第37話 アッー!な先輩と料理対決②
「…………」
……や、やらないか?
おかしいな、なんかどこぞのネットミームみたいな発言が聞こえた気がしたけど気のせいだよな……?
というかそもそもなんで控室のソファに全裸のお兄さんがいるんだ……? わからん、一体何が起きているんだ……?
俺は混乱しながらも改めて現実を改めて直視する。
目の前にいるのはアゴ髭の生えた30代?くらいの男性。
パッと見はダンディで色気のあるちょっと大人な雰囲気で、勝手な印象だが六本木とかその辺の界隈でスポーツカーでも乗り回してそうなイケおじタイプ。
「え、え~っと……」
どうしよ、とりあえずなんて返そう……? つーかマジで誰なんだこの人?
いやでもあまり考えたくはないけど、正直なところここがどこかって考えれば答えは一つしかないわけで……。
「あのぉ、つかぬことをお聞きしますが……もしやあなたがジローさん、ですか?」
「いかにも。見てのとおりさ」
いやどこをどう見れば……?
でも今の回答は肯定ってことでいいのだろう……よかった、もしかしたら一瞬俺が入る部屋を間違えたのかと思った。
……まあぶっちゃけちょっと人違いであってほしかった気もしなくはないが。
「あの、それでつかぬことをお聞きしますけど……ジローさんはどうして服を?」
「ああこれかい? ベイビ君はノーパン健康法って知ってるかな?」
「ノーパン健康法……? それってたしか夜とか下着を脱いで寝ることで血行が良くなったり精神的にリラックスしたり……みたいなやつでしたっけ?」
「おお、詳しいね。実のところ僕もその健康法の実践者でね」
「は、はぁ……」
「と言っても僕の場合はさらにその強化版。パンツだけじゃなく、こうしてすべての服を脱ぐことで極限までストレスを取り除こうというわけさ。わかるかな? これが僕が服を着ていない理由だよ」
「いやそれは犯罪なのでは?」
おいぃいいぜんぜん意味が分からないんですけど!?
うわぁああああああなんてこった!! やべぇよこの人変態だ!! 変態の部屋に来ちゃった!!!
「ま、と言うのはもちろん冗談なんだけどね」
「……は?」
じ、冗談……?
「あれ? もしかしてだけど今の本気にしちゃった?」
「え……ああっ! え、もしかしてそういうことですか!?」
「あはは。その反応を見るにどうやら意外と真に受けちゃったみたいだね。やだなぁ、いくらなんでも外で裸族はマズいって。これは君を驚かせてみようと準備したちょっとしたサプライズジョークさ」
「さ、サプライズジョーク……?」
うおおおおよかったぁあ助かったぁ!!
なんだよ冗談かよ! そりゃそうだよな! あっぶねぇ!!
「で、ですよねぇ! そうかジョークかぁ! あーなるほど!」
「ふふ、どうだい? ビックリしたかい?」
「いやいやいやそりゃもうビックリしましたよ! だっていきなり全裸ですもん! そりゃ驚きますって!」
「ハハハ。ってことはドッキリ大成功ってことだね。いやーよかったよかった。これでもし少しも驚かれないでシラケた空気にでもなっちゃったらどうしょうかと内心ドキドキだったからさ。うん、僕も身体を張った甲斐があったよ」
「いや、だとしてもちょっとやり過ぎでは……? マジで扉開けたとき一瞬アタマがバグっちゃいましたもん。あれ、もしかしてこれが噂の異世界転移ってやつ?……みたいな感じで」
「まあまあ。そこはほら、僕なりの新人歓迎方法っていうかさ。とりあえず一発かまして和やかなムードを作った方がいいかなって」
「あーそういう……」
まあそれならそれでわざわざ企画してくれてありがたいけども……。
にしたってやっぱりやり過ぎでは? サプライズで全裸て。
「え、じゃああれですか? ということは俺がノックしてからわざわざすぐに脱いだんですか? それはそれですごすぎません? どんだけ脱ぐスピード早いんですか」
