異世界スローライフは商人にお任せ? ~現代知識で成り上がる僕と、ワケありな看板娘たち~

現代都丸

第一話:ブラックアウトからの異世界(と微妙スキル)

意識がブラックアウトする瞬間、俺は自分のデスクに突っ伏していたはずだ。

蛍光灯が明滅する深夜のオフィス。積み上げられた資料の山。モニターに映る、終わりの見えないタスクリスト。追い打ちをかけるような上司の罵声が、まだ耳の奥で反響している気がする。


「…川さん…相川さんってば!」


誰かが俺を呼んでいる? いや、もう無理だ。一ミリだって動きたくない。このまま泥のように眠らせてくれ。できれば、永遠に。


「だから、聞いてる!? お・き・て!」


やけに甲高い声に肩を揺さぶられ、俺――相川 透(享年28)は、重い瞼を無理やりこじ開けた。


「……ん?」


目に飛び込んできたのは、天井でも、デスクでも、薄暗いオフィスでもなかった。

どこまでも続く、真っ白な空間。床も壁も天井も、その境界すら曖昧だ。そして、俺の目の前には――


「あ、やっと起きた! もー、死んだ直後だってのに爆睡するなんて、大物だねキミ!」


――金髪碧眼、露出度の高い白い布(どう見ても女神のコスプレ)を纏った、やけにテンションの高い美少女が、ぷかぷかと浮いていた。……浮いていた?


「……は? 女神? コスプレ?」

「コスプレじゃないし! 本物の女神様ですー! ま、下っ端だけどね!」


えへん、と効果音がつきそうな勢いで胸を張る(小さい)自称・女神。

混乱する頭で状況を整理しようと試みる。過労死。白い空間。女神。これはまさか、例のアレか?


「ご明察! キミ、過労死しちゃったから、異世界に転生させてあげることになったの! おめでとうございまーす!」

「……マジか」


思わず呟いた言葉に、女神はパチンと指を鳴らす。

「マジマジ! ブラック企業でよく頑張ったで賞、ってとこかな? 同情票も結構集まったし。で、転生先なんだけど、剣と魔法の世界『アステルド』でどうかな? テンプレだけど、まあまあ暮らしやすいと思うよ?」

「はあ……」


あまりに軽いノリ。本当に大丈夫か、この女神。

というか、異世界転生。ネット小説や漫画で読み漁った知識が頭をよぎる。そうだ、こういう時は、特典とかスキルとか貰えるんじゃなかったか?


「お、話が早いね! もちろん用意してるよ! キミには特別にコレとコレ!」


女神が再び指を鳴らすと、俺の頭の中に直接情報が流れ込んできた。


【鑑定(簡易版)】

対象の名称と簡単な状態(劣化度、耐久度など)を表示します。詳細な効果や隠し情報は分かりません。使いすぎるとちょっと頭痛がします。


【アイテムボックス(劣化版)】

容量はそこそこ。ただし、時間経過と共に内部の物は劣化・腐敗します(時間停止機能なし)。生鮮食品なら数日、加工品でも数週間が目安。大事なものは入れっぱなしにしないように!


「…………微妙じゃない?」

思わず心の声が漏れた。いや、かなり微妙だ。鑑定は詳細不明、アイテムボックスは腐るって……。チートスキルで無双する俺の異世界ライフはどこへ?


「えー? そう? まぁ、キミの『ググれば何とかなる』的な中途半端な知識もあるし、組み合わせれば結構イケると思うけどなー。あ、その知識はそのまま使えるから安心して!」

「中途半端って言うな……」

いや、実際そうだけども。専門知識なんてない。浅く広く、ネットで調べた付け焼き刃ばかりだ。


「ま、細かいことは現地で! 若い肉体(18歳くらいにしといたよ!)もあげたし、言語もある程度は大丈夫なはず! それじゃ、元気でねー! あんまり無理しないように!」


女神はひらひらと手を振ると、俺の返事を待たずに、再び指をパチンと鳴らした。

瞬間、足元の白い空間が崩れ落ち、俺の体は猛烈な落下感と共に、暗闇へと吸い込まれていった。


「って、説明が雑すぎるだろぉぉぉぉっ!!」


俺の最後の叫びは、誰に届くこともなく――



「……ってぇ……」


背中と尻を強かに打ち付け、俺は石畳の上で目を覚ました。

どうやら路地裏のような場所に落下したらしい。湿った土と、どこか埃っぽい匂い。壁には煤けたような汚れ。見上げれば、切り取られた四角い空には、見たこともない二つの月が浮かんでいた。


