21.解放と言う助け -神威-


飛翔と共に禊の儀式を終えると、

祠の外には、万葉が真新しい式服を揃えて待ってくれていた。


幼い頃から着慣れている和服の要領で、

その式服を身に着けるとボクはそのまま

先頭を歩いて、龍の岩がある場所へと移動していく。



龍が降臨したと言われているその岩の周辺には、

柊の指示で支度されていたのか、結界と思われる四方の守りと

火がくべられていた。



パチパチと時折、音をたてて弾ける木々。

高々と炎をあげても、その日が敷地の木々の葉を焦がすことはない。




「どうした?」


後ろをついていた飛翔がボクに問う。




「不思議だな……って思っただけ。

 こんなにも火は勢いよく燃え盛るのに、

 庭の木は何一つ燃えていない……」


「だって私が焔龍に力を借りたんだもの。

 神様の火が、神威が大切にしている家を燃やすはずがないでしょ。

 秋月の神様をなんだと思ってるのよ」



そうやって呟いたのと同時に、

柊と共に姿を見せた桜瑛が言葉を挟んだ。



そう言って桜瑛は頬を膨らます。


そんな桜瑛の姿は、神話の時代に見そうなそんな服に

体の至る所に、鈴のアクセサリーが身に着けられている。

桜瑛が動くたびに、チリリン・チリリンと涼やかな音が響いていく。



「神威、私の友達を侮辱するのは許さなくてよ」



気が付くと、暁華まで『さくら』としての装束である、

十二単を身に着けてそこに居た。



そんな「さくら」としての姿を見るのも……

ボク自身は初めてで。





「重そうだね……」




真っ直ぐに暁華を見据えて告げると、

彼女はボクをしっかりととらえながら



「何てことないわ。だってこれが『さくら』としての私の正装だもの。

 この重さに弱音なんてはいてたら、神威を監視できないでしょ」


「監視って、誰が誰を監視するって?」


「私がアナタを……。それが何か?

 お母様や一族のものが、貴方を甘やかし続けるから

 アナタは人として大切なものが欠けているもの。


 だからそれを正すために、私はアナタを監視するの。

 『さくら』は、当主を支えるのが役割。


 だったら私は私なりのやり方で、貴方を支えるって思いつきましたの。

 だから監視ですわ。監視。 おわかり?」



そう言って茶化すように、怒るように言うコイツの言葉も

今となってみれば、優しさの裏返しであるような気もしなくはない。



「当主を支えるのが役割だったら、しおらしくしてろよ。

 お前みたいなはねっかえりが、なんで『さくら』なんて一族の重要な存在に選ばれたんだよ」


「それを言うなら、貴方でしょ」



素直に暁華の言葉を受け入れてお礼を告げるはずもなく、

いつものように売り言葉に買い言葉。



そんなボクたちの会話に華月は暁華を嗜め、飛翔はボクをいい加減にしないかと言わんばかりに

無言で訴える。




「お母さま、お母様は見届けて。

 今の『さくら』は私なの。


 これは『さくら』として本当の意味で、ご当主を支える最初のお仕事なの。

 

 桜瑛、柊佳さま、そして先代ご当主の名代である飛翔さま」




暁華がそう言って紡ぎあげると、一気にアイツの表情が真剣なものへと変わっていく。




「ご当主、貴方の望みを……」


「ボクの望み……。


 ボクの望みは桜鬼神の魂を救いたい。

 その為に、皆の力をかして欲しい」  



ボク自身の決意を告げるように、皆の前で言霊にしていく。




「ただいまの言霊に、ご協力を賜る皆さまはご賛同頂けますでしょうか?」



更に暁華の言葉が話を進めていく。




「生駒隠し神子、徳力柊佳【とくりき とうか】。

 一族の宝玉、蒼龍氷蓮と共に賛同いたします」


「秋月の一族の名代として、火綾の巫女・秋月桜瑛。

 共に賛同いたします」




火綾の巫女?

桜瑛……アイツ、何時の間にそんな役割になったんだ?



