第9話 伴侶

 数えきれなほどの星が浮かぶ夜。

 エルクは裏山の『剣の墓場』にいた。

 ヴェルガとの戦いで興奮し、夜になっても剣を振るうことを止められない。

 汗だくになり、手にマメができ、息も切れているがそれでも剣を振り続けていた。


「エルク!」

「シア……こんな遅くに、こんなところに来ちゃダメだろ」

「ダメなのはエルクもじゃない。こんな時間まで稽古なんて、やりすぎよ」


 エルクの汗をタオルで拭くシア。

 タオルの優しい香りと柔らかさに、エルクは安堵を覚える。


「ありがとう。私のことを守ってくれて」

「いや、自分のためでもあるんだ。シアのことを相手に渡したくなかった」

「エルク……」


(相手の戦力にしてなるものか)

 

 そう考えるエルクに対して、シアは自分のためなんて言ってくれたことに笑みを浮かべた。


「そんなに嫌だった?」

「当然だろ。シアがヴェルガの手に落ちたと考えると……寒気がするな」

「大丈夫。私はエルクと一緒だから。エルクから離れるようなことはしない」


 タオルでエルクの顔を覆い、シアは彼の体に抱き着く。


「…………」

「…………」


 虫の鳴く音だけが聞こえてくる。 

 シアはときめきを覚え、エルクもまたいつもより心臓を高鳴らせていた。


(自分の大事な場所を作る。シアが言っていたことだな。自分の大事な場所……それは自分を待ってくれている人がいる場所だ。

 俺はまだそれを作ることができていない。あまりにも剣術に集中し過ぎていた。

 なら、そろそろ行動に移すべきじゃないか? 今回みたいなことが、またあるかもしれない。シアが奪われるようなことは、絶対に御免だ。

 彼女を奪わることを想像すると、胸が張り裂けそうな気持になる)


 自分の大事なものを奪われるような感覚。

 エルクにとって、シアはすでに無くてはならない存在。

 それを確固たるものにするため、エルクは口を開く。


「……好きだ、シア」

「……知ってるよ」


(何故バレていた!?)


 呆然とするエルク。

 彼女の気持ちも理解している。

 シアはラウドのことが好きなのだと。


 だがシアはようやく口にしてくれたと考え、クスクスと笑う。


「言ってくれるの、待ってたんだからね。私もエルクのこと好き」

「そ、そうだったのか……?」


 勘違いが生じてはいたが、しかし二人の想いは本物。

 これまで言葉にすることはなかったが、エルクはずっとシアのことが好きだったのだ。

 だがエルクは首を傾げていた。


(シアはラウドのことが好きだったのでは? 断られることも想定していたが……まさかこんな上手くいくとは)


 フラれる覚悟していたが、結果良ければ全て良し。

 エルクは笑顔を浮かべ、拳を強く握る。

 そして緊張しながら、話の続きをした。


「シアの置かれている状況は理解している。だからこれからは、俺に守らせてほしい」

「エルク……」


(もうヴェルガみたいなやつに戦力として奪われないように、自分が守る)


 シアは自分の家族までも守ってくれるというエルクの言葉に、涙を流した。


「ありがとう、エルク……でも、他人のエルクに迷惑はかけられないよ」

「他人? 俺を他人だって言うのか?」

「だってそうじゃない。嬉しいけど、私の問題にエルクを巻き込めないよ」

「…………」


 家族のことを考え、そしてエルクの優しさに触れたシアの涙は止まらなくなっていた。

 エルクはシアの涙に大きな決断をする。


(やはり俺が守らなければ。 俺たちが他人だというなら、他人じゃ無くなればいいんだ)


