22.卒業~巣立つ日~ - 唯香 -



雪貴の高校生活最後の半年。


教師と生徒。


そんな関係、最後の時間は

瞬く間に過ぎて、

雪貴たちは卒業試験も無事に終えた。


卒業試験の最後を、

学院内全ての三校同学年内一位と言う

成績で卒業が決定した雪貴は、

卒業式までの間、自宅マンションで

過ごしながら、

ゆったりとした日を過ごしていた。


私はそんな雪貴にご飯を作りに

度々、マンションを訪れることはあっても

けじめとして泊まることはなかった。




「唯ちゃん、あのさ。


 卒業式の次の日、今年は休みでしょ。

 行きたいところがあるんだ」



洗い物をしてる私に、

リビングのソファーに腰掛けて

ギターの弦を張り替えながら、

雪貴が話しかける。



「うん。

 私も雪貴と出掛けたいって思ってたから。

 繰り上がりで、

 大学は悧羅の音楽部に進学するのよね」


「唯ちゃんの推薦もあったしね。

 これで今度は、唯ちゃんの後輩になるね」


「うん。

 それで雪貴、どこに行きたいの?」


そう言った私に、雪貴は

作業の手を止めてソファーから立ちあがると

ゆっくりと洗い物を続ける私の傍に近づいてくる。




「唯ちゃん、覚えてる?

 高校卒業したら結婚したいって俺が言ったこと」


「えぇ。

 忘れるわけないでしょ」


「だからその為に行くんだ。


 高校卒業したら、俺は唯ちゃんの生徒じゃなくなる。

 晴れて彼氏になれるだろ。


 唯ちゃんは俺の両親に挨拶してくれたけど、

 俺は唯ちゃんの両親を知らないから。


 だからコソコソしなくていいように、

 堂々と挨拶に行きたいんだ」



そうやって力強く告げた雪貴の言葉に

心の奥底から、ほんわりと暖かくなっていく。




「……有難う……。

 そんな風に考えてくれてたんだね。


 今の雪貴の気持ちを話してくれたら、

 お父さんもお母さんも喜んでくれると思う。


 もう雪貴にあわせてあげることは出来ないけど」



そう……。


どれだけ望んでも、

生きてるお父さんとお母さんに、

雪貴をあわせることは出来ない。



私の大切な二人は、

もうこの世には居ないから。



だけど……嬉しかった……。

雪貴の想いが……。





「唯ちゃん?

 会わせてあげることは出来ないって?」



不安げに問いかけてくる雪貴。



「二人とももう天国の住人。

 私の両親もね、音楽家だったの。


 天才だって当時、世間で持てはやされたお父さん。

 でもやっぱり低迷期って訪れるのよね。


 その低迷期から復活することが出来ないまま、

 自らの命を捨てたのがお父さん。 


 『唯香はもう一人で生きていけるわよね』って

 そう言って、私を神前悧羅学院に入学させて、

 ずっと寮生活をさせている間に、

 お父さんの後を追ってしまったお母さん。


 恨んだ時期もあったけど、

 二人が居たから私は生まれて、

 音楽があったから、

 私は音に支えられて今日まで歩いてこられた。


 生きてる二人に逢ってもらうことは出来ないけど、

 久しぶりに二人が眠るお墓に行こうと思う。


 そこでいいなら、雪貴もあってやって。

 どうしようもない、親だけどね」




ずっと抱えてきたもう一つの秘密。



これは隆雪さんにも話したことがない

私の過去。




全てを告げた私を雪貴はただ黙って抱き寄せた。





雪貴たちの卒業式の準備は

日々の職員会議の中で、

在校生たちの間で進められていく。




三校の生徒が一堂に悧羅校に集う

卒業式もまた、一大イベント。



厳かな卒業式に後に

続くのは卒業舞踏会。



当日の成功の為に、

念入りに準備がすすめられる。




私もまた、卒業生の名前を読み上げられている間

三年間の思い出になる曲を

メドレーにして順番にピアノで演奏していくことが

決まっていて、それの練習に余念がない。




卒業までの一ヶ月は、

慌ただしさの中に消えていった。



卒業式当日。


百花がデザインした、ドレスに身を包んで

私は自宅マンションを出る。


制服姿が見納めとなる

雪貴に、一目出勤前に逢いたくて。



雪貴の自宅マンションにまで入らずに、

マンションの前で、雪貴を待ち伏せする私。



「おはよう、唯ちゃん」


「おはよう、雪貴。

 いよいよ、卒業だね」


「って唯ちゃん、何外で待ってるの?

