20.別れの季節-雪貴-
あの日から
ずっと続いてきた
唯ちゃんとの時間。
その時間は俺にとって、
かけがえのない大切な時間。
暖かく甘い、
そんな時間。
何処までも
長く続いてほしい
そう願った夢の時間は
突然、鳴り響いた
一本の電話で、
無常にも終わりを告げる。
唯ちゃんのマンション。
いつものように
二人を包む暖かい空間に
突然鳴り響いた電話。
唯ちゃんに一言断って、
携帯電話を手に取る。
液晶に映るのは、
神前大学附属病院。
俺の中に広がった、
不安を押し殺すようにして、
震えるで受話させる。
「もしもし。
宮向井です」
「雪貴君、高遠です。
落ち着いて
聞いてもらえるかな」
電話の向こう。
聞き慣れない苗字を告げる
馴染みある声。
「悠久先生?
どうかしたの?」
思わず兄貴の主治医の
名前を告げて聞き返す。
「隆雪君が先程、
急変しました。
至急Ansyalメンバーと
ご両親に連絡とって貰えますか?
後は、唯香ちゃん。
どうするか、判断するのは
任せるけど」
兄貴が急変?
悠久先生が
無情に告げた
事実は
俺に深く突き刺さる。
「すいません。
すぐにメンバーと、
親に連絡とって
病院向かいます。
唯ちゃんに連れてきます。
どうなるかわかんないんで、
唯ちゃんの主治医にも
連絡頼めますか?」
「わかりました。
僕たちも、
最善を尽くします」
電話は静かに切られる。
不安な様子で、
俺を見続ける
唯ちゃんに気が付きながら
休めることが出来ない俺は、
そのまま、託実さんへと
電話をかける。
コールが鳴り響いて、
すぐに電話の向こうから、
託実さんの声が聞こえる。
「どうした?
雪貴」
その声を聞き届けると
すぐに俺は頭の中で
整理できたはずの言葉を
紡ごうとする。
が、言葉が出てこなかった。
「……あっ、
兄貴が……」
何度もそれを
繰り返しつづける
俺を、傍にいた唯ちゃんが
落ち着かせるように
抱きしめる。
唯ちゃんの暖かい体温が
流れるように伝わってきて、
息苦しさから解放される。
「雪貴?
隆雪がどうした?」
電話の向こう、
託実さんが心配そうに
俺に話しかける。
「すいません。
取り乱しました。
さっき、兄貴の主治医から
電話が入って兄貴、急変しました。
俺も今から、病院に向かいます。
託実さん、
他メンバーと事務所に
伝えて貰っていいですか?」
冷静に報告するように
対応を試みるも、
それを紡ぐ傍から
俺の意思とは関係ないところで
体が震えてしまう。
息がしづらくなる。
「わかった。
雪貴、
お前は大丈夫か?」
俺の心配をする
託実さんの声。
心配かけないように
俺は深呼吸をした後に
短く頷いた。
「俺もすぐに病院に向かう」
託実さんは、
そう言うとすぐに電話を切る。
「唯ちゃん、悪い。
俺の兄貴が急変した。
良かったら、
唯ちゃんも着いてきてくんない?
