第29話 イナリ・テンマ

 イナリを呼び出すのと同時に、僕の神格付与が解除される。

 魔力も体力も空っぽ。今は気力でなんとか立っている状態だ。


 僕自身の力でエクレールに勝てないのなんて想定済み。

 なら、勝てる奴を合法的な手段で連れてくればいい。


 ……本当は、直接使い魔じゃないからアウトだが、バレはしないだろう。


「若いエクレール……一体、何が」


 いきなり呼び出されたイナリは、ちょうど魔法使いとしての格好をしていた。

 風呂に入っているタイミングで呼び出されなくて良かった。


「急に呼び出してすまない。エクレールに勝つために、未来から君を呼び出させてもらった」

「その声……まさか、いや、でも」


 僕の声を聞いたイナリは、困惑したような声を漏らした。


「君と僕は知り合いなのか?」

「たぶん」


 まったく記憶にはないのだが、今は好都合だ。


「エクレールを倒せるかい?」

「使い魔として命じてくれるなら」


 どうやらイナリは状況を察してくれたらしい。これだから天才は話が早くて助かる。


「魔法使いカナタの名において命じる――エクレールを倒せ」

「御意」


 イナリはガンレット型の魔法の杖を拳に填めると、鋭い魔力を解き放つ。

 その体が一瞬で光に包まれたかと思うと、肌の下から溢れ出すように魔力が筋繊維を走った。


「まさか、最強をまた倒せるときが来るとは驚き」

「なにっ!?」


 イナリの魔法〝自在天〟は〝ピーカラホイ♡〟と同系統、神格を自らに付与し、身体能力と魔力量を桁違いに強化する魔法だった。


「神格付与〝鎌風の理〟」


 雷を裂くような速度で距離を詰めたイナリは、前傾姿勢のまま手刀を振り抜く。

 その一撃は風を断ち、大気を震わせ、真空の刃のように迫る。


 エクレールも即座に反応し、防御魔法である〝積雲〟を展開して迎え撃つ。

 しかし、イナリの手刀が触れた瞬間、その障壁はバターのように切れてしまった。


「もうボロボロ。エクレール、勝てる試合じゃない」

「舐めるなァ!」


 エクレールは踏み込んで反撃に出る。雷を纏った拳がうなりを上げて振り下ろされるが、イナリは体を傾けてそれを回避する。


「手負いの獣、全力で潰す」


 その声と同時に、イナリのガントレットが淡い光を放ち、連撃を繰り出す。

 回し蹴り、膝蹴り、肘打ち、全てが一切の無駄なく流れるように繋がり、エクレールの体力を削っていく。


 防御をこじ開けられたエクレールは、魔力を集中させて反撃の雷槍を生成するが、イナリはそれを見切っていたかのように跳び下がる。

 苦々しい表情を浮かべたエクレールは魔力を一点に集中させる。


「ならば、この一撃に全てを込める! 〝武雷迅エクレール!!!〟」


 空が震えた。巨大な雷雲が瞬時に形成され、そこから無数の雷撃が一点に収束する。観客席から悲鳴が漏れるほどの威圧感。

 まさに一撃必殺の雷だ。


「それ、もうやった。神格付与〝絶縁の理〟」


 イナリの体を包む魔力が、雷光を弾く。

 自在天の加護によって、彼女は雷を絶つ存在へと変貌していた。

 イナリは雷を無効化しながら、真っ直ぐにエクレールへと迫った。


「〝覇神拳はじんけん!!!〟」


 そして、ガラ空きの腹に渾身の正拳突きを叩き込むと、エクレールは後方に吹き飛ばされる。

 防御の術を展開する暇もなく、エクレールの体が宙へと舞い上がった。

 観客席がどよめき、場内に響き渡る爆音の中、その光景を目に焼き付けていた。


『……せ、世紀の一戦を制し、華々しいデビューを飾ったのは、カナタ・マヤだァァァ! エクレールの無敗伝説を破り、新たな伝説が始まった瞬間です!』


 実況のアナウンスが響き渡り、スタジアム全体が歓声に包まれた。


 正直、勝ったという気はまったくしない反則級の一手だった。

 それでも、今だけはこの歓声を浴びるくらいは許して欲しい。


 ここが魔法原作者カナタ・マヤの物語の始まりなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る