第14話 サーリャ・エキスバル

「綺麗……あんな人、この町にいたかしら?」

「本当に美人ね。あれだけ美人だったら有名だろうし、他の場所から来たんじゃないかしら」

「もう結婚してるのかな……もしそうじゃないなら、俺の奥さんになってくれないかな」

「あれだけレベルの高い女性、もういい男と結婚してるわよ」


 昼過ぎの町中を歩くサーリャ。

 彼女を見て町の人々が話をしていた。


 サーリャの美貌は特出したものであり、誰もが彼女に釘付けとなっている。

 しかし彼女はそんな声など気にもせず、ギルドへと向かっていた。


(私にはやるべきことがある)


 曇り空を眺めながら、サーリャは過去のことに思いを馳せた。


 彼女は父親と母親、そして姉との四人家族。

 働き者の父親に、子煩悩な母親。

 文句どころか、感謝しか無い家族だ。

 サーリャは子供の頃から感情表現が苦手で、そう思いつつも表に出すことは無かった。


 姉はサーリャの一つ上で、いつも彼女の面倒を見てくれる優しい女の子。

 大人しいサーリャと違い、明るい姉はいつも誰かに囲まれている、サーリャから見ても素晴らしい姉であった。


「サーリャって冷たいよね」

「能力のこともあるし、近づかないでおこうよ」

「うん。お姉ちゃんは明るいのになんだか怖いよね、あの子」


 人の痛みを知らない子供たちが、サーリャにそんなことを言うこともしばしば。

 サーリャは確かに見た目は冷たいし、感情を表に出すタイプでもない。

 しかし心無い言葉にはいつも傷ついていた。


(なんで自分は冷たいんだろう。姉のように明るく、皆を照らす存在になれたらいいのに)

 

 そう考えるがサーリャは笑うことが苦手で、家族にさえ笑みを向けたことが無かった。

 家族はサーリャの優しさを理解しているので、別段気にすることも無かったが、だが周囲はそう考えていない。


 暖かい姉に冷たいサーリャ。

 それが彼女たちに対する評価であった。

 

 大人たちもそんな評価を彼女たちに抱いており、サーリャに対して冷たい態度まで取る者までが現れる。

 気にしないようにするサーリャであったが、だが子供が感情をコントロールできるはずもなく、夜な夜な一人で泣くことも少なくなかった。


「サーリャ。きっとサーリャのことを分かってくれる人はいるはずよ。その人が現れるまで辛いだろうけど……私はずっとそばにいるから。だからお姉ちゃんと一緒に頑張っていこうね」

「……うん」


 雪の降る夜空の下、姉とそんな会話を交わしたサーリャ。

 姉が寒さに白い息を吐いていたのは覚えている。

 だがサーリャは紋章の恩恵もあり、寒さに対して耐性があった。

 寒そうにしている姉。

 そして冷たい気温のことなど気にもしない自分。

 どうでもいいことのはずだが、姉との差が悲しくなるサーリャ。

 同じ白い息は出るはずなのに、同じように感じられない。


(私も姉のように暖かくなることができれば、こんな辛い思いをしなくてすむのだろうか)


 そんなことを思うのはよくあった。


 サーリャたちが住んでいたのは北にある小さな村で、彼女を冷たいと揶揄する者は村中におり、いつも何かに怯えるようにしてサーリャは日々を暮らす。

 姉と家族、三人がいなければどこかで彼女は壊れていたかもしれない。

 それほどサーリャにとって、家族は心の支えであった。


(姉は自分を分かってくれる人がいるはずだというが、そんな人いらない。

 私には両親と姉がいればそれでいい。それでいいんだ)


 家族に依存するようにして、サーリャは日々を生きていた。

 彼女からすれば、理解者がいる幸せな時間。

 だがそれを壊す不穏な空気が到来するのは、サーリャが10歳の時。


 それは吹雪が吹く白い夜のこと。

 厳しい天候は彼女らにとって特別なものでは無かった。

 いつも通りの冬の一日。

 その程度の認識であったが、一人の死神の登場に忘れられらない特別な日となってしまう。


「こんな夜分にどうしたんだい?」


 村へと入って来た男。

 白いコートに白い髯。

 頭髪を天頂部で結び、右目には切り傷。

 身長も高く、腰には赤い短剣が二本ある。


 彼は一軒の民家のドアをノックし、中から出て来た女性が対応していた。


「いやー、ここなら大丈夫かなと思って」

「何の話だい?」

「分からなくてもいいんだよ。だって皆――」


 女性の頭が雪に落ちる。


「今日、死ぬんだから」


 雪に落ちる女性の頭。

 家にいた他の家族が悲鳴を上げるが、吹雪の所為で村の誰にも聞こえない。


 男はこの日を待っていた。

 田舎村で人を殺せる。

 これだけ吹雪いている日なら、逃げられる心配も皆無。


 殺人衝動を抑えられない男は、その家族を皆殺しにした。


「へへへ……何人殺せるかな。全員殺しちゃうもんね」


 初老と言っていい年齢の男であったが、少年のような話し方をする。

 そこから男は一軒一軒家を訪ね、村人たちを殺して回った。

 苦しめるようなことはせず、一撃で命を奪う。

 人が死ぬ瞬間に喜びを感じ、そのためだけに、自分の欲望のためだけに人を殺していた。


 そしてとうとうサーリャの家へとやって来る男。

 すでにコートは赤く染まり、男は悦に入ったような表情を浮かべていた。


「はい?」


 来訪に返事をするサーリャの父親。

 何かトラブルでもあったのだろうか。

 そう考え、怪しむことなく顔を出す父親。

 そして他の家でもそうしたように、男は苦しませることなく一撃で父親の首を切り落とす。


「きゃあああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫する母親。

 眠っていたサーリャと姉は、その声で飛び起きる。


「あはは。叫んでも無駄だよ。だってこの吹雪だから、誰にも聞こえないからさ」


 サーリャの母親に近づく男。

 母親は恐怖と愛する伴侶の死に、顔が涙でグチャグチャとなっていた。

 だが即座に、二人の娘のためへ行動に移る。


「助けてー!!」


 家から飛び出す母親。


(部屋の奥にいる二人にはまだ気づいていないはず。母親が、子供を残して逃げるはずがない。自分が家から出たことによって、家には誰もいないと考えるはず)