 寒いでしょ、入ればいいのに?」


「ダァーめ。今日は雪貴の担任でいられる最後の日だもの。

 担任として雪貴をしっかりと送りだすんだから」


そう言って笑いかける私。



「おっ、雪貴オメデトなぁー。

 お二人さん、イチャつくのもうちょっと早いかなー」



そうこうしていると、後ろから大きな十夜さんの車が

近づいてきて、瑠璃垣さんバージョンの装いにも拘わらず

話される口調は十夜さんそのもので、

何とも言えないギャップ。



招かれるまま、車内に乗り込む。




「理事会として?」


「まぁな。


 これも俺の仕事やから。

 瑠璃垣としてのな」



車は学院内の関係者専用口へと吸い込まれていく。



十夜さんと雪貴と別れて、

職員室へ直行。


職員会議の後、出席簿を大切に抱えて

雪貴たちの待つ教室へと向かった。



菫色の燕尾服の制服を着こなした生徒たち。

胸ポケットには、

それぞれの学校の校章が刺繍されたポケットチーフ。



生徒たちと一緒に、会場に向かう私。




卒業生入場。




三校の生徒総会メンバーが式服に着替えて

卒業式を取り仕切っていく。



厳かで幻想的な空間は

やがて卒業証書授与へと進んでいく。



卒業生の名前を読み上げている中、

一人、ステージそでのピアノを

演奏していく。


奏でていくのは、

卒業生たちそれぞれのクラスの

思い出の曲たち。



やがて自分のクラスの当番になった時、

私はピアノの前からゆっくりと離れる。



入れ替わりに同じピアノを弾き始めるのは、

理事会メンバーの一人。


伊集院紫音さま。



紫音さまの演奏する調べに乗せて、

私が受け持つ生徒たちの名前を

順に読み上げていく。


クラスの生徒全員がその場で立ち上がった後、

言葉を続ける。



「以上、神前悧羅学院悧羅校 特進Aコース30名。

 卒業生代表、悧羅校高等部学年頭取、宮向井雪貴」



私のコールの後、

雪貴はその場から立ち上がって

理事長と理事会メンバーのいる中央ステージへと

ゆっくりと歩いて行く。



卒業生のコールは、

次のクラスの名前が読み上げられていく中、

私は雪貴に意識を集中していた。



手渡された卒業証書を高く突き上げて、

Vサインをする雪貴。


盛り上がるクラスメイト。




長い授与式の後は、

卒業生代表で、各校の生徒総会卒業メンバーと共に

学院トップ成績で卒業をおさめた雪貴が

答辞を読み上げていく。





雪貴たちの卒業式は、

こうして幕を閉じていく。



卒業舞踏会。



OB・OGたちも集う

悧羅迎賓館を舞台に行なわれる盛大なイベント。


立食形式で振る舞われる食事。



打ち上げられる真夜中の花火をフィナーレに

全てのスケジュールが終わった。







学院を出た私と雪貴は、

そのまま電車を乗り継いで

私の故郷へと移動する。






育ったらしい生家のある場所は

もう知っている面影は何一つなかったけど、

実家の近くの旅館へと宿泊する。





そして……その夜、

久しぶりに体を重ねる……。




雪貴が私にゆっくりと焦らしながら触れていくたびに、

頑なな受け入れることを拒んでいた

蕾がゆっくりと潤滑油を溢れさせながら

開花していく。






「唯ちゃん……」


「雪貴」




お互いの名前を囁きながら、

甘い夜は過ぎていった。






翌朝、私は雪貴と共に

両親のお墓の前へと向かう。



静かに手を合わせた後、

ゆっくりと雪貴に向き直った。




「雪貴、私ね……。

 学院の臨時講師になったの。


 今までみたいに毎日じゃなくて、

 音楽とピアノの授業がある日だけ

 出勤することに決まったの」




突然の宣言に、

雪貴は驚いた表情になって

唇を噛みしめた。




「そんな顔しないでよ。


 少しでも長く雪貴と過ごしたくて決めたの。


トパジオスの事務所にスタッフとして手伝わないかって

 高臣社長と宝珠さまに誘われたの」



そう言った途端、

雪貴は嬉しそうに抱き付いてきた。




「唯ちゃん、本当なの?」


「うん。


 だから……これからは仕事でも一緒だよ」








雪貴が卒業した日、

その日は私も巣立つ日。




新たな自分の未知なる世界へ。







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