第三章06 第三皇子ティモシー・ド・レピュセーズ(心の赴くままに)

 現地の調査を終え、屋敷まで帰ってきたロズリーヌが自室に入ると、ピエールが盆に手紙を乗せてやってきた。


 手紙には金の箔が押されている。相変わらず差出人の名は無いが、おそらくティモシーからの手紙だろうと予想して、ロズリーヌは手紙の封を開けた。



【会うたび 色を変える 美しい薔薇 ロズリーヌ殿

 いくつ 私の夢を見ましたか?

 私は毎日 貴方を夢に見ています

 それは 寝ている間だけでなく ふとした瞬間に

 夢ではない貴方に お会いしたい

 明後日十一時 ルドルダ大聖堂で

 夢だけではものたりなくなってきた ティモシー・ド・レピュセーズ】



「ラブレターだ! デートのお誘いだ!」


 後ろから手紙を覗き込んだマルティーニが嬉々とした声を出した。一方ロズリーヌは思案深げに呟く。


「明後日……十一時」


「ローズ様は聖女のお勤めをされているお時間ですね」


 すかさずピエールがスケジュールを述べた。


 聖女の務めは週に五日、一日の時間は八時間と決まっている。明後日でなければ昼間に時間を取れる日もあるというのに、間が悪い。


「どうするんですかローズ様? 日付をずらしてもらいます?」


 ロズリーヌはしばし考えた後、「いや」と首を振った。


「ちょうど待ち合わせの場所はお勤め所のルドルダ大聖堂だから、強行する。今後もしも、ロズリーヌがロズアトリスではないかという疑いをかけられたとき、ロズリーヌとロズアトリスが同時に存在していたことが役に立つだろうからな」


「でも、聖女のお勤めは日程が厳密に決められていますよね? デートをする時間なんてあるんですか?」


「小半刻なら大丈夫だろう」


 マルティーニは「小半刻でデートを済ませるなんて、聞いたことがないのですが」と唖然とした。


「デートってゆっくりするものではありませんか? 思う存分二人の時間を楽しんで、お互いのことを想い合い続け。あまりに一緒に過ごすのが心地良すぎて、別れが惜しくなる……そういうものでしょう!」


 うっとりと熱弁していると思えば、態度を急変させてビシリと言い放つマルティーニ。ロズリーヌは彼女の気迫に圧され、助けを求めるかのように困惑した視線をピエールに注いだ。


「ローズ様にとって、初めての経験ですから、無理のない範囲で良いでしょう。殿下も分かってくださると思いますよ」


 ピエールの言葉でマルティーニはロズリーヌの心情を理解したようで、申し訳なさそうな顔をして静かになった。


 ロズリーヌはこくりと頷き、封筒と便箋を取り出して羽根ペンにインクをつけた。そうして彼の名を書こうとしたところでふと思い立ち、ぴたりと動きを止めた。


「……私も殿下のようにラブレターっぽいものをしたためた方が良いだろうか?」


 マルティーニが「え」と驚いた表情をする。


「こう、相手を表現する何かの単語を名前の前につけたり、詩的な表現を使ったり、甘い言葉で締めるような。こういう書き方をしてくれたのに、内容だけ伝える味気ない手紙で返しては失礼だろうか? ラブレターをもらったことがないから、分からない」


 真剣な顔をして問いかける主に対し、二人の従者は互いの顔を見合わせた。


 マルティーニがにんまりと笑い、ピエールがほっこりと微笑む。


「心の赴くままになさればよろしい」


 ピエールのアドバイスにロズリーヌは「心の赴くままに……」と呟いた。

 それからしばし考え――



【二億ルーブの出資者 ティモシー・ド・レピュセーズ殿下――】



 初めてのラブレターに着手したのだった。

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