俺、一人じゃ、心細くて」
「ううん。
お兄さんのことだもの。
そうなって当然よ。
タクシー、
手配したから準備して行こう」
唯ちゃんにしか
伝えられない弱音。
それも俺の本音だけど、
その奥に包んで隠された
もう一つの俺の想い。
今、俺一人で
兄貴のところに向かえば
唯ちゃんは
苦しむことがないかも知れない。
だけど最期に、
兄貴に逢わせてやりたい。
そう思うのも俺の心。
全てが終わって、
もう触れることすら
叶わなくなった兄貴。
そんな兄貴に対して、
兄貴のいない世界で、
唯ちゃんが兄貴の記憶を
取り戻したら、
そう思ったとき
唯ちゃんを
連れていくことしか
考えられなかった。
俺が唯ちゃんから
笑顔を再び奪うかも知れない。
唯ちゃんは、
俺を恨むかもしれない。
もう二度と、
俺の隣で無邪気に笑うなんて
してくれないかも知れない。
だけど、この機会を逃したら
もう唯ちゃんが、
忘れ去った空白の時間に
彼女は向き合えない。
そう思った。
全てを覚悟して、
唯ちゃんを
再び、暗闇に突き落そうとする俺。
俺はまた
唯ちゃんの笑顔を摘み取るんだね。
唯ちゃんは、
何処までも優しく
俺に寄り添って、
病院までの道程、
俺を支え続けてくれた。
タクシーの中から
連絡した両親は、
すでに何かを感じて
大学病院に
到着したところだった。
タクシーの車内、
奮い立たせるようにして
大学病院に
ようやくの想いで辿り着き、
兄貴の病室へと駆け込む。
兄貴のベッドサイド。
兄貴にとって、
親しい馴染み深いメンバーが
病室に全員入って、
兄貴の手を握りながら
座り込んでいた。
ふらふらっと
俺も兄貴の元へと駆け寄って、
ベッドサイドに座り込む。
「悠久先生」
兄貴の傍。
床に座り込んで、
兄貴の手を握りしめたまま
主治医の名前を
呟いてじっと見つめる。
医師は、ただ黙って
首を横に振った。
「唯ちゃん。
ここ来て。
兄貴に逢ってやってよ」
病室の外で
立ち尽くしている
唯ちゃんに俺は手を伸ばして
迎え入れる。
私、ここに居ていいの?
そんな風な戸惑いを
隠せないままに
ゆっくりと病室に
入ってくる唯ちゃん。
メンバーの視線も、
悠久先生の視線も
唯ちゃんに伝わる。
ここに居る人は
皆、唯ちゃんの中から
兄貴の記憶が
なくなっていることを知っている。
当然。
俺が
ここで何をしようとしているのかも。
「唯ちゃん。
兄貴の手、握ってやってよ。
唯ちゃんが握ってくれたら、
兄貴も喜ぶと思うから。
ほらっ、唯ちゃんが好きな、
Ansyalの
Takaが此処にいるよ。
ここに、Ansyalの
メンバーも全員いるだろ」
あの日から
無意識に避け続けてきた
キーワード。
Ansyal。
Taka。
その言葉が唯ちゃんにとって
刃になるのを知りながら
突き刺していく。
唯ちゃんが、
次の瞬間。
その場に崩れ落ちて、
頭を抱え込みながら
声にならない声で
Takaの名前を呟く。
「いやっ、Taka。
Takaさまっっ。
どうして……」
発狂するように
Takaの名前を
何度も叫びながら
ベッドサイドに
すがりつく唯ちゃん。
発狂するように
取り乱して叫び続ける
唯ちゃんを見つめながら
俺自身が壊れていく。
「唯ちゃん……」
手を伸ばして、
唯ちゃんを抱きしめようとしても、
その手は俺を振り払って、
ベッドで眠り続ける
兄貴に縋りつく。
唯ちゃんが
泣き叫ぶ病室の中で
兄貴の最期を告げる
アラームが鳴り響いた。
「いやぁぁぁぁぁぁ~~」
叫び続けた唯ちゃんは、
アラームが鳴り響いた途端、
意識を失うようにして、
崩れ落ちる。
そんな唯ちゃんを
待機していた、
唯ちゃんの主治医が
受け止めると、
唯ちゃんを連れて、
病室を慌ただしく、
駆け抜けていく。
アラームの電源を
ゆっくりと落とすと、
途端に病院内が
シーンっと静まり返る。
「午後20時40分。
ご臨終です」
兄貴の最期を告げると
主治医は一礼して、
病室を後にする。
ゆっくりと
手を伸ばして触れた兄貴は
痩せ細っていたけど
まだ温かかった。
死の実感すら抱くことが
出来ない俺は、
病室をふらふら後にする。
何処に行きたいわけでもない。
空っぽになった俺は、
夜の街を歩き続ける。
何度も何度も、
着信を告げる
コールが鳴り響く。
その音にも
反応することが出来ない。
途中、何度もクラクションを鳴らされ
怒鳴られながら彷徨い続ける街中。
