第四章13 闇の代表取締役ノア(ノアは貴族なのか?)
目を見開くロズリーヌを後目に、女たちが白い仮面と黒いローブの人物――ノアに群がった。
「暴れている奴がいると聞いて来てみれば、たった一人の小柄な女性とは。お嬢さん、【魔法】を持っているのですね?」
ノアがマルティーニに問いかける。
「えぇ【怪力】の【魔法】を少々」
マルティーニが得意げに乱れた髪を掻き上げると、地下都市の住人たちに動揺が広がった。
ただ一人、ノアだけが態度を崩さずに頷く。
「皆、聞いたか? 彼女に力では勝てない。ここは俺が取り持つ。分かったなら下がれ」
殺気立っていた地下の住人たちは途端に大人しくなり、武器を下げた。そうして銘々に彼らの日常へ戻っていった。
ノアは言葉だけで彼らの怒りを鎮め、納得させてみせたのだ。ロズリーヌは目を細めた。
「貴方たちは俺の屋敷へ案内する。こちらへどうぞ」
ノアが腕を広げて通りの先を示す。
ロズリーヌが無言でノアの隣に並ぶと、ノアは慣れた様子で腕を出した。彼の腕を一瞥してから手を絡める。
踏み出された一歩が全く無理のない歩幅で、ロズリーヌは少なからず驚いた。あの夜の会合でも思ったことだが、この男は礼儀が身についている。それもスマートに。これだけの熟練度なら、付け焼刃で身に付けたものではあるまい。
(ノアは貴族なのか?)
ロズリーヌは思案しながらノアのエスコートに従った。
削って整えられている岩肌の通りを進んでいく。突き当りに行き着くと、一際大きな屋敷があった。装飾が施された石造りの屋敷には、無数の穴が空いている。金属でできた扉の前には用心棒らしき屈強な男たちがいて、ノアが近付くと扉についた小さな扉を開けてくれた。頭を低くして扉をくぐる際に、扉の分厚さと壁の分厚さが地上の倍はあることに気づく。
すぐ傍に控えていたのか侍従が近寄ってきて「おかえりなさいませ」と挨拶をした。ノアは挨拶を返し、ロズリーヌとマルティーニを二階の部屋まで案内した。
執務机に革張りの椅子。ぎっしり本が収められた本棚に、来客用のソファとローテーブル。ダークブラウンで統一された厳かな部屋を、モザイクランプの橙色の光が灯している。火を燃やしているのに息苦しくないのは、天井が高く、大きな窓があって、パイプを這わせた換気口がいくつも用意されているからだろう。
ソファにかけるよう促され、ロズリーヌはソファに座った。ノアは向かいのソファに腰かける。マルティーニはロズリーヌの後ろに回って控えていることにしたようだ。
「――貴方が闇の代表取締役と自分を称したのは、地下都市の顔役だからか?」
ロズリーヌは時間が惜しくて、すぐ口を開いた。ノアは「いかにも」と頷く。
「この地下都市はいつからあるのだ?」
「定かではないが、現皇帝が地下水道整備に着工した頃からだろう」
「現皇帝が地下水道整備に着工した頃からとすると、貴方は最初から此処の顔役ではなかったということだな? 貴方はいつからここの顔役に?」
「俺は子どもの頃に偶然ここへ迷い込んで、この世界を知った。当時ここまでの建造物はなく、人々はただ剥き出しの露店で商売をしていただけだったのだが。俺が私財を投じてここまでの都市を創り上げたんだ。それで最近、顔役になった」
「どうして地下都市を創り上げたのだ? これだけの都市を創れるということは、貴方はお金に困っていない裕福な人物のはずだ。何も地下に身を置かなくたって良いのではないか?」
「貴方は、この地下都市を見てどう思った?」
問いに問いで返され、ロズリーヌの思考は停止した。そのまっさらになった頭の中に、先ほど初めてこの地下都市を目にしたときの感情が流れ込んできた。
「――光の届かない暗い地下で、橙色のランプが灯ったところだけに、人々の生活が息づいている。そんな、この不思議な空間が……まるで別世界に迷い込んだようで、俺はいたく気に入ってね」
ロズリーヌが真剣な顔で何度も頷くと、ノアはくすりと音を立てた。そうして首を大きな窓の方へ回し、街の様子を眺めながら続ける。
「人々の生活は地上でも此処でも大して変わらない。けれど、なんだか、此処は知らない世界だった。妖しさと日常と、幻想と現実の狭間のような。俺はそんなこの場所に興味を駆り立てられて、私財を投げ打ち、十年で今の街を創り上げた。そうして俺は顔役になり、この世界を手に入れたというわけだ」
哀愁漂う声色。彼はこの一瞬で、これまでの十年間を振り返ったのだろう。彼の歳で十年といえば、ほとんど青春を費やしたと言っても過言ではないはずだ。
「……十年。貴方はとても充実した時間を過ごしたのだな」
ノアはゆっくりと頭を上下させた。
ロズリーヌも窓の外へ視線を投げる。
橙色の街。一つ、また一つとランプを灯して、この街はできあがっていったのだろう。
「顔役というからには、担っていることも相応のことなのか?」
大事な街や人々を守るために働いているのだろうと予想して問いかけると、ノアは「おっしゃる通り」と答えた。
「治安維持。地上と地下の市場や交易の監督などを少々。ただ、ここでは法律など通用しないので司法とは無縁。教会もないので聖なる助けは届かない。お望みとあれば街を案内するが、どうする?」
「是非」
ノアは「では」と立ち上がり、再びロズリーヌをエスコートして屋敷の外へ出た。マルティーニは後ろからひっそりと気配を消してついてくる。
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