そして二人は
王立学園は元々貴族の力関係を調整しようと、王都へ子どもらを預けるよう言い渡したのが起源にある。地方ごとの風習はともかく、同じ視点と知識を与え、無理解からの諍いを極力抑えることと、ある種の人質が目的だったと言われているが、定かではない。
当然、学園内における身分というものは学問の前には平等であるという姿勢なのだが、飽くまでそれは勉学に関するものに限った話で、ひとたびそこを離れれば、身分は絶対的な力を持った。
――とはいえ。
デビュタント前の半人前であるという観点と、子どもは小さな大人であるという貴族的価値観から、学園内は原則生徒による自治で話が収められることが多い。子ども同士の諍いでさえ、社交の一貫として、それを納める力を鍛える場と見なすのだ。
故に、ゲルハルトの周囲にまつわるあれこれもまた、当事者でどうにかするよりほかなかったのだが……。
「ねえ、今朝のアレ、ご覧になりまして?」
「ヘーフェヴァイツェンのゲルハルト様でしょう? 馬車からアドルフィーナ様を恭しくエスコートなさって……どなたかと思いました」
「あの方、以前からそつなくされていらっしゃったけれど、何があったのかしら」
「女性の身体になって苦労されたから、そのことでアドルフィーナ様となにか心が通じるようなことがあったのでしょう」
「それでもあんなふうになるかしら?」
「でも、ゲルハルト様はもともと柔和なお顔立ちでいらっしゃるし……」
「本当に驚きました。まさかあの方があんなに甘いお顔で微笑まれる方だったなんて」
さざめくような女生徒の会話に、アドルフィーナは思い出したように頬に熱がこもるのを止められなかった。何度か紛らわせるように手扇をしてみるも、それもまた自分の頬が赤くなっている証左のように思われて、最終的に手を頬に当てて隠すような有様だった。
それもこれも、今朝、ゲルハルトが男に戻っていたことにほっとしたのも束の間、そこから今までの分を取り戻すかのような熱のこもったエスコートがあったのだ。
これがいわゆる仲のよい婚約者の距離だというならば、暫く戸惑うことになるだろう。
一方、ゲルハルトと言えば、きっぱりと今までの付き合いを見直すことにした。女の身体であった頃に心配してくれた女生徒の婚約者や、距離感を保っていた同窓生には改めて感謝を示し、ルシャードをはじめとする者は遠ざけた。反発がなかったのはゲルハルトが侯爵家の子息で、侯爵ではないにしろ将来的に父から爵位の一つを与えられることが決まっていたからだった。
その将来を当てにして近づいてくる女生徒もまた同じだった。
将来的に愛人やそれに近しい存在になろうとする者もいれば、学生時代の思い出が欲しくて……という者も様々いたが、どれも一様に近づけさせなかった。
貴族として少々品がなくとも言葉ではっきりと伝え、先んじて調べさせておいた『余程家庭の状況が悪い者』に関しては問題解決のためアドルフィーナに話を向けるなどして身辺整理は恙無く終わった。
あまりのあっけなさに、今まで鬱屈した感情を抱いていたのが馬鹿馬鹿しくなるほどだった。
彼が身に染みて学んだことと言えば、身近な男がしっかり守らなければ、女性は簡単に害されてしまうということだった。ルシャードのような思想を持った男がいると知っているだけに、ゲルハルトはアドルフィーナに関してやや過保護になっていた。
「ゲルハルト様、お心遣いは大変ありがたいのですが……今まで通り、いえ、お出かけの際にエスコートしていただけるだけでも充分ですよ?」
「そ、そうか? そうか……」
「勿論、とても嬉しく思っております。なにかあったとして、あなたが支えてくださると思うと安心していられますもの」
「そっそうか!」
幼い反応にも思えるが、冷淡な反応よりはずっといい。
それに、アドルフィーナもまた、彼の好意を受け取る練習が必要だった。こうもあからさまに好意を示されることは家族でさえもあまりなかったことで、どんな顔をしていればいいのか分からないことも多い。
流石に衆目もあるため、二人ともおおっぴらに感情を見せるのは限られた場のみのことではあったが、その距離が近くなったことは誰の目にも明らかだった。
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