第4話 剣術の授業
王者の紋章、『
彼の周りにはいつも人が集まり、誰もが彼を敬う。
それはラウドが持つ紋章の効果、無条件で人から愛されるというものが多大に影響していた。
エルクたちが通う『ルーシニア学園』でも、ラウドはいつも人々に囲まれている。
男女問わず、ラウドを慕う人たちが周りにおり、ラウドも幸せな学園生活を謳歌していた。
そんなラウドを教室の端から眺める男が一人。
それはエルクだ。
天気の良い昼休みの時間、エルクは大勢の中心にいるラウドを見ながら一人考える。
(ラウドに隙を見せるわけにはいかない。 隙を見せたら、俺を見下す行為をしてくるはずだ。
俺をバカにし、嘲笑い、皆の笑い者にする。そんな計画を企てているはず。
気を許すんじゃない)
もちろん、ラウドはそんなことを考えていない。
純粋無垢で優しく、皆から愛されるラウドは、いつも一人でいるエルクのことを心配していた。
「ラウドって、誰と結婚するの?」
「私、ラウドとなら結婚してもいいわよ」
「私も私も! むしろラウドと結婚したい!」
「ラウドと結婚したら、王妃様になれるもんね……悪くないかも」
「あはは……」
この世界では一夫多妻制を基本とされており、男は複数の伴侶を持つことが大半だ。
レオは珍しく、ケイト以外の伴侶は持たないが……男の数が少なく、子を多く作るために、一夫多妻制制度を導入している。
受胎技術が発展し、男がいなくても子供を作る技術はあるのだが……能力が低い子供が生まれてしまう。
なので男から子種を貰い、強い子を産むことを良しとされている。
そしてラウドは皆から愛されるだけではなく、将来は約束されたようなもの。
王者の紋章を持つ者は王座に就く。
なのでラウドと結婚するのは多くのメリットもあるので、女性からは引っ切り無しに誘惑される日々である。
「それに対して、無能のエルク。あんなのに恋人なんて――」
「止めてよね。エルクのことを悪く言うのは」
「あ、ごめん……」
ラウドの周りで数人の女がエルクの悪口を言おうとする。
それを制したのは、怒り狂いそうになっているシアであった。
彼女はラウドたちと楽しく会話をしていたのだが、エルクの悪口が出た瞬間に悪魔のような形相に変貌する。
シアに対して恐怖心を抱いている女子たちは、冷や汗をかきながらそそくさとその場を離れて行く。
「ありがとう、シア」
「別に、ラウドのためじゃないし」
「エルクのためだよね。それだけで嬉しいんだ、僕。エルクの味方が一人でもいたら、心から嬉しいんだ」
エルクのことで怒ってくれるシア。
そのことに本心で喜ぶラウド。
一方エルクは、そんな二人の微笑ましい様子を眺め、ため息をついていた。
(仲が良さそうだ。やっぱりシアは、ラウドのことが好きなんだな)
顔は見えるが会話はきこえていないエルクは、そんな勘違いをしていた。
そしてそんな勘違いを毎回しており、シアはラウドのことを好きだと完全に思い込んでいたのだ。
もちろん、そんな事実は一切ない!
シアと会話をしていたラウドは、エルクの方を見て微笑む。
エルクはラウドの笑顔に体を硬直させ、視線を逸らす。
(一人の俺を笑ったのか……これは追放フラグだ。
無能で孤独の俺を見下して笑う、追放の時期は近いのか!?)
エルクが一人なのはラウドに近づこうとしないから。
そしてラウドはシアがエルクのことで怒ってくれたことに笑っていたのだ。
『良かったね』。そんな気持ちを込めながら。
だがエルクは勘ぐる。
(何を企んでいる……追放するために、どんな策略を練っているんだ?
