第19話 太陽

「エルクが生きてたこと、嬉しい」

「だから何で俺が死んだと思ってたんだ。湖に落ちたって話を聞いたのか?」

「ううん。死んだって聞いた」


(死んだって……そうか、サーリャをスカウトするために、彼女の心を揺さぶるつもりだったんだな。姑息な手を使う。ラウドのやつ、手段さえも択ばないんだな)


 サーリャはピンピンしているエルクの顔を見て、ホッとため息をついていた。

 生きていたことが嬉しく、そして自分の中でいつの間にかエルクの存在が大きくなっていたことを受け入れつつある。


 それは運命だったのだろう。

 人と人は運命に導かれ、そして出逢うものだ。

 最初から惹かれ合い、恋に落ちる。

 これは二人に定められた出会いだったのだろう。

 

 そして自分を助けてくれたことが最後の決め手となり、サーリャは自分の気持ちに気づいたのであった。


「エルク……」

「どうした?」

「…………」


(どう伝えていいのかが分からない。こんなことは初めてだし、自分の気持ちに戸惑ってもいる)


 自分の中にこんな気持ちがあっただなんて。

 少し混乱をするが、だが自分の気持ちに嘘はつけない。

 そう思案していたサーリャは、静かにエルクの顔を見る。


「まさか、サーリャ……」

「うん」

「そうなのか」

「……うん」


 自分の気持ちを理解してくれたエルクに、サーリャは不器用ながら微笑を浮かべた。

 しかしエルクは勘違いをする。

 

(もしかして、スカウトに応じるつもりか!? 強引すぎる手段でスカウトされていたようたが、まさかその話に乗るとは……)


 愕然とするエルク。

 サーリャが自分をいたぶる側につくと思い込み、フラフラと後退する。


(そんなの嫌だ。サーリャが敵対するなんて、そんなこと受け入れることができない。どうにかして彼女を繋ぎ止めないと……)


 そう頭の中で思案するも、二人の間に確かなものはない。

 どうしたものかと悩むエルク。

 そんなエルクにサーリャは口を開く。


「エルクは、嫌?」

「…………」

「嫌なんだ……こういう時、どうすればいいのか分からない」


 自分と同じ気持ちなのかと思っていたが、返事が無かったことにサーリャはショックを受ける。

 そして彼女は冷たい表情のままで、涙を流す。


「っ!!」


 エルクはその涙を見て、自分の想いを伝えることを決意する。


(敵対するなんて嫌に決まっている。それをハッキリとサーリャに言わないと。

 ラウドの組織に入ることなんて止めろ。俺と一緒にいてくれと。

 サーリャがいれば黒曜と対抗する力となってくれるはず。だから自分の仲間として傍にいてくれ。

 相手の力ではなく、自分の力になってほしい。それをサーリャに話すんだ)


「俺は……俺は、サーリャに傍にいてほしい」

「……エルク?」

「お願いだから俺から離れないでくれ。俺の力になってほしい。俺もサーリャの力になるから」

「私、エルクの力になれる?」

「当たり前だ! サーリャがいてくれたら、俺はもっともっと成長できる!」


(サーリャとはお互いに会話術を高め合う存在。一緒に努力し合えるはずだ)


「……私が傍にいるのは嫌じゃな?」

「嫌なことあるはずがない。むしろいてほしいぐらいだ!」

「……嬉しい。私もエルクといたい」

「え、でもさっきは、俺から離れようとしてたんじゃ……」

「それはエルクが私を否定してると思ったから」


(なんでそんな話になっているの!? 俺がサーリャを否定するわけないだろ)


 今にも叫びそうな衝動に駆られるエルクであったが、グッと堪える。

 そして何度も深呼吸し、冷静さを保つ。

 何がどうなってそんなことになったのか、問いただすために。


(もしかして……告白というやつ?)


 サーリャは密かに緊張する。

 喉が渇き、鼓動が速くなっていた。

 エルクから告白されるかもと考えると、胸が弾む。


「落ち着いて聞いてほしい……俺はサーリャのことを否定したつもりはない」

「うん、それは私の勘違いだった」

「そ、そうか……それならいいんだ。後、知っててほしいことがある。俺はこれから先、そんなこと思わないことも。サーリャにはずっと一緒にいてほしいから」

「……一生?」

「ああ、一生だ」


(ああ、心臓が爆発しそう。こんな気持ち、初めて)


 一生一緒にしてほしい。

 そんな風に告白されたと思ったサーリャは天にも昇る気持ちであった。


(私もエルクと一緒にいたい。一生一緒にいる)


 エルクは『生涯、彼女を否定するつもりは無い』という意味合いで返事しただけだったのだが……既に運命の輪は動き始めていた。


「好き」

「……え?」

「エルク、好き」

「サーリャ……」


 胸の内から溢れる想いを、とうとう口にするサーリャ。

 純粋な彼女の言葉は、エルクの胸を打つ。


(なんで? なんでサーリャが俺のことを好きだと?