街頭ビジョンに流れる
速報の文字。
真っ暗な画面。
大きな太文字で
【速報】と記された文字は
【Ansyal ギタ-リスト Taka急逝】
っと続けられていた。
兄貴……。
さっきまで、涙一つ流せず
実感すらわくことがなかった
現実が速報の文字を捕えることによって
リアルへと繋がっていく。
兄貴……。
タクシーを手配して、
早々に兄貴の待つ病院へと戻る。
病院前には、Ansyalの
ファンの子たちが、
何処をどう情報を手に入れたのか
マスコミの記者と共に、
真っ黒な服を着て集まってきていた。
そんなファンたちを見つめながらに
関係者入口から病院内に入る。
「雪貴」
待合室のソファー。
俺の帰りを心配しながら
待ってくれていた
託実さんが、俺の肩を無言で叩く。
「お帰り。雪貴」
「さっき事務所を通して、
隆雪の死を速報して貰った。
今から、
俺たちは記者会見に行ってくる。
雪貴は、
隆雪の傍にいてやりな。
アイツ、凄く穏やかに眠ってるよ」
そう言うと、
託実さんは、マスコミの群れの中に、
姿を消していく。
兄貴の眠っていた病室に
兄貴の姿はなく、
霊安室へと移動された後だった。
霊安室の前。
両親は葬儀会社の人たちと
打ち合わせを重ねていく。
霊安室。
兄貴に縋る様にくっついて、
離れない唯ちゃん。
全てを取り戻した
唯ちゃんは
俺のところには戻らない。
そう知りながらも
この状態を作った俺自身。
兄貴と二人きりで過ごしつづける
その部屋に、俺の居場所はない。
黙って扉を閉める。
身を寄せる場所は屋上。
ようやく辿り着いた、
屋上で冷たい冬の風を感じながら
ただ呆然と
立ち尽くしつづける俺自身。
どれだけの時間が過ぎようとしているの、
すでに時間的感覚は
俺の中に存在しない。
ふいに何かが
俺の首筋に触れてきた。
慌てて視線を映して捕える。
「見つけた……」
その人は少し前まで
兄貴の主治医だった人。
「やっぱり」
その人は、
呆れたような表情を浮かべて
すぐに俺に向き直る。
「雪貴君、休めないね。
体も心も、
こんなにも
悲鳴あげ続けてるのに。
僕には一時的に、
この体を動くようにしか出来ないけど、
お通夜とお葬式の前に
少しだけ休まないとね。
隆雪君を見送るのに、
倒れるわけにはいかないよね」
そんな柔らかな言葉に
俺はその場で、
崩れ落ちた。
俺自身が限界なのは、
もう十分わかりきってる。
とっくに限界だった。
その限界を
無理やり支え続けてきたのは
唯ちゃん。
その唯ちゃんすら、
もう俺の隣にはいない。
唯ちゃんは兄貴の元へ、
帰っていったから。
俺を支え続けた兄貴も、
唯ちゃんも、
もう隣にはいない。
「先生……兄貴、
見送るよ。
病院から移動するから。
その後でもいい?
俺の方」
崩れ落ちた体の隅々にまで
力を入れて、何とか立ち上がると
立ちくらみが襲い掛かる。
そんな俺を悠久先生は
優しく支えて、霊安室の方へと
連れて行ってくれる。
葬儀社の車が迎えに来て、
兄貴を車に
乗せているところだった。
「雪貴?」
かなり顔色が
悪くなってるのだろうか。
自分だって辛いはずの、
母さんが
俺の方に歩み寄ってくる。
「母さん。
ごめん。
俺体力持ちそうにないから。
悠久先生の世話になる。
後で、そっちにいくよ」
悠久先生に支えられたまま、
そう告げると、
心配そうな顔を残したまま
母さんは兄貴の待つ車へと
乗りこんだ。
病院スタッフが静かに
一礼をして見送る。
兄貴の乗る車が
ゆっくりと姿が
見えなくなっていく。
途端に
視界が真っ暗になって
俺の記憶は途切れた。
次に目覚めた時は、
俺自身が
病室のベッドに眠らされていて、
腕には点滴が繋がっている。
携帯電話を手に取って、
情報を眺める。
液晶に映る情報は、
翌日の朝を告げていた。
そのまま携帯を操作して、
ワンセグを映す。
携帯電話のモニターには、
ちょうど、Ansyalの
記者会見の模様が映し出される。
良く知ったメンバーたちは、
全員が心も体も困憊しきった様子で
会見に応じていた。
『Takaさんが
入院したのは何時の事ですか?』
記者の質問に対して、
この夏のツアーの後だと答えた
託実さんに、
他の記者からの
鋭い言葉が容赦なく突き刺さる。
『違いますよね。
真実を話してください。
Takaは、
二人いるんですよね。
今回、亡くなったのは
作曲担当のTakaですか?
