第9話 照れ顔

「それは、千年という時間が桜塚の結界を創る力を深め強力にし、破壊の力を上回るとわかっていたからだ。そしてその力を秘めるのは、千年後のたった一人の子どもだとも」

「そんな……不確定要素しかないじゃないですか」

「俺は神だからな。時折、未来を夢で見るだけだ」


 何でもないことのように言うけれど、未来を夢に見てしまうのはなかなか辛いこともあるのではないかな。それを聞いてみると、青様は軽く目を見張った。


「そんなことを聞かれたのは、初めてだな……」

「そうなんですか? だって、辛い未来だってあるでしょう?」

「ないとは言わないが……変な奴だな」


 くくっと笑う青様に、わたしは「失礼ですね」と眉間にしわを寄せる。嫌な気分ではないけれど、変な奴と言われて喜びはしない。


「それで、わたしにどんな力があるというんです? 見ての通り、ただの大学四年生なんですけど」

「まだ力が目覚めていないだけだ。……戦いに巻き込んですまないが、協力してくれると助かる」

「……殊勝ですね。わたしは日本に冬と桜の花を取り戻すために、あなたとの結婚に同意したんです。目的達成のためなら、戦いにだって巻き込まれますよ」

「言うじゃないか」


 そう言って青様は笑うけれど、わたしだってある程度の覚悟はしている。平和な現代日本に暮らしていたから、切った張ったは未経験だけれど。それでも出来ることがあるのなら、やりたいんだ。

 でも当然ながら、今のわたしが戦場に行ってもお荷物でしかない。


「……わたしに、少なくとも身を守るために、戦い方を教えてもらえませんか?」

「……この屋敷にいる限り、身を守ることなどないが」

「そんなのわからないじゃないですか。ここにはわたしと、朝花ちゃんがいます。青様と夜鳥くんがしょっちゅう留守なら、万が一のことも考えるべきです」


 敵がこちらに手を回すことは、まずないだろう。けれど可能性がゼロではない、そしてわたし自身も戦うのなら、戦い方を知っておいて損はないはず。

 言い募るわたしに折れたらしく、青様は肩を竦めた。


「……わかった。俺か夜鳥が教えよう。明日からで構わないか? 今日は、別のことがしたい」

「よろしくお願いします。……別のこと?」


 戦いの練習が明日になるのはわかる。今朝戻って来たばかりの人に頼むのは、わたしとしても申し訳なさが勝るから。

 だとしても、やりたいこととは何だろう。わたしが首を傾げると、青様はふっと淡く微笑んだ。その綺麗な表情に思わず見惚れていると、彼は楽しそうに口を開いた。


「折角結婚したのに、放置してすまなかった。今日は、互いのことを少しでも知るために使えたらと思っているんだ」

「へ?」

「お前は、俺のことをまだまだ疑っているようだし。きちんと神であることも示しておきたい」


 どうだ、と笑う青様。彼からそんな提案をされるだなんて思わなかったけれど、確かに互いのことを知ろうとする時間は大切だと思う。


(本来、こういうのは恋人の期間にするものなんだろうな。交際ゼロ日婚のわたしたちは、そこからっていうことか。……ん? 神であることを示すって言った? この神様)


 若干、わたしの認識とは違うのかもしれない。神様だから、人間と認識の差があっても仕方がないよね。この神様、わたしがまだ神様として認めていないと思っているらしい。確かに、神様を崇拝するような気持ちには一切なっていないな。そういうのは望まれていないと思うんだけど。


「わかりました。それで、どうします?」

「共に来い。力の一端を見せてやる」

「へ? あ、ちょっと!」


 青様はわたしの手を取って、引っ張り上げる。わたしを立ち上がらせると、そのまま建物の外へと連れ出した。


「こっちだ」


 ずんずんと進んで行く青様に、わたしはついて行くのに精一杯。それでも置いて行かれないのは、わずかに足の速さを配慮しているのか、不思議な力でも使っているのか。

 途中、廊下を歩く夜鳥くんと目が合ったけれど、彼はわずかに目を見開いただけでわたしたちを見送った。きみの主人、結構強引なんですけど。


(それに……手を)


 しっかりと手を繋がれている。これでは、逃げようという気すら起きない。固く、それでいて力加減を調整して握られているから。

 おかしい。契約なのに、ドキドキする。


「……この辺りで良いだろう。どうかしたのか?」

「へ?」

「ぼんやりしているぞ。……引っ張り過ぎたか」

「あ、それは大丈夫……です」

「そうか。では、この枯れ木を見ておれよ」


 惜しむでもなくわたしの手を離し、青様は傍にあった枯れ木の前に立つ。そしてその幹に触れ、小さく何かを唱えた。


「……えっ」


 青様を中心に、温かくて優しい波動みたいなものが生まれる。波紋のように幾重にも重なるそれは、やがて木全体を包み込む。


(……綺麗。淡い赤色の光が、ベールみたい)


 やがて光が収まると、青様がわたしを手招きした。近付くと、枝の根元を指さされる。見ればそこには、小さな花芽がついていた。


「……さっきまで枯れてたのに」

「表面上は枯れていたが、少しだけ力を分け与えたんだ。弱まっていた力が復活し、こうやって自ら花をつけようとしている」

「へぇ……」


 こういうことが出来るんだ。改めて、青様が人ではなくて神様なんだと再確認する。


「でも力を示したいのなら、満開にしたら良かったんじゃないですか?」

「無理矢理咲かせたら、来年咲かなくなるだろう。神ではあるが、そこに無理強いを挟みたくない」

「……優しいんですね」


 少し、見直した。そう思って呟けば、青様はちょっとびっくりした顔をして、目を逸らした。


「青様?」

「……そんな、まじまじと見るな」

「え、もしかして照れてます……?」

「五月蝿い。……何か、やりたいことはないか? この世界はお前の元いた世界とは違うから、不自由しているのではないか?」


 わずかに耳を赤くしたまま、青様はそうわたしに尋ねた。矢継ぎ早に言うから、本気で照れているのかもしれない。

 わたしは少し青様のことが可愛くなってしまって、くすくすと笑ってしまった。

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