くそ、こんなことなら、さっさと追放宣言してくれた方がマシだな。生殺しみたいなものだ)
ラウドのことを警戒しながら、次の授業のために訓練場へと移動する。
そこには10名ほどの男子がおり、同学年の男子が揃っていた。
中にはラウドもおり、全員が木剣を手に持っている。
ここでもラウドの周りに人が集まっており、エルクは皆から離れて素振りは始めた。
「僕、苦手なんだよね、運動とか」
「ははは。ラウドは戦う必要なんて無いよ。俺が騎士となり、君のために戦おう」
「ありがとう、ヴェルガ」
同じ学年のヴェルガはラウドに取り入るよう、しかしプライドを持って接する。
未来の王であるラウドについておけば将来は安泰。
だがそれ以外に、純粋にラウドに惹かれているという部分が大きいのだが……とにかくヴェルガはラウドに気に入られるため近くにいるが、しかしそれは皆同じこと。
皆が必死にラウドに認めてもらおうとしている。
ヴェルガはラウドと顔見知りなのは知っているが……あれだけ距離が近いとなると、すでにラウドの配下として動いているのか。
だがそうなると、シアに絡んだ理由が分からないな。
エルクなりに、ラウドとヴェルガの関係を見抜こうとしていたが、しかしその答えに辿りつくことはない。
だが注意深く見ておくことを心掛け、二人の様子を窺っていた。
「集まっていますね。では二組に分かれて、打ち合いを始めましょう」
そう言うのは教師のカーミラ。
茶色の髪を後ろで束ね、眼鏡が似合う美人。
年齢は22。
豊満な胸とくびれた腰。
スタイル抜群の美人教師である彼女を狙う男性は多くいる。
「カーミラ先生……奥さんにしたいな」
「町中の男が狙ってるって話だぜ」
「じゃあ取り合いだな」
「取り合いで言えば、シアも人気だろ?」
「シアは人気だけど、ラウドの奥さん決定だろ」
一夫多妻制を基本とするこの世界では、女性の取り合いになることもしばしば。
カーミラほどの美人となればその競争も激しく、彼女との接点を作ろうと皆が躍起になる。
16歳にもなるとすでに男女共に結婚することを許されており、ヴェルガが連れていた女性二人は彼の伴侶だ。
「あの、先生」
「どうしたのかしら、エルク」
「一緒にやる人がいないんですけど」
「ああ、じゃあ私と打ち合いましょうか」
友人がおらず、男子の数が奇数なのでエルクと組んでくれる人は誰もいない。
こういう時は毎回教師に手助けをしてもらっているので、エルクからすれば彼女を誘うのは慣れたものだ。
そして男たちはこう考える。
(いつもカーミラ先生と組みやがって!!)
毎度のことながらカーミラと組んで稽古をするエルクは、周りの男子から疎ましく思われていた。
ヴェルガもカーミラを狙っている男の一人で、二人を見て静かに舌打ちをする。
「では始めましょう」
「はい」
カーミラの剣術は一級品。
練習相手には持って来いだ。
周囲の邪な考えとは真逆に、エルクは純粋に彼女との組手を心から喜んでいた。
現在の剣術の授業で行うのは、型稽古。
お互いに決まった動作を取り、技術を向上させる稽古だ。
綺麗な太刀筋。
エルクは紋章無しだが、まさかここまで技術を高めているなんて……脅威すらも覚える。
カーミラはエルクの剣を受けながら、その技術力の高さに息を飲む。
流れるような稽古をこなし、二人は黙々と汗を流す。
「エルク、ラウドとはどうなのかしら?」
「どうとは?」
「仲が良いのか悪いのか……彼は普段、どんな風に生活をしているの?」
仲が良いとはエルクは思っていない。
だがここで思っていることを口にして、ラウドの耳に入ったら大変だ。
追放が早くなってしまうかもしれない。
そう考えるエルクは、嘘ではないが、誤魔化すような言い方をすることに。
「仲はいいですよ。暇があれば一緒にいますし」
「そうなのね……将来は彼の元で騎士になるのかしら?」
「それが許されるなら、それでもいいですね」
打ち合いが終わり、互いに頭を下げる二人。
清々しい表情で笑みを向け合う。
そんな二人を睨むヴェルガ。
気に入らないな、あの無能……
カーミラを狙うヴェルガは、エルクに対して確かな恨みを抱き始めていた。
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