演奏担当のTakaですか?』
想像を絶する記者会見の様子に
俺は我慢できなくなる。
なんでそうなるんだよ。
全部、俺が
やっただけじゃん。
託実さんたちは、
何も悪くない。
『その情報は間違いです。
Ansyalの
Takaとしては、
一人しかいません。
そしてTakaの想いを
受け継いで、
AnsyalのTakaとして
精一杯歩き続けた、
絶対の存在がいます。
Ansyal一周年、
クリスマスLIVEの夜、
俺たちと一緒にバンドを作った、
リーダーである、Takaは
会場に来る途中に
交通事故にあい、その日から
入院生活を余儀なくされました。
そんな俺たち、
メンバーを支えてくれたのは
Takaの弟。
彼が、言われている
もう一人のTakaです。
彼の弟は、Takaが
目覚めた時に
帰れる場所があるようにと、
Takaの想いを受け継いだ。
その日からずっと、
Takaの半身は
この夏のツアーまで、
Takaの意思と共に、
走り続けてくれました。
Ansyalは
Takaの想いを受け継ぐ、
弟に支えられて今日まで、
夢を見続けることが出来ました。
明日、Takaの告別式を最後に
Ansyalは、
活動休止に入ります。
俺たちに、これからの未来を
考える時間をください。
そして……最後に……。
Takaを思い続ける
Takaの大切なファンの皆さんに
俺たちからのお願いです。
この事で、ファン同士が
言い争いを行わないように
気を付けてください。
そしてTakaの後を
追うなどの、
Takaを悲しめる行為を
決してしないでください。
俺たちは、今日まで、
二つの心を持つ、Takaと
最高の夢を見てきました』
託実さんは、
そう全てを話し終えると、
メンバー全員で一礼をして、
記者会見会場を後にしていった。
点滴の液体が
全て体内に吸い込まれたのを確認して、
俺もナースコールを通して、
悠久先生を呼び寄せて
退院許可を貰うと昨日よりも、
幾分か軽くなった体を起こして、
兄貴との最期の場所へと向かう。
会場内は、
すでに慌ただしい空気に包まれていた。
昨日の託実さんの発表を受けて、
もう一人のTakaであることがばれた
俺にもマスコミは入り込んでくる。
「Taka君の弟は、
貴方のことですか?」
「最愛のお兄さんが
亡くなられましたが
今のお気持ちはいかかですか?」
容赦ないマスコミの質問攻めに
戸惑う俺に、
託実さんが後ろから駆け寄ってきて、
俺をガードするように入口の方へと向かう。
ガードマンが入れ替わりに、
何人も出てきて、
マスコミの人たちや集まってきたファンを抑え込む。
「Taka~」
Takaの名を次々と呼ぶ声。
その声は兄貴を求める
声だとばかり思っていたのに
「Taka~。
お兄さんTakaさんのことは
わかんないけど、私は、
弟Takaさんの時に出逢ってファンなったの。
どっちのTakaさんも大好きだから。
絶対に無理しないで」
時折、わきあがる声は
俺を罪悪感から
解き放ってくれるものだった。
お兄さんTakaさん。
弟Takaさん。
なんかくすぐったいけど
なんか、俺自身が
心からファン受け止めて
貰えた気がした。
(兄貴、皆と一緒に最期の……
二人のTakaのライヴ、
始めようか)
温かく、
真実を受け止めてくれたファンに
俺はゆっくりと会釈した。
Ansyal
ラスト LIVE。
兄貴の通夜・告別式の中で
行われた、
ファイナルメッセージ。
大勢のファンに見送られて
仲間たちに見送られて
最愛の唯ちゃんに
見送られて、
兄貴は天国へと旅立った。
兄貴の最期のステージは、
真っ青な空が、
何処までも広がっていて
太陽の光が、
天からの光のように
柔らかく降り注いだ
そんな日だった。
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