「ん? いや服に関しては最初から全部脱いでたよ。冗談って言ったのは健康法のことさ。服を脱いで生活するだけで健康になれるなら今頃みんな脱いでるだろうしね。全裸に関してはあくまで僕の個人的な趣味だから安心してよ」
「あ、そうなんですね。そっか、ならよかった」
…………。
「いや全然よくねぇ!!!!!!!」
「おわぁ! ビックリしたぁ!」
「ビックリしたのはこっちですよ! なんすか趣味が全裸って!? どこにも安心要素ないですよ! そもそもそれが真実ならドッキリでもなんでもないし! ただジローさんの日常を俺が垣間見ただけじゃないですか! つーかむしろ全裸が趣味なことが一番のドッキリなんですけど!???」
「えーそうかい? でもそういう人って世の中にケッコーいるくない? 自宅に帰ったらあとはもう全部脱いでずっと裸で生活してます、みたいな人」
「家ではね! 家じゃないからここ! 事務所だから!」
「んーでも事務所なんてゆーて家みたいなもんだし。僕なんてもうかれこれ活動6年目だもの。スタッフなんて言わばみんな家族みたいなもんだからさ。ここまでくるともうその辺の境が消えちゃうっていうか……」
「だから消えすぎでしょ! 服もモラルも!!」
うおおお! ちくしょうやっぱなんだかんだこの人もVランドだよ!
常識なんてありゃしねぇ! 本当にありがとうございました!!!(泣)
「ふふっ、いやはやすごいねベイビ君。噂どおりのツッコみっぷりだ。ま、でもそこまで言われたら仕方ない。とりあえず今だけは僕も服を着るとしようじゃないか」
「……ぜひそうしてください」
できれば今だけじゃなくずっと。
「――ふぅ、これでよしっと。やれやれ久々だな……皮膚以外の膜を纏ったのは」
「えぇ……」
そんな宇宙飛行士が重力に懐かしさを覚えるみたいな感じで言われても。
「さて、それじゃあ改めまして――
「あ、はい、どうも花咲ベイビです。そんな、とんでもないです。後輩ですし挨拶に来るなんて当然と言いますか……」
「そっか、それはいい心がけだね。でも僕の前ではそんなに気を遣わなくてもいいよ。なんなら気軽にアニキと呼んでくれてもいいくらいだよ」
「ありがとうございます……さすがにアニキはあれですけど、そう言ってもらえるとうれしいです」
よかった。ジローさん、いざ話すとイメージどおり普通に良い人だ。
……それだけに脱ぎ癖が惜しい。
「しかし驚きだね。うちの事務所もついに現役の高校生がデビューとは。しかもガワが赤ちゃんって言うのがまたなんとも」
「まあそれについてはもう成り行きとしか……俺としてもぶっちゃけまだちょっと恥ずかしいんですけど」
「いやいやいいんじゃない? 僕は斬新ですごくいいと思うよ。ほら、僕の場合ってキャラとしては素の自分と同じく板前だからさ。今にして思えばもっと尖ったキャラでもよかったかなぁって思うときもあるんだよね」
「えーそうですかね? 俺からすれば配信に活かせる特技があるってすごい羨ましいですよ。それこそさっきもマネージャーさんと少し話してて」
「ジロー‘sキッチン?」
「あ、はい」
「へーそうなんだ。うれしいねぇ。ちなみにどの回が好きだった?」
「個人的にはやっぱり天丼の回が好きです。なんかフツーのタレと違って濃い目の黒いタレがかかっててめっちゃおいしそうで。あとはカレーの回もいろんなスパイス自分で炒めて一からルー作るとかスゲーって思いながら見てました」
「あーあれね、やっぱ根がこだわるタイプだからさ。それにスパイスっておもしろいもんで、ほんとに配合次第でいくらでも味が変わるんだよ。今度食べに来るかい?」
「えぇ、いいんですか!?」
「うん、ぜんぜんごちそうするよ。そうだ、せっかくならついでにオフコラボでもする?」
「おお……」
マジか。ジローさんの料理、一回でいいから自分でも食べてみたいと思ってたんだよなぁ。しかもコラボの約束まで。
いやはやなんとラッキーな流れか。単に挨拶だけのつもりがこれは思わぬ収穫――。
――と、そのときだった。