 そう思案し、外へ出た母親。

 愛する娘二人のために、瞬時にそう判断したのだ。


「鬼ごっこかい? いいよ、僕、鬼ごっこ好きだし」

「ひぃいいいいいい!!」

「待てー」


 必死の形相で逃げる母親。

 男は愉快な表情で彼女を追いかけた。


「サーリャ、ここを動いてはダメよ。お姉ちゃんがいいと言うまでは」

「う、うん」


 姉は母親が心配になり、家の外を確認しに行くことに。

 サーリャは姉の言う通りにし、ベッドの下に隠れていた。


 姉は恐る恐る扉を開き、雪が吹雪く外を視認する。


「あはは。見-つけた。もう一人ぐらいはいると思ってたんだ」

「あ……あああ……」


 母親の返り血を顔に浴びている男。

 サーリャの姉を見て、心底楽しそうに笑う。


「楽しい母娘だったね。お礼に君には、僕が楽しいことを教えてあげよう」

「止めて……止めて!!」


 ジタバタもがく姉。

 だが男の腕力は強く、子供の体では抵抗することもできない。


「痛っ」


 しかし、姉は相手の手元にかじりつき、その場から逃げ出す。


「また鬼ごっこ? いいよ、楽しそうだね」

「誰か……誰か助けて!」


 純粋に鬼ごっこを楽しむ男。

 姉は涙を流しながら走った。

 だがすぐに追いつかれ、男は短剣をゆっくりと振り上げる。


「捕まえ――た!」

「ううっ!」


 背中をバッサリと切られる姉。

 雪の上に倒れ、周囲が赤く染まっていく。


 姉の叫びを聞き、サーリャは飛び出そうとする。 

 だが姉の言うことが頭によぎり、ガタガタ震えながらベッドの下で隠れ続けた。


「あはは……あははははは! 楽しいなぁ。こんな時間、ずっと続けばいいのに」


 男の笑い声が鳴り響く。

 涙を流し、声を殺すサーリャ。

 自分にはどうすることもできない。

 その場から動くことさえできず、絶望の夜は過ごす。


 サーリャからすれば永遠のように長い一夜。

 ようやく夜が明け、吹雪も収まり太陽が顔を出した。


 真っ青な顔のまま動けないサーリャ。

 すでに男は村から消えたようで、誰の声も聞こえてこない。

 それでも動けないサーリャ。


 それから何時間かして、他の町へ行っていた村人が帰ってくる。


「な、なんだこれは……何が起きたんだ!?」


 地獄絵図を見た村人は、真っ青な顔で家族を探す。

 だがその家族はすでに男に殺されており、その姿を見た村人は大声で家族の名前を叫んでいた。


 サーリャはその声を聞きながら、男の姿を頭に思い浮かべる。

 ほんの少しだけ見えた横顔。

 その顔は一生忘れることはないだろう。

 そして彼女は決意する。

 男への復讐を。


(お父さんを、お母さんを……姉を殺したあの男を許さない。

 必ず復讐してみせる……そのために私は強くなる)


 心を絶氷に凍り付かせ、復讐だけを糧に生きることを誓うサーリャ。

 この日以降、誰かに心を開くことは無かった。


(姉が言っていたような自分を理解してくれる人、そんな人いらない。

 男に復讐する力さえあれば、何もいらない)


 それから8年、サーリャは常に腕を磨きながら生きて来た。

 捨てられている食物を食べたことも、物乞いのように食事を恵んでもらうこともある。

 全ては男に復讐するため、そのためだけに生きて来たのだ。


 強くなるために手段は択ばない。

 エルクとの出会いは、サーリャからすれば天の恵みにさえ感じられるほどであった。


(これでまた一つ強くなれる。いや、エルクがいたら、男に復讐するだけの力を得ることだって可能。

 私はエルクがいるこの場所で、家族の敵を討てるだけ強くなるんだ)


 目を開き、氷の瞳で歩き出すサーリャ。

 彼女が目指すのはギルド。

 強いモンスターと戦いながら、生活費を稼ぐ。

 生きるためではなく、復讐するために。 

 それだけのためにサーリャは生きている。


 ギルドに入ると、サーリャはまず受付嬢に訊ねる。


「バーサーカーの紋章、『痛快なるグリーガム』。知ってる?」

「……聞いたことありませんね」


 男の名前には辿り着くことができた。

 だが相手がどこにいるのかは判明していない。

 男を探すため、旅を続けてきたサーリャ。


 復讐に憑りつかれ、凍り付いた心。

 その彼女の心を溶かす者は現れるのだろうか。

 姉が望んだ、妹を幸せにする者は……


 だが姉妹は知らない。

 運命の男と、サーリャはすでに出逢っていることに。

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