「シア、俺と夫婦に……伴侶になってくれ!」

「え……えええっ!?」


 あまりにも突然のことに、シアの涙が止まる。


「俺たちは確かに他人かも知れない。でも伴侶となったなら、他人とは言わせない。シア、俺と夫婦になってくれ。そして君を生涯守らせてほしい」

「エルク……」


 またあふれ出す涙。

 シアはエルクの胸に顔を埋める。


「私のことも、家族のことも守ってくれるの?」

「え、ああ……当然だ」


(家族のこと? そうか、シアの家は貧乏だったな。

 彼女を伴侶にするということは、彼女の家族もまた俺の家族になるということだ。

 ならば守ってみせよう、シアの家族ごと。愛する女性の家族まで守ってこそ、真の伴侶というものだ)


「ありがとう、エルク……大好き、エルク!」

「俺も大好きだ!」

「私の方が大好きよ!」

「いいや、俺の方が大好きだ!」


 二人の想いが爆発する。

 『情熱のシア』とまで呼ばれる彼女は、感情のままにエルクとキスをした。

 情熱的なキスは長時間続き、顔を真っ赤にしたシアとエルクは見つめ合う。


「エルクぅうううううううううううううううううううううううううううううう!!」

「シアぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 二人の情熱は結局一晩中続き、町に多大なる迷惑をかけたとかかけなかったとか……


 ◇◇◇◇◇◇◇


 翌日の夜。

 エルクはシアを連れて家にいた。

 両親が二人の前に立ち、母親はニコニコ笑顔で彼らを迎えている。


「シアと伴侶になることになった」

「そう、おめでとう。シアちゃん、ずっとエルクのことが好きだったもんね」

「そうなんですよー。でもずっと両想いだったから」


(そうなの? ずっと両想いだったの!? そして母さんはなんでそんなことを知ってるんだ?)


 疑問ばかりが浮かんでくるが、しかし両親への報告はできた。

 母親は喜んでくれたが、父親はどうだろう。

 エルクは不安を覚えながら、父親の顔を見る。


「…………」


 険しい顔で俺を睨んでいる……追放する予定の俺が、結婚することが許せないのか!?


 エルクは父親の表情に動悸を覚えるが、しかしレオは感激で泣きそうになり、黙ってエルクを見つめていた。


(良かったね、エルク! シアちゃんもお嫁さんになれて良かったね!

 お父さん、嬉しいし応援する祝福するし。幸せになるんだよ!)


 そんなことを考えているが言葉にすることはないレオ。

 互いに違う思いを抱きながら、目を合わせる親子。

 このすれ違いはいつまで続くのだろうか……


「おめでとう、エルク、シア」

「ありがとう、ラウド」


 ラウドが大型ケーキを作って持ってくる。

 子供の頃と違い、バランスを崩すことはない。

 二人を祝福するため、自作のケーキを作ったのだが……その豪勢さにシアが歓喜の声をあげる。


「ラウドが作ったの?」

「うん。お菓子作りが好きなんだ。おかしいでしょ?」

「ううん……でも好きなことを自由にできるのっていいよね……よし、決めた! 今日から私、エルクとずっと一緒にいる。人の目がこれまで気になってたけど、もう関係無い。だってエルクのことが好きなんだもん!」


 これまで悩み続けてきたことが吹っ切れたシア。

 これからは全力でエルクを愛していこう。

 ただそれだけで、自分は幸せになれるはずなのだから。


「エルクもおめでとう」

「ああ、ありがとう」

「これ、食べ――あっ」


 二人のために作ったケーキ。

 しかし足元に会った荷物に足を引っ掛け、ラウドはケーキを手元から放してしまう。

 

 ベチャッ。


 ケーキは見事にエルクの顔にぶつかってしまう。


(おめでとうと言っておいてこの仕打ち……本心では祝福していないということか。

 やはりラウドは俺を追放するつもりなんだな。一瞬でもラウドのことを信じようとした俺がバカだった)


 伴侶が出来ても勘違いは続く。

 ラウドのドジの所為で、彼の優しさは兄に伝わらないのであった……

 

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