28.私立高校受験
【晴大】
年が明けて三学期になり、同級生たちの表情から余裕は消えていた。二月初旬の私立高校受験が迫り、普段あまり勉強しない生徒でさえ晴大に質問をしてくるようになった。晴大は特に予定していないけれど、和歌山の私立高校受験日は大阪よりも早い。
晴大は公立高校の滑り止めに、通いやすい距離にある私立高校を選んだ。それは偏差値が高かったので決して滑り止めとは言えなかったけれど、何度か受けた塾の模擬試験ではA判定が出ていた。公立高校試験の内申点や作文で点を取れない可能性が無くもないので、通うことになっても後悔しない学校を選んだ。
楓花との関係は、以前と全く変わっていない。修学旅行のあとからは顔を見れば挨拶くらいはするようになったけれど、二人きりのときは無かったし、晴大は楓花を呼び出すつもりもなかった。私立高校を専願で受験する楓花も余裕がないのは見て分かったし、一年前に知った楓花の誕生日にプレゼントを渡す──なんてことができるはずもなかった。
「渡利、◇◇が滑り止めってすごいよな」
授業はだいたい終わりが近くなり、自習に充てられる時間も増えた。自習──と言いながら、全員が静かに勉強するなんていう状況にはならない。
「そうか? あと通える私立って俺の偏差値よりだいぶ低いし……」
特に自慢ではないけれど、晴大は成績が良かったので受験に不安はあまりなかった。ギリギリだったとしても受かるだろう、と根詰めた勉強はほとんどしていない。
「もしさぁ、私立と公立と両方受かったらどっち行くん?」
「ん? 公立。私立ていちいち金かかるし、公立のほうが知ってるやつ多そうやし」
「そうよなぁ。男ばっかも嫌やしなぁ。でもさぁ、公立やったら、またおまえ人気なるんちゃうん?」
「そんなん──」
晴大には今のところ、楓花以外の女子生徒を恋人候補にするつもりはない。けれど、私立高校に通う予定の楓花とは中学を卒業するとおそらく会わなくなってしまう。そして恋人がいないまま大人になってしまう──それは悲しすぎるので、もしも告白された場合は返事を判断するためにデートくらいしてみようかとも思うけれど、楓花のように素を出せる相手に会える保証はない。
「なぁ渡利、確認やけど……おまえの好きな子って、同級生よな?」
「……うん」
「誰やろ? このクラス?」
クラスメイトのその発言で、近くの席の生徒に注目されてしまった。
「──ここにはおらん」
晴大が言うと、話を聞いていた女子生徒のうち何人かは悲しそうな顔をしていた。そして近くの席の友人たちと〝晴大の失恋相手〟を想像し始めたけれど、どこからも正解が出ることはなかった。
「俺、おまえが誰と仲良いか知らんしなぁ」
「知らんで良いやん」
「女子と話して
「……波野と矢嶋が探してたわ」
「波野? えっ──あいつ、天野さん好きなん? 矢嶋は、長瀬さんやろ?」
「らしいで。二人とも、フラれてるけどな」
それでも舞衣は丈志と、楓花は悠成と距離は置かない選択をしたようで、四人で話しているところも何度か見かけた。楓花は晴大の視線に気付いていたけれど、晴大は四人には近づかなかった。
【楓花】
毎年、成人式の頃になると、友人たちとは休日に遊べなくなる。それはおそらく、楓花の誕生日プレゼントを準備してくれているからで、誕生日当日には何人かがプレゼントを持ってきてくれた。これまでは遊べないことは寂しかったけれど、中学三年の誕生日はそれどころではなかった。
楓花は高校受験は私立に専願と決めていて、普通科標準コースを目指していたのがいつの間にか、普通科特進コースに変わっていた。それは当然、標準コースよりも偏差値が高く、募集人数も少ないので門は狭かったけれど、もしものときは標準コースで合格になる可能性もあったので少しだけ安心していた。
出願は受付開始初日に、志望校が同じ生徒たち全員で行った。楓花と同じ特進専願はいなかったけれど、特進併願と標準で合わせて十人ほどはいた。
「女子校って女だらけなんやろ? どんなんやろなぁ?」
「わからん……可愛い子多いんかなぁ?」
「どうなんやろ? 男子おらんからさぁ、若い男の先生とか、めっちゃモテそう」
まだ入学が決まる前、受験すらする前から、そんな話で盛り上がっていた。楓花も例外ではなく、高校生になってからの青春を楽しみにしていた。先生に恋をしてしまうのか、あるいは友人に他校の男の子を紹介されるのか。……それとも、悠成が諦めずに連絡を取ってくるのか。
「でもさぁ、この学校、厳しそうやん?」
「確かに……勉強だらけなんかな?」
「親戚のお姉ちゃんで行ってた人おるんやけど、仏教の学校で宗教の授業とかあって厳しいけど、あとは普通やし、行って良かったって言ってたで」
「宗教……」
その後、楓花は私立高校に無事に合格して通うことになり、長い通学時間は勉強時間に充てることになり、女だらけの学校は〝先生以外に男の目がないから気が楽〟ということを知り、〝力仕事も男に頼れないので自分でする〟力がつき、やがてそれが普通になって、男性への免疫が弱くなってしまうのはまた別の話──。
「長瀬さんさぁ、あれどうなってるん?」
「あれ? なに?」
「前さぁ、矢嶋君に告白されてたやん? 断ってたけど修学旅行のとき一緒におったし、気になんねん」
「……別に何もないで。断ったけど、嫌いになったわけではないし」
「えっ、好きなん?」
「うーん……友達としては好きなほうやけど……それだけかなぁ」
悠成のことも、もちろん晴大のことも好きではあるけれど、それ以上のことを考えたことはない。一緒にいるのは楽しいけれど、付き合いたいとかデートしたいとか思ったことはないし、修学旅行のときも一緒にいる時間は気を遣って疲れてしまった。
「あのときさぁ、なんで一緒におったん?」
「私は舞衣ちゃんと二人やってんけど、噴水のとこで休憩してたら三人に見つかってん。波野君は舞衣ちゃんを探してたみたいやけど」
丈志は舞衣と、悠成は楓花と話そうとしていたので、晴大はときどき残されてしまっていた。
「波野君と矢嶋君と、あと──渡利君か」
「うん」
「渡利君かぁ……あの人、頭良いよなぁ。公立より難しい
「頭良いし、運動できるし、あとモテるし……どんな大人になるんやろ? 社長とか? 起業とかするんかな?」
久々に楓花の周りで晴大の噂話が始まってしまった。確かに今の晴大はどこを見ても完璧なので、楓花も同じように彼のことをとりあえず褒めた。
実は彼は楽器が壊滅的だった──とは、絶対に言いたくなかった。信じてもらえるとしても晴大が傷つくし、信じてもらえない場合は楓花が仲間外れにされたはずだ。
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