拾伍話 生類憐みの令(始まってた)
あれから半年御庭番の勤めは順調だ。そもそも職人や下働きの管理はそんなに難しい事では無かったし、週三日位の出勤だしね。驚いたのはお勤めし始めてから一か月もしないうちに庭に東屋が出来たことだ。どうやら上様が話が長くなるのを考えて作らせたそうだ。まあ長話してたら目立つしずっと立ったままだと疲れるからだろうな。
そういや忘れてたけど、この時期もう生類憐みの令が始まっているはず。このままいけば色々大変な事になりそうだ。
「という訳で対策会議を行います」
「対策とは何ぞや?源三殿?」
「いきなり唐突ですよ源三様!」
俺の発言に柳沢殿と忠相が応える。
場所は柳沢様の御屋敷である、来年引っ越しするかもとか言ってたから次は大名になるみたいだ。引っ越し先は一橋の内らしい。屋敷の準備があるから前もって判るんだそうだ。
「上様は生類を憐み鷹狩りを為されない由、さらに僧隆光の進言により犬を大事にすると聞きましたが」
「確かに市中の犬に対して大八車で轢いたりしない様にせよとかお腹を空かせた犬には食べ物を与えよとはあったが…」
「特に厳罰を与えるとかそういう趣旨ではなかったと思いますが…」
え?柳沢殿も忠相もそんなに深刻に考えてない?
「確かに上様は徳松様が亡くなられてから仏への功徳が足りないのとか言われていたが、今はそんなことは言われてないな」
「それはそうです、すでに大奥でお世継ぎ様も生まれ姫君、そして今からお生まれになる方がまだおられますのでそちらの差配が忙しくそれどころではないのでしょう」
え?そうなの。
「確かに隆光が生き物を大切にと説法されておられましたが上様は上の空でした、あれは若君や姫の事で頭がいっぱいなのでしょう」
「確かに源三殿が荻野式受胎術を発見していなければ神や仏に縋るしかなかったと思われますが、今は腕下秘伝で母胎や赤子に害のある食を避けるようにしておりますし、新たに見つかりましたあの書の為に御典医殿らはてんやわんやですよ」
ええ、俺が見つけた初代の本たちのせいで生類憐みの令がマイルドになったの!まあ、前世で読んだ本に上様(つなよし)が生類憐みの令を出したのは子供に恵まれないのを隆光という僧が犬を始め生き物を大事にしようと言ったからだんだんエスカレートしたとあった、一時は隆光は関係ないとか言われたが結局は上様の思い付きに方向性を与えたという風に書いてあったはず。それが初代の本のお陰で世継ぎの子供が生まれたためそこまで禁制を強めなくても良くなったのか。
「まあ確かに上様は馬に対しては気遣いされておりますな、最初に右馬頭の官位を頂きましたので馬に縁があるとお思いになったのだと拝察しますが」
「そうなんですか?」
「はい、馬に関しては色々と禁制をお出しになっておられますな、見栄えを良くするために足の筋を切るなとか」
「そうなんですか」
「源三殿、それよりあの医書の方が問題ですよ、あの書の書いてあるのが本当であれば流行り病をかなり抑えられます。まさに神の書ですな!」
「はあ、唐の国で医神とまで言われる{華柁}の一族の残した医術書ですからな、初代の話では華柁が曹操に反抗して殺される前に逃がした高弟や子孫たちが権力者より距離を置き密かに伝え磨いてきた医術だそうで東洋だけでなく西方の国々からも医術を集め一族を各地に潜ませてずっと伝えて来たとの事、{華の一族}と呼ばれていたそうです。この書も大阪城にて見つけたそうですがどうやら華の一族がこの国にも交易に紛れ来ていたよですな」
「凄いのは疱瘡の治療と予防法が書いてあったことです、まさか牛や馬に出る疱瘡を人に植えると予防が出来るなど誰が想像できましょうか、上様も非常に関心を持たれ小石川の薬草園内に医学所を設け検証せよと仰せになり医師たちを集めております」
柳沢殿が興奮しているが確かにこのような書が有るとは思わなかったよ、しかし華の一族か、どこのスーパードクターなんだよと突っ込みたくなる。これ初代の仕込みじゃないだろうな。
「後、赤痢や虎列刺などの治療法もあります、これも小石川で調べるそうですね。これらの病は赤子が亡くなる事が多いので上様も最重要とされて居て正直生類にかまけては居れないのでしょう」
忠相の分析は相変わらずキレが良いな、そうだったらあの犬小屋とかも生まれないかも知れないね。でも狂犬病もあるから犬の管理は必要な気がするな。それを話すと柳沢殿はそれも今幕閣で問題として話しているそうだ。
「華の一族が秘伝としている箆似士倫(ペニシリン)という秘薬も気になります、黴から生まれるとありますがどのようにして作ればいいのか…」
柳沢殿はペニシリンにものすごく興味があるみたいだな。
「やはりこれも小石川で調べるしか無いでしょうが黴と言えば麹等を扱う酒蔵や醤油蔵の職人に手伝わせると言うのを考える必要がありそうですな」
まあ前世で読んだタイムスリップした医者の話を思い出しながら話すと流石だと膝を叩いていた。この位は口を滑らせてもノーカンだよね。
□
柳沢吉保は源三の指摘に舌を巻いていた。
(本人は初代の本を見出しているだけだと言っているが見識と発想は本人の資質そのものだ、忠相のキレも凄いものだがこればかりはもはや異能と呼んでよい、本人は謙遜しておるが真に得難い人物よ、幕閣の御歴々に口を出されぬように早めに引き上げねばならぬな)
本人の認識以上に高く評価する吉保であった。そして本人が考えないような道を進んでいく源三であった。
※どこのスーパードクターと脳外科医なんでしょうか(;'∀')
生類憐みの令に関しての参考文献 仁科邦男 生類憐みの令の真実
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