第3話 新たな出発

ティオはその日、村の外れにある大きな木の下でじっと座っていた。木の根元に横たわると、上に広がる枝葉が、まるで大きな傘のように空を覆っている。空は晴れていて、青さが心地よい。だが、ティオの心には晴れ渡った空に似合わない重い感情が広がっていた。


「どうして…?」ティオは呟いた。今日の使者たちの言葉が、いまだに耳から離れなかった。


帝国の使者が来た理由は明確だった。村が帝国の宗教と文化に従わないということで、さらなる圧力をかけられようとしているのだ。だが、その圧力がどれほど強くなるのか、村人たちがどうなるのか、その未来が見えなかった。


ティオは手にしていた木の枝を無意識に握りしめた。握りしめる力が強くなるにつれて、枝が次第に折れていく。その感覚に、ティオはふと現実を見失っていた。


「ティオ?」


後ろから、懐かしい声が聞こえた。振り返ると、ティオの親友であり、同じ年頃のフェリスが立っていた。フェリスは、いつも元気で明るく、周囲を元気づける存在だったが、今日のフェリスは少し元気がなさそうだった。


「フェリス、どうしたんだ?」ティオは立ち上がり、フェリスに駆け寄った。


「いや、別に。」フェリスは少し戸惑った様子で答えたが、その目には迷いが見えていた。「ちょっと考え事をしててさ。」


ティオは気づいた。フェリスも、使者たちが来たことについて何かを考えていたのだろう。その不安が、二人の間に共鳴するように広がっていく。


「お前も、あの使者たちのこと考えてるんだな。」ティオがそう言うと、フェリスは無言でうなずいた。


しばらく沈黙が続いた。二人とも、言葉にできない思いが胸に渦巻いていた。ティオは、どこかで自分が何かを変えなければならないという気持ちを強く感じていた。しかし、それが何なのか、どうやって始めればいいのか、全く見当がつかなかった。


その時、フェリスが口を開いた。


「ティオ、俺たち、このままでいいのかな?ずっとこうして…帝国に従って生きるしかないのか?」


その問いに、ティオは一瞬、言葉を失った。自分も同じことを考えていたのだ。村の文化や宗教を守ることが正しいのか、それとも帝国の支配を受け入れて生きることが最善なのか――その答えは、まだ誰にも見えていなかった。


「分からない。」ティオはつぶやいた。「でも、変わらないといけない気がする。何かが、今、動き始めている気がしてる。」


フェリスは少し考え込み、やがてこう言った。「だったら、俺たちも何かしなきゃな。少なくとも、黙っているわけにはいかない。」


ティオはしばらくその言葉を噛み締めていた。フェリスの言う通りだ。今、静かにしているわけにはいかない。自分たちが何かを変える力を持っているなら、その力を使わなければならないと感じていた。


その日の夜、ティオは父アランと話すことにした。アランは村の中でも尊敬されている人物であり、優れた知識と経験を持っていた。しかし、帝国の支配に関しては非常に慎重で、言葉少なにその現実を受け入れているように見えた。


「父さん。」ティオが切り出した。「俺、何かしなきゃならないと思ってる。」


アランは静かにティオを見つめ、目を細めた。「何か、とは?」


「帝国のこと…村のこと、今、俺が何かしないと、みんなが困ることになる。だけど、どうすればいいのか分からないんだ。」


ティオの言葉に、アランはしばらく黙っていた。そして、ようやく口を開いた。


「お前が考えているように、帝国の政策が変わることはない。だが、ただ一つ、何かを変えられるとすれば、お前が力をつけて、帝国の中で変革を起こすことだ。」アランは深い目をして言った。「だが、それは簡単なことではない。お前の生き方が、村やお前自身を守るために必要になる。覚悟を持って行動しなさい。」


ティオはその言葉を胸に刻んだ。父の言う通り、今後の自分の選択が村の運命を決めることになるだろう。しかし、その選択がどれだけ厳しく、危険なものであろうとも、ティオはその道を進む決意を固めた。


翌日、ティオは再び村の広場に足を運んだ。使者たちが立ち去った後、村人たちはどこか落ち着かない様子で仕事を続けている。だが、ティオの中で何かが変わっていた。今、何をすべきかはまだ分からない。ただ、これからの自分が、村を、そして帝国を変える力を持つ存在になるのだと感じていた。


その時、広場の端で、いつも穏やかな顔をしている長老アシルが歩み寄ってきた。


「ティオ、見ているな。」アシルは静かに言った。


「はい。」ティオはうなずきながら答えた。


「お前の覚悟が、今、固まったようだな。」アシルはにっこりと微笑んだ。「だが、覚えておけ。何かを変えるためには、必ず代償が伴う。」


その言葉が、ティオの心に深く刺さった。覚悟を決めた瞬間から、彼の人生は大きく動き出すことになるのだろう。


ティオは目を閉じて、静かに答えた。「覚悟はできています。」

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