航海者の遺言

斑鳩

プロローグ:記憶の底で

 静寂の中、誰かが呼んでいる。


 ──リュウ。


 その声は遠く、まるで深海の底から響いてくるようだった。光もない。音もない。あるのは、ひとつの夢だけ。


 夢の中で、彼は歩いていた。

 果てしない宇宙を、ただひとりで。

 星は燃え、銀河は流れ、時は逆巻く。


 だが彼の足元には、どこまでも続く「道」があった。

 人の足跡が無数に残っていた。

 その一つひとつが、彼のものだった──ような気がした。


(……誰だ、お前は)


 夢の中の彼自身が、彼に問いかける。

 どれが本当の「リュウ」か、誰も知らなかった。


 ──リュウ、任務だ。起きろ。


 その声は、もう少しだけ人間に近い。

 優しさと冷たさを併せ持つ声。どこかで聞いたことがある。


(……イリス?)


 名前だけが、眠気の底から浮かんできた。


 ──あなたの旅を、私は見ている。


 そこまで聞いた瞬間、夢は破れた。


 リュウ・ナカジマは目を覚ました。


 冷却ポッドの蓋が開き、蒸気が舞い上がる。


「……5年、か」


 ぼやけた意識の中で、彼は思った。


(俺は、どこへ行くんだった?)


 その問いが消えるより先に、AIの声が響いた。


「起床プロトコル、完了しました。生体反応、正常範囲。おはようございます、リュウ・ナカジマ博士」

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