「……マジか。本当に異世界だ」


呆然と呟きながら、ゆっくりと立ち上がる。女神が言っていた通り、体は軽い。二十代後半の、運動不足でなまりきった体とは明らかに違う。これが18歳の肉体か。

服装は……粗末な麻のシャツとズボン? これは酷い。ポケットを探ってみたが、案の定、財布もスマホもない。あるのは、数枚の銅貨らしきものだけ。


「無一文スタートかよ……」


とりあえず、状況を確認しないと。

俺は路地裏から慎重に顔を出し、大通りを覗き見た。


目に飛び込んできたのは、活気のある街並みだった。

石造りや木造の建物が軒を連ね、道行く人々は、どこか中世ヨーロッパ風の服装をしている。革鎧を着込んだ屈強な男たち、ローブを纏った怪しげな老人、荷物を運ぶ商人。そして――


「(うわ、本当にいるんだ…獣人)」


犬のような耳と尻尾を生やした少女が、楽しそうに母親らしき女性の手を引いて歩いている。他にも、尖った耳を持つ、いかにもエルフといった風貌の人物も見かける。ここは本当に、ファンタジーの世界なんだ。


圧倒的な非日常感に、少しだけ興奮が込み上げてくる。

だが、すぐに現実的な問題に引き戻された。


「(腹減った……そして宿無し)」


この数枚の銅貨で何ができる? まずは情報収集か? それとも日雇いの仕事でも探すべきか?


「そうだ、スキルがあったな」


俺は足元に転がっていた、ただの石ころに意識を集中してみた。

『鑑定(簡易版)』!


【石ころ】

状態:普通。道端によく落ちている。特に価値はない。


「……だよな」

次に、自分の着ている服を鑑定。


【麻のシャツ(粗悪)】

状態:中古。かなり着古されている。肌触りは悪い。


「ひどい言われようだ……」

まあ、事実だけど。

続けてアイテムボックスも試してみる。念じると、目の前に半透明のウィンドウのようなものが現れ、石ころを「収納」することができた。そして「取り出す」。問題なく機能する。ウィンドウの隅には、小さく「内部時間経過速度:通常」と表示されている。


「やっぱり腐るのか……。でも、まあ、一時的な倉庫としては使えるか」


スキルは微妙だが、無いよりはマシだ。

それに、俺には現代知識(中途半端)がある。


「よし」


俺はパン、と両頬を叩いて気合を入れた。

前世はブラック企業に使い潰された。パワハラ、長時間労働、休日出勤……もう、あんな働き方は絶対にしない。


「この世界では、絶対に楽して、のんびり暮らしてやる!」


そうだ、必要なのは初期投資と拠点だ。何か元手になるものを鑑定で見つけ出して、それを売って……いや、リスクが高いか? まずは日銭を稼いで、安い宿を探して……。


「いや、いっそ店ごと借りるか?」


住み込みで働ける店とか、あるいは……。

そんなことを考えながら、活気のある大通りから少し外れた、寂れた通りを歩いていた時だった。

古びた建物の、埃をかぶった窓に一枚の張り紙が貼られているのが目に入った。


『貸店舗(住居付き) 店主高齢のため格安にて! 詳細は隣の大家まで』


建物はかなり古そうだ。看板の文字は掠れて読めないが、どうやら道具屋だったらしい。場所はメインストリートから外れているし、見るからに流行っていない。だが……。


「住居付き、格安……」


ゴクリ、と喉が鳴る。

ここを拠点にできれば……? 最初は大変かもしれないが、現代知識で何か面白い物でも作って売れば、あるいは……。いや、無理はしない。細々と、目立たず、最低限の暮らしができればそれでいいんだ。


「目指すは悠々自適のスローライフだ!」


俺は決意を固め、古びた道具屋の扉に手を……かけようとした、その瞬間だった。


「きゃあああっ!」


すぐ近くの路地裏から、若い女性のものと思われる悲鳴が響いた。

びくり、と体が跳ねる。面倒事はごめんだ。スルーすべきだ。そう頭では分かっているのに。


「……ちっ!」


ブラック企業で培われた(?)お人好し精神が、俺の足を勝手に動かしていた。

声のした方へ、全力で駆け出す。


曲がり角を曲がった先、薄暗い路地裏で俺が見たものは――。

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