「ちょっと待ってくださいっ!!!」
「うおっ!?」
突如としてバンッと開かれた入り口の扉。
そこに立っていたのはなんと――。
「おー誰かと思えばママミ君じゃないか。久しぶり」
「お久しぶりです、次郎先輩。いつぞやのコラボ以来ですね」
お互い微笑み混じりに挨拶するジローさんと母さん。
当たり前だが長らく同じ事務所に所属するだけあって二人は面識あり。
一方、俺については急な母さんの襲来になにがなんだかと若干困惑気味。
「ちょっ……え、なになにどうしたの急に? どうしてママがここに? しかもそんな慌てて……」
「たっくんの帰りが予定より遅いから心配になって迎えに来たの。チャットしても反応ないし。それにハルちゃんに連絡したら次郎先輩のところに挨拶に行ったって……それでママ、なんだか胸騒ぎがしたから急いでタクシーでここまで来たの」
「急いでって……そんなわざわざ?」
「当然よ。だって寄りにもよって挨拶の相手が……」
「?」
チラッと次郎先輩の顔を伺う母さん。
その顔は明らかに警戒心が見て取れた。
「ジローさんがどうかしたの? まさか過去に何かあったとか?」
「ううん、そういうわけじゃないの。ただね、次郎先輩は……次郎先輩は……」
ジローさんは……?
ワナワナと震えつつ呟く母さん。
俺はゴクリと唾を飲んで次の言葉を待った。
「若い男の子が大好物なの!!!」
「えぇえええええ!?」
わ、若い男の子が好きって……。
え、それってつまりホ〇……もしくはゲ〇ってこと!?
「い、いやいやんな馬鹿な……さすがに勘違いでは?」
「いいえ勘違いなんかじゃないわ。ですよね、次郎先輩?」
「あははは、人聞きが悪いなぁ。僕はただ自分より年下の男子に対してちょっと性的な興奮を覚えるだけだよ」
「思ったよりそのまんまだった!」
マジかよ……そりゃ世の中多様性がどうのとか謳われだして久しいけれども。
でも、たしかにそう言われるとさっきから会話しつつ肩をポンポンとか背中を摩ったりとか妙にボディタッチが多かったような……。
それにそういえばさっき部屋に入ったときもいきなり「やらないか?」とか言ってたし……えぇあれってそういうことなの? てっきりネタだと思ってたのに……!
「な、なるほど……じゃあそれで母さんは俺の身を案じて慌ててすっ飛んできたってこと?」
「ええ、そのとおりよ。どう? 大丈夫たっくん? なにもされてない?」
「あ、うんまあ一応……」
「そっか。よかったぁ……ママそれだけが心配で心配で」
えぇ……そんなに心底ホッとするほどなの?
「ところで、私が来るまで二人はどんな話をしていたの?」
「え、そりゃまあ会話自体は一応フツーに挨拶だったけど……あとは今度自宅に遊びに来ないかって」
「自宅に!? ダメよそんなの! ライオンの檻にウサギを放り込むようなものだわ!」
「やだなぁママミ君。いくら僕でも後輩の男の子に手を出したりなんかしないさ。ちょっと男同士で趣味の語り合いをしようと思っただけだよ」
「それもダメです。そもそもうちのたっくんは箱入りなんですから。母親としてエッチなのとかそういうのはまだ早いと思います!」
いやそれに関してはどの口が言う!?
「なるほど。あくまでママミ君は僕の家にベイビ君が来るのは反対だと」
「もちろんです」
「そうかい……よし、ならこうしようじゃないか」
「?」
何かを思いついたジローさんがニヤリと笑みを浮かべる。
一方、俺と母さんはその姿に首を傾げる。
するとジローさんは母さんに向かってビシッと指を差しながら高らかにこう言った。
「ママミ君、僕と料理で勝負だ!」
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どうでもいいあとがきコーナー
まさかの熱い料理マンガ的展開
(なお勝負そのものも熱くなるかは不明な模様)
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