 突然何を言ってるんだ?でも……だけど――)


「俺だって、サーリャのことが好きだ!」

「嬉しい」

「君のひたむきさに惚れてしまった。なんなら、一目ぼれだ!」

「一目ぼれ……」


 運命は二人を紡ぐ。

 サーリャは自分の気持ちに気づいていないだけで、エルクは最初から彼女に恋をしていた!


(シアのことが好きだ。でもサーリャのことも同じぐらい好きだ。

 この両方の気持ちに嘘は無い。恋に落ちてしまったんだから、どうしようもないのだ)


 エルクは頬を染め、そしてサーリャの手を取った。

 冷たい手、でも心が温かくなる。

 自分の気持ちは本物だということを、エルクは彼女に伝えることに。


「傍にいてほしいと言ったけど……これからは伴侶として俺の近くにいてくれ」

「最初からそのつもり」

「そのつもりだったの!?」


(なんでだ……サーリャは何故そんな風に考えていたんだ?)


 疑問ばかりが浮かび上がるが、だがエルクはあれこれ考えるのを止め、目の前の愛しい人が伴侶となってくれることに感激し、そして喜びの咆哮を上げる。


「やったぁあああああああ!!」

「エルク、嬉しい?」

「嬉しいよ。サーリャが伴侶になってくれるのが、夢のように嬉しいんだ」

「私も……嬉しい」


 ほんの少しだけはにかむサーリャ。

 その表情がとても愛おしく、エルクは心を鷲掴みにされた。

 彼女の手を両手で握り、愛の言葉を口にする。


「愛してる、サーリャ」

「私もあ、愛……してる」

「サーリャ……サーリャ!」

「エルク」


(もう心臓がどうにかなってしまいそう。このまま死んでしまうのかも。

 でもこの幸せを抱いたまま死んでしまうのもいいかも知れない)


 サーリャはこれまでの人生で感じたことのないほどの胸の高鳴りに、意識を失いそうになっていた。

 そしてこうも考える。


 (やっぱり死にたくない。これからも、この幸せと共にエルクと生きて行きたいから)


 目は冷たいまま。

 だがその奥に秘めた熱い想いをエルクは感じ取り、真剣な表情でサーリャと向き合う。

 サーリャはエルクの目をジッと見つめ、幸福を全身に感じていた。


「…………」

「エルク?」


 ゆっくりと顔を近づけるエルク。

 サーリャは何をするのか分からず、目を開けたまま――彼のキスを受け入れた。


「んん」


(嫌じゃない。逆にここまで幸せなことがあるんだ)


 さっきまでの幸福感をも超える感情。

 それはサーリャにとって衝撃的なことであった。

 目を閉じ、エルクとの甘い時間を堪能する。


 バタン!


 体を硬直したまま、後方に倒れるサーリャ。

 エルクは真っ青な表情で、倒れた彼女の顔を覗き込んだ。


「サーリャ!?」

「……大変」

「どうしたんだ?」

「幸せ過ぎて体が動かない。頭がフニャフニャして何も考えられない」

「だ、大丈夫なんだよな……?」

「分からない。幸せ過ぎて死にそう」


(それは大丈夫なのか!?)

 

 唖然とするエルクであったが、だが死にそうなほど幸せなことはあっても、幸せで死ぬことは無いだろうと安堵する。


「帰りは俺がおぶって行く。これからもサーリャに何かがあれば、俺が支えになるから」

「うん」


 サーリャを抱え上げ、歩き出すエルク。

 新たな夫婦の誕生を祝福するように、曇りがかっていた空には太陽が顔を出していた。


「…………」

「どうしたんだ?」

「何でもない……何でもない」


 空を見上げ、目を細めるサーリャ。


(お姉ちゃん、いたよ。本当にいたんだね。

 私のことを分かってくれる人が)


 あの時からずっと凍り付いていたサーリャの心は、いつの間にか溶け、太陽のように温かみを帯びていた。

 まばゆい空を見上げながら、サーリャは静かに微笑んだ。

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