25.カムフラージュ
【楓花】
悠成のことは正直に言うと──好きだ。
二年のときに同じクラスになって、まず格好良いなと思った。背も高いほうで、バレーボール部の副キャプテンと聞いて好感度は上がった。成績も優秀で、同じ班になって話すことが増えて、困っていると助けてくれるし、悪いこともしないので信頼していた。
だから告白されて嬉しかったし休日に遊ぶのも問題なかったけれど、それは彼を恋人にすることには繋がらなかった。楓花はピアノ以外で目立つのは好きではないので、野次馬に囲まれて告白されて、OKしたとして周りに囃されるのは絶対に嫌だった。だからまた、悠成からの告白は断った──というより、楓花にとって悠成はカムフラージュのような存在だった。
楓花がいちばん好きだったのは、もちろん晴大だ。
けれど彼との関係は誰にも秘密にしていたので、同級生たちの前で仲良くするのはできるだけ避けたかった。同じクラスにも、同じ委員会にもなっていない彼とは、関係のごまかしようがなかった。どこで仲良くなったと聞かれても、彼にリコーダーを、とは言いたくなかった。
晴大は出会った頃はそれほど背は高くなかったけれど、中学三年になった頃には悠成と並ぶくらいにまで伸びた。可愛らしいと思っていたはずが、たまに見かけると思わずドキリとしてしまった。悠成に巻き込まれた彼に〝帰って良い〟と言いながらも本当は、大人びた彼の姿をずっと見ていたかった。
楓花は晴大との関係を隠したくて、敢えて彼に興味がないふりをしていた。晴大が何を思っているのかは全く分からなかったけれど、秘密を守るにはそれしか思いつかなかった。楓花は晴大との約束のために嘘をついていると、気付いてもらいたかった。
「あっ、おーい、長瀬さーん」
一人で下校していると、後ろから丈志の声が聞こえた。振り返ると彼は楓花との距離を走って詰めてきた。
「波野君、今日は自転車じゃないん?」
「こないだパンクしてな。まだ修理できてないねん」
「ふぅん……」
「長瀬さんは? 天野さん一緒じゃないん?」
「舞衣ちゃんは懇談の時間早いから、残るって」
夏休み前の三者懇談は、志望校がだいたい絞られる時期だ。公立高校ではなく私立高校に、と楓花は既に親から言われているので、志望校もいくつか考えてある。
「長瀬さんさぁ、正直なとこ──渡利のことどう思ってるん?」
「え……どうって、別に何もないけど」
「それさぁ、ほんまなん? あいつ人気やん? 長瀬さんも一年のとき気にしてなかった?」
「あ──そうやけど……別になぁ」
格好良いからといって付き合いたいには直結しない、という内容を話すのを、丈志は相槌を打ちながら聞いていた。楓花は晴大が好きだけれど、外見だけでそうなったわけではないし、付き合いたいと思わないのも例外ではない。もし、彼が楓花のことを好きだった場合は──。
「渡利君って──まだ失恋引き摺ってるん?」
「はは! そうそう、誰が好きなんか聞いても教えてくれへんねん。告白されても断ってるし……。付き合えたら教える、とは約束したんやけどな」
「引き摺りすぎよなぁ……一年以上?」
「ほんまやで。去年もさぁ、バレンタインもらったやつクラブで配ってたし。長瀬さん、何か知らん?」
「いやぁ……私、ほとんど知らんからなぁ」
【晴大】
夏休みに晴大はまた、塾の模擬試験を受けた。結果は前回とあまり変わらず、志望校全てが合格圏内に入っていた。
塾には通っていないので試験のときだけになるけれど、同じ学校の生徒が多くいるので一人で過ごす時間はなかった。帰りに駅で電車を待っていると、声をかけられた。
「おい渡利、おまえさぁ」
すぐ隣についていたのは悠成だった。近くにいた同級生たちからは遠いところへ連れていかれた。
「なに?」
「好きな子いるんよな?」
「……それが?」
「可愛いん?」
「……まぁ、な」
「同じ高校に行こうとか思ってる?」
「──行けたらな。でも、どこ受験するか知らんし。私立やったら無理やろ」
通える範囲の私立高校には、共学の学校はない。
「ちなみに──誰?」
「言うわけないやろ」
「じゃあ──俺、まだ長瀬さん諦めへんけど、良いよな?」
「──なんで俺に聞くん?」
晴大が少しだけ眉間に皺を寄せると、悠成はなぜか安心したような顔をしていた。
「ていうかおまえ、ふられたんちゃうん?」
「三度目の正直って言うやん? 長瀬さん、今は彼氏いらん、って言ってるけど、受験終わったら気変わってるかもやし」
「……二度あることは三度ある、とも言うけどな」
晴大が冷たく言うと、悠成は今度は悲しそうな顔をした。
「渡利──おまえもさぁ、長瀬さん狙ってんちゃうん?」
「なんでそうなんねん」
「噂なってたやん? おまえ俺よりモテてるし……、俺がフラれたときさぁ、長瀬さん落としてみよう、とか思わんかったん?」
「──おまえと一緒にすんな」
晴大はもう一度眉間に皺を寄せると悠成から離れ、ホームに入ってきた電車に乗った。
楓花は晴大にそれほど興味はないらしい、とは丈志から聞いた。秘密を守るための嘘だと信じているけれど、それにしても晴大にはダメージが大きかった。
リコーダーを教えてくれていたとき、特に晴大に相対音感があると分かったときの楓花は、ものすごく嬉しそうだった。晴大が弱音を吐いているときも、何の色眼鏡もかけずに聞いてくれた。あの頃の楓花のように接してくれる同級生は他にはいなかった。晴大は何でもできる男だと、全員が信じていた。楓花と二人で会って積もる話をしたかったけれど、どうすれば良いのか晴大には分からなかった。
楓花は悠成をふってはいるけれど、友達としては話しているらしい。登校日に学校へ行った帰り、丈志が教えてくれた。
「長瀬さんて、優しいよな」
「……みたいやな」
「おまえもさぁ、助けてもらったんやろ? ほら、悠成が告ったとき」
「ああ……そうやな」
晴大は楓花が怒るところを見たことがない。ほとんど面識がなかった晴大にリコーダーを教えてくれて、それを秘密にしてくれて、友人たちが知っている以外の接点は無いようにしてくれた。楓花はとても優しい、と誰よりも知っているつもりだった。
「渡利、長瀬さんが優しいからって、好きな子から乗り換えたりせーへんやろな?」
「絶対ない」
真剣な顔で言うと、丈志はしばらく晴大を見ていた。
「……何?」
「いや──、俺、早くおまえとその子が付き合って欲しいわ。俺がその子やったら、そんだけ想われてるって知ったらめっちゃ嬉しい」
丈志が嬉しそうに笑うので、晴大もつられて表情が緩んでしまった。楓花が喜ぶ顔を想像して、思わずニヤリと口角を上げてしまう。
「あっ、おまえ久々に笑ったな?」
「──っせぇ」
「照れんなって」
晴大はすぐに真顔に戻り、歩くのを速めた。追ってくる丈志がちょっかいを出してくるのを避けながら──、視線の先を舞衣と並んで歩く楓花の小さな背中を見つめた。
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