第27話 背負っているものの重さ

 エクレールは口元の血を拭いながら、静かに笑った。


「こちらからも返させてもらおうか」


 その言葉と同時に、彼の拳が雷を纏う。鋭い音が空気を切り裂き、閃光となって僕へと迫る。


「〝迅雷掌じんらいしょう!!!〟」


 凄まじい衝撃が地面を抉る。

 とっさに時間魔法を展開し、加速した反応でなんとか軌道を逸らす。


「ぐっ!」


 完全には避けきれず、服の袖が裂け、腕に焼けつくような痛みが走った。

 掌底撃ちでこれかよ……!


「一瞬の無効化ならば、対応の使用はいくらでもある」


 雷を纏い加速した攻撃は、雷を消したところで攻撃の勢いが死ぬわけではない。

 この一瞬で混乱せずに対応を切り替えてくるのは、さすがとしか言いようがない。

 エクレールの攻撃は、速度、重さ、魔力。その全てが圧倒的だった。


『エクレール、まさかの反撃! 雷撃を纏った掌底がカナタ選手を襲う!』


 観客席からどよめきがあがる。

 僕がまだ立っていることへの驚きか、貴重なエクレールの本気の迫力に対する嬌声か。

 わかっていたことだ。やっぱり、エクレールの強さには……遠く及ばない。

 そう認めざるを得ない現実が、目の前にあった。


 けれど、不思議と心は折れていなかった。むしろ、胸の奥で熱が燃え上がっていく。


「……まだやれる!」


 必死に呼吸を整えながら、僕は魔力を練る。

 エクレールはそんな僕を見据えながら、ゆっくりと距離を取った。


「ふむ、前評判以上に君は優秀な魔法使いのようだ」


 その言葉と共に、彼の両手に電光が収束していく。唇に浮かぶ笑みは穏やかだったが、その瞳は獣のように鋭い。


「だが、プロの世界は甘くない」


 次の瞬間、雷鳴と共に魔力の奔流が解き放たれた。

 青白い稲妻が幾筋も空を裂き、僕を飲み込もうと迫ってくる。


「〝天雷轟てんらいごう!!!〟」


 頭上から降り注ぐ雷の雨。それを迎え撃つように、僕も杖を振りかざす。


「〝簡易魔弾・解呪インスタントバレット・ディスペル!!!〟」


 撃ち出された弾丸が術式を展開し、電撃を迎撃するように弾ける。

 時間を巻き戻し、魔法を発動前のただの魔力に変えて霧散させる。


『カナタ、魔法の弾丸で雷撃を打ち消した! この応酬、互角か!?』


 それもエクレールは見越しているのだろう。次の行動に移らなければ。


「なかなか食らいつくじゃないか。だが――」

「かっ、はっ……」


 だが、僕が魔法を防ぐことも、エクレールは想定して動いてくる。


『エクレール、詠唱の隙を見逃さない! 雷撃が再びカナタを襲う!』


 気がつけば、腹部に鈍痛が走っていた。雷を纏った蹴りが入っていたのだ。


「――娘を預けるには足りない」


 時間を加速しても、彼の動きに追いすがるのがやっとだった。

 火力でも、持続力でも、僕はエクレールに大きく劣っていた。

 いくら対策を練っても、それでも届かない絶望的な壁が、目の前に立ちはだかる。


「クソッ……!」


 崩れるように、膝をついた。

 呼吸が浅くなる。視界がチカチカしはじめる。


「あまり後遺症を残したくないのでね。ここが引き時さ」

『カナタ、ついにダウンか!? 雷鳴の覇者、エクレールの貫禄勝ちか!』


 崩れ落ちる僕の姿を見たエクレールは、淡々と勝利宣言をする。

 そうだ。、想定済みなのだ。


 周囲は決着がついたと思い、空気が弛緩している。

 その隙に、自分のこめかみに銃口を突きつける。


「一体、何を!?」

「〝簡易魔弾――〟」


 この一瞬さえあれば、逆転の一手が打てる。


「〝成神ピーカラホイ!!!〟」


 簡易魔弾・成神。シュウの魔導書ピーカラホイを刻んだ弾丸が炸裂する。

 一瞬のことだった。全身を青色の光が包み、僕の体から無限とも思える魔力が溢れ出す。

 神格を付与されたことで、時間魔法の力が飛躍的に増幅された。


『なっ、カナタ選手の魔力量が急激に跳ね上がった!?』


 世界の流れが緩やかに見える。あらゆる動きが、僕にだけゆっくりと映っていた。

 魔法を唱えるまでもない。時の流れの加速、減速。それが今の俺には自由自在に行える。


「早い……!」

「まだまだァ!」


 今度は僕がエクレールを圧倒し始める。


『これは逆転か!? カナタ選手が速度で、魔力で、圧倒していく!』


 ただ僕の方も体への負荷が尋常じゃない。あと数分も持たないだろう。

 言ってしまえば、これは我慢比べ。

 僕の魔法が解けるか、エクレールが倒れるか。


 無数の光条が交差する戦いの中、お互いボロボロになりながらも立ち続けた末に――


「どうやら私はまだ、君の憧れでいたいようだ」


 僕は改めて実感した。頂点に君臨する者として背負っているものの重さを。

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