破裂音と共に血飛沫が吹き出し、シャワーのようにフローリングに降り注いだ。


この配信はSNSで大きな反響を呼び、海外メディアを運営する会社は、説明責任を果たす事を求められ、海外メディアは事件後、弁明会見で自社サーバーのハッキングの可能性を報告した。


そこからしばらくは、配信者とその協力者の大規模な悪ふざけとしてこの出来事は扱われていたが、そのうち狭いコミュニティである都市伝説が囁かれる様になる、それが殺人ジーニー事件だ。


そして、県の今年の死者数の数値がおかしくなり初めてからはすぐだった。

新聞や日本の多くのメディアはこの異変に気付き、記者クラブで連日聞き込みが行われたが、公式な声明は中々出ず、調査中とだけ伝えられる。


しかし、発見者達によって伝えられた情報により、"銃"で"複数の人間"が"高頻度"に殺されている事実が浮き彫りになり、社会の警察への不信感は今最高潮を迎えている。


何故上層部がメディアに公式に発表しないのかは不明だが、心当たりはある。


この事件は最初の死体発見時から9時間以内に58件もの同様の事件が警察署に報告された。

社会的混乱を防ぐために情報を制限したのかもしれないが、今となっては報告のタイミングを失っているようにしか見えない。


900人を越える死者が出ていながら、手懸かりは配信に写った金のリングと銃と弾の種類だけ。

一日一件以上の異常なペースで殺人は毎日淡々と行われている。


その中でも千年に一度の大殺人事件、アラビアンナイトと呼ばれる日は702件目から816件目までの殺人がたった一夜で行われたとされている、ジーニー事件の中でも最も死者が多かった1日だ。


その日に自宅のアパートで一人、柳民は殺された。


あと名前の知らない同級生も何人か死んだ。







俺達が警察官になり別々のチームに別れた時も、柳民の存在感は部署を超えて俺のもとにも伝わっていた。


そんな柳民の存在感が消えたのに気が付いたその日、病気でもしたか?とメッセージをひとつ送ってみた。







いくら待っても返事がない。

いつ送っても1分以内に既読の付くような奴なのに


嫌な予感がした。

仮病を使ってまでアイツのアパートまで走った。


チャイムを鳴らした。

返事はない。


合鍵を使ってドアを空けると、頭から血を流している柳民がいた。


俺はドアをそっと閉め、携帯で110を掛けた。

その後、顔見知りの警官に事情を全て話し、しばらくの取り調べの後に解放された。


通りがかった夜の公園のベンチに座ると、激しい孤独感に襲われた。

アイツが死ぬということは自分を構成する半分以上が死ぬことに等しかった。

街頭に集まった蛾が視界の端にチラチラ写るのに無性に腹が立ったのか、石を投げてみるもどうやらこれは怒りでは無いようだった。


それからと言うものの、激しい復讐心に囚われる訳でも無く、アイツだけがぽっかりと消えた席を眺め、ただただ喪失感と無力感に苛まれていた。






家に戻ると元気に妻が話しかけてくる。

今日の夜飯はタコライスらしい。


妻も柳民の友人であったため、影で一人悩んでは苦しんでいるのかもしれない。

しかし、その素振りを見せない、影ひとつないその振る舞いは白い紙に色の違うホワイトを上から塗りつけたようでかえって不自然だった。


結局俺は空虚さに耐えれなかったのか、サーフィンやマラソン等の趣味を始めてはしっくり来ずに辞める日々を過ごしていた。


事件の真相を追い求める気にはなれなかった、捜査部署への異動を上司に提案されたが、まだ返事はしていない。

事件に向き合ったとしても依然そこにはアイツの不変の死だけが待っている、なんの気も晴れない事を俺は知っていたからだ。

つまり、断る。


今日、乗り合わせた電車である会話を聞くまではそう決めていた。


「そういえばウチのクラスの女の子ジーニーに殺されたらしいよ」


申し訳程度に口を手で隠している声のデカい女が思わぬことを言い始めた。

話を聞くにこの街の高速沿いのコンビニの隣に住んでいる女子高生がジーニーに殺されたらしい。


コイツ個人情報やらデリケートな話やらを公然でベラベラ言いすぎだろ。


元々、休みの日に適当に電車を乗り継いで散歩していただけだったので、俺は気の迷いで殺された女子高生の親に話を聞こうと家まで足を運んだ。

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