第22話 金色の結界
「……青様」
ああ、来てくれた。心の底からほっとして、わたしはその場で泣きそうになっていた。それでも視界がにじまないよう気を張っていると、青様が気付いてふっと微笑んだ。
青様のその微笑に、わたしの胸の奥が締め付けられる。
「待ってろ、心護。必ず、こいつの性根を叩き直す」
「あお、様ッ」
それ以上、何かを言おうにも言葉が出て来ない。胸が苦しくて、どうしたら良いのかわからなくなる。さっきまで、何とかしなければと覚悟を決めていたはずなのに。
その時、わたしの方へ走って来る人影がある。傷を負ったままの朝花ちゃんだ。
箱の中なら自由の利くわたしは、壁に触れないように彼女の傍まで移動した。
「――心護様!」
「あさはな、ちゃん」
「わたくしたちを信じてください。青様が必ずと言ったら、必ずなのです」
確信を持った朝花ちゃんの言葉に、わたしは頷く。
「うん。朝花ちゃん、夜鳥くんも、来てくれてありがとう」
「はいっ」
「……」
今にも泣きそうな笑みを浮かべる朝花ちゃんと、彼女の後ろで剣を抜く夜鳥くん。
夜鳥くんは満身創痍に見えるけれど、動きはいつも通りだ。流石は神の眷属だと言いたいけれど、お願いだから無茶はしないで欲しい。
(今更だけど、わたしの先祖というか、桜守の人たちと一度も会ってないけど居るの……? それとも、彼らがいるのとわたしたちがいる場所とは違うとか?)
この時は聞けるような余裕がなかったけれど、どうやら桜守の人たちが青様と共に戦ったのは千年前のこと。そして、彼らは神の世界2に入ることが出来ないらしい。そして、神の世界とは時空が違うというよく理解し難い説明を後々されることになる。千年前の世では、桜守の人たちは桜と力を合わせて強い結界を日本列島に張り巡らしていたのだというのは、以前聞いたことがあったけれど。
わたしがそんなことを頭に
「あっはっは! 兄上、ご冗談でしょう?」
「こんな時に冗談も何もない。お前の性根を叩き直して、冬も心護も奪い返す。……例え、ここに誘い込まれたのだとしてもな」
「バレたか。まあ、わかりやすく神威の残滓を残しておいたからな。兄上なら、乗ってくれると思っていたんだ」
「……それで、この歓迎ぶりというわけか」
ちらりと周囲を見て、青様は眉を寄せる。
青様と宵月を中心に、三十人くらいの武装した男たちが円になってた。その中には蛇鬼もいて、宵月の合図を待っている。
気付いた時には、夜鳥くんが青様の前に立っていた。二刀流の剣で、いつでも飛び出せる構えを見せる。
「……青様」
「夜鳥、無茶するなよ」
「主こそ」
視線を交わしたのを合図に、二人は地を蹴った。彼らのいたまさにその場所に、一人の大男が斧のような武器で斬り込む。地面にめり込んだ武器を見て、思わずぞっとした。
しかし大男が舌打ちした直後、ぐらりと前のめりに倒れる。その背中に強烈な一撃を加えた夜鳥くんは、霧のように消える巨体を見おろし呟いた。
「……影か」
三十人程いる敵のほとんどは、実体を持たない『影』と呼ばれる宵月の私兵。倒せば消える、自我を持たない存在だ。
夜鳥くんはわずかに唇の端を引き上げる。唇が動き、「なら、いいか」と動いた。
「朝花、心護様を頼む」
「心得ました!」
夜鳥くんに任され、朝花ちゃんは笑顔で応じる。
ぱっと見ひ弱そうな女の子である朝花ちゃんめがけ、影の幾つかが突進して来る。手を出すことも出来ないわたしは、それを一刻も早く伝えようと透明な結界の壁にすがった。
「朝花ちや……」
「大丈夫ですよ」
朝花ちゃんは笑みを浮かべると、目を閉じる。その背後に男たちが手が伸ばされた直後、朝花ちゃんの体が金色に輝く。
「――神の眷属、舐めないでください」
光が収まった直後、朝花ちゃんの背中に見事な白い翼が生えていた。彼女はそれを大きく広げ、わたしたちを包み込む結界を張る。わたしのいる透明な四角い結界を中心に、ドーム状の柔らかく柔らかい金色の結界が姿を現す。
金色のそれを朝花ちゃんは「結界です」と言う。
「滅多に使わないですが、今回は止むを得ません。わたくしの創ることが出来る中で、最も力の強い結界です。……心護様のことは、必ずわたくしが守り切ります」
「朝花ちゃん……」
翼を広げた姿の朝花ちゃんは、金色に輝いていることもあって、凄く神々しく見える。まるで、宗教画の天使みたいだと思った。
そして朝花ちゃんの言葉通り、何人もの影たちが金色の結界に殺到したけれど、びくともしない。傷一つつかないことに苛立った影が結界に攻撃を続けようとすると、その体は夜鳥くんによって真っ二つにされて消えてしまった。
朝花ちゃんと夜鳥くん、二人によるコンビネーションが見事で、わたしは思わず手を叩きそうになった。
「流石のコンビネ……いえ、連携だね」
「ふふ、恐縮ですわ」
「……一気に片付けます」
夜鳥くんは宣言通り、影を片っ端から消していく。
影が半分ほどに減った時、わたしは青様が実弟の宵月と一対一で剣を交えるその姿に、目が釘付けになっていた。
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