湧き上がる疑問と共に、ボクの視線は最後に隣に控える飛翔に注がれる。




「最後に飛翔さまの意は?」


「先代当主、実兄・徳力信哉の名代、早城飛翔。

 現当主、徳力神威の意に添い見届けることを決めた。

 雷龍翁瑛宵玻の意も、兄に託されしこの札と共にあり」



飛翔はそう言って、当然のように人差し指と中指に札を挟んで告げる。




「契りは交わされました。

 古からの三柱の契りにより桜鬼神へと続く審判の扉を開き、

 この地と桜塚神社を繋ぎます。


 寝台をこちらへ」




暁華の言葉に、四つの寝台が運び込まれて四方を藁で結ばれた中へと

設置される。



「皆々さまは、こちらで旅立ちのお支度を。


 これより、この地は『さくら・徳力暁華』の名のもとに

 印を結び、現世から隔離してお守り致します」




暁華が宣言すると、そのままアイツは目を閉じて

その場に座り込み、ひたすらに何かを唱え始める。



その唱えられる言葉の響きはとても美しいのに、

この世の言葉ではないそんな言語。




やがてボクたちの意識は、眠りの奥へと誘われるように

寝台へ体を横たえると吸い込まれていった。







「神威、大丈夫か……」



ふいに肩を揺すられてボクは目を開ける。



そこは真っ暗な世界に、沙羅双樹の木が二つ。

 


「飛翔、桜瑛と柊は?」


「大丈夫、二人も無事だ。

 しかしこの場所は何処だ?」




この場所……。



ボクはゆっくりと意識を研ぎ澄ませて、

桜鬼へと意識を集中させていく。




ずっと辿り付きたかった、あの桜鬼の深層心理の中へと

暁華が入り込ませてくれたのかもしれないと思った。





「飛翔、柊、桜瑛、こっち。

 アイツが……泣いてる……」




そう言いながらもボクは、無意識のうちに指文字で何かを描いていく。




するとボクの掌からゆっくりと浮かび上がってくる金色の鳥。



その金色の鳥に向かってボクは生吹。

掌からふんわりと舞い上がった鳥は、真っ直ぐに一点を目指して羽ばたいていく。





「アイツが桜鬼のところまで案内してくれる。

 追うぞ」




そう言って、真っ先に金色の鳥を追いかけながら走っていく。



それは地面を走っているのではなく、ただ何もない空間を走り続けるような

不思議にな感じ。



それは夢で何度か経験した、夢渡りの感覚にも似ていた。

だけどその夢渡りの友として、今はあの三人が常にボクの傍に居る。




『和鬼……私を殺して……』



悲痛な少女の声が深くボクの心に突き刺さる。



『珠鬼、ボクの未来はもう短い。

 

 この呪詛は消えることはないと神に告げられた。

 ボクの歩く道も残すところは後僅かだと。


 咲が言ったんだ。

 ボクに……コロシテ欲しいと。


 ボクは望みを叶えるよ。


 咲の願いを

 ボクの最後の力で……』




桜鬼、早まるなっ!!



そうさせないために、

ボクたちはこの場所までようやく来れたのに……。



次々と流れ込んでくる意識の渦に飲まれそうになりながら、

ボクは今も金色の鳥を追い続ける。



ボクたちがその場所に辿り着いた時には、

ボクが感じていた違和感の真実が感じ取れた。




桜鬼が対峙しているのは、

角を生やした鬼の姿の男とあの依子。





慌てて桜鬼の傍に行こうとしたボクを飛翔の腕が引きとめた。

それと同時に、柊は何かに備えるように指文字を描き続けていた。





桜鬼が珠鬼と呼ぶ青年の姿の鬼。


あれは……味方なのか?





すると男の姿をした鬼が、徐々に何かを口走りながら

女の姿へと変化を遂げていく。




『どうだ?

 一番大切なものを奪われた悲しみは?


 お前はあの日、私の大切なものを奪った』



口の形を辿っていく。





「えっ?何?

 ちょっと神威、あの女の人はなんて言ってるの?」



声を潜ませながら問う桜瑛。



って……「桜瑛、後で説明するから。今は静かにしてて」口早に告げて、

そのままボクは更に精神を集中していく。




あの鬼の女は、風鬼の婚約者。

その人の名前が紅葉……。



だがあの依子が名乗っていた名前も……紅葉……。





あの女が依子に憑りついて操っていたのか?




依子はYUKIとしての桜鬼が好きだった。

そして桜鬼は、あの神社の孫娘が好き。


紅葉は……?






その答えは、もう一人の珠鬼と言う鬼が教えてくれた。




紅葉は、風鬼と呼ばれていたその人の婚約者だったと。

そして結婚式をあげる日に亡くなったのだと。





その死が、桜鬼自身がもたらせたものだと

あの鬼の悲鳴が、意識の中へと流れ込んできて、

ボクは思わず足に力を入れて踏ん張る。





「神威どうした?」


「少し疲れただけ。

 でももうすぐ謎が解けていく気がするから」




更に意識を重ねていく。





『あの日のようにお前の大切な存在を殺すがいい。 


 私の可愛い傀儡よ。


 二人とも、アレを殺しなさい。

 私の願いを叶えなさい』




紅葉が告げると、依子と咲は徐々に桜鬼の方へと歩いていく。




桜鬼が自らの鞘から解き放った剣を手にしながら、

覚悟を決めたように、依子と愛する少女を見据えた。






飛翔を振り払って、ボクは指文字を描きながら

駆けだそうとした時、桜鬼はただ一瞬、ボクの方に視線を向けて

首を静かに横にふる。







ボクに任せて……。

これはボクの最期の務めだから。






そんな声がボクの体を呪縛して、

前へと進むことが出来なくなった。



動けないボクは、ゆっくりと印を結んで金色の鳥に

桜鬼の想いを宿す。



彼の想いが言霊となって、あの咲の元へと届いて欲しいから。




流れ込む桜鬼の想いを言葉にして、何度も何度も金色の鳥に向かって

紡ぎ続ける。


そんなボクの隣、印を結ぶボクの手を包み込むように桜瑛も自らの両手を重ねて

同じ言葉を紡いでいく。








咲……一人じゃない。

だから悲しまないで。



悲しまないで……。










桜鬼の想いを金色の鳥に託して。




一際高く、鳥が飛翔して真っ直ぐに咲と言う少女の方へと羽ばたいていく。

何度も空を旋回を繰り返す。





ふいに倒れてきた咲と言う少女を、桜鬼は愛しそうに抱きとめた。






思わず見届けたその姿に、ボクと桜瑛はお互いの顔を見合わせる。




だけど……咲の願いは変わらない。



桜鬼の哀しみは深まるばかり。





ふいに桜鬼は、依子と言う少女の前に……資料で見たYUKIとしての

姿へと変化して見せる。




プラチナの髪に朱金の瞳。

角を隠し、柔らかに依子に呼びかける存在。




その姿を見て一瞬、依子の勢いが止まったその隙に

桜鬼は本来の姿へと戻って依子の動きを全て封じた。






須王依子【すおう よりこ】。



我が名は、

桜鬼神・和鬼。


この者の手に宿りし、

鬼の刻印を閉ざし、鬼の干渉を断つ。


気を閉ざし、悪鬼を祓【はら】う。


汝【なれ】の御手【みて】に刻まれし

鬼の烙印【らくいん】狩りとらん



己が世界へ……。


心に宿りし、

YUKIと共に







桜鬼は歌うように言葉を紡ぎ続ける。





依子の魂が、桜鬼の桜吹雪と歌声に包まれるように

舞い上がると、隣に居た柊が、蒼龍を顕現させてその力を持って

現実の世界へと送り届けているのが伝わった。





「依子は?」


「彼女は桜塚神社の御神木へ」


「神社の御神木と言うことは、徳力の結界と繋がってる」

 

「はいっ、さようです」


「彼女にもう被害は?」


「ご心配には及びません。氷蓮の力が加護することでしょう」




柊の言葉に安心をボクが得るのと、桜鬼が何かを得たのと同時で

そのまま桜鬼は倒れ込むように地面へと足をつく。


それでも桜鬼は真っ直ぐに、紅葉を視線で捉える。



『依子さんは返したよ。

 君の手が届かない龍神の御元【みもと】へ。


 己が復讐の為に、人の純粋な心を悪用した君を

 ボクは許すことなんて出来ないよ。


 依子さんの次は、咲もボクに返して貰う』



それと同時に、剣を持ち変えて咲と対峙する。





咲の願いを叶えるために。





咲の攻撃をスーっと交わした桜鬼は『……サヨナラ、咲……』と

告げた後、その剣を女の体の中へと差し込んだ。




悲痛な心と愛情が、渦のように押し寄せてくる。




押し寄せた想いを感じながら、桜鬼が崩れていくのをボクは捉える。


両足を開いて、ボクは体を支えるように踏ん張ると

そのまま金色の鳥へと、消えゆく想いを再び乗せていく。






『咲、気が付いて……ボクだよ……。


 和鬼だよ……』








その時、ボクの背後で再び雷が轟く音と共に閃光が舞い落ちる。




ボクの目ではっきりと見て取れる雷龍の姿。



白髪の長い髪に、額に龍の刻印を宿す存在は

飛翔の傍へと降臨する。




隣に立つだけで、今のボクには吹き飛ばされてしまいそうな強い力で……。




その雷龍の金色の瞳とエメラルドの瞳が、

ボクの視線を捕える。





「雷龍翁瑛、どうか力をお貸しください。

 ボクはあの桜鬼神を助けたい。


 桜鬼と咲をお救いください」




必死に祈るように告げる言葉。



その意を受け止めるように、龍の姿へと変えて

真っ直ぐに、金色の鳥の方へと雷龍は消えていく。




その後、流れ込んでくるのは雷龍・蒼龍・焔龍。



それぞれの御神体の龍が顕現して、

咲と言う少女の魂をゆっくりと浄化していく。




『汝が求めし世界は優しい。


 だが優しさだけでは、

 人は育たぬ。


 己が道を歩き、

 壁を超えて突き進む故に

 人の魂は輝きを放つ』




咲に言霊を投げかける、雷龍の声が

ようやく……ボクにしっかり感じることが出来た。



『人が育みし世界。


 優しいだけでは、

 決して思わらぬ

 闇の焔(ほむら)に操られし世界。 


 人は己が闇に迷い込み

 出口を見つける為に

 自らを追い込んでいく。


 それ故に放たれる、

 命の炎は輝きとなって

 汝に関わるものを包み込む』



『水の流れは絶えなるもの。

 慈雨に育まれし人の子よ。


 人に優しい水も、

 時に人に禍をなすように

 この地に住まう人もまた

 過ちを繰り返しながら

 時を刻む。


 それ故、放たれる

 水の調べは

 人の心を揺さぶり

 輝きを放ち、慈愛に満つる』



焔龍・蒼龍ともに言霊を紡いで、

咲の心は目覚めていく。



桜鬼の優しさに包まれて。





桜鬼が守りたかった少女はこれで助けられる。



次に守るべき存在は、桜鬼。

あのバカ野郎だっ。






咲と言う少女の心を助けて、桜鬼の元に駆けつけた時には

すでに桜鬼は疲れ果てて何時、その生を終えてもおかしくないような様だった。



覚醒した咲が桜鬼の名を呼びながら駆けつけていく。



咲が紅葉と対峙して必死に桜鬼を守ろうとしている。

そんな咲からボクたちが指文字を操るように、何かを描くと桜鬼は咲の胸元から刀を抜き取る。



その姿がボクには幻想的で、心の中に深く刻まれていく。




『これが最後の仕事』




そんな流れ込んできた声と共に姿を消した桜鬼。


戸惑う咲をボクは、金色の鳥で桜鬼の元へと誘っていく。

今のボクには、アイツが大切に思う存在を片時も傍から離さないようにすることだけだと思えたから。





我名は和鬼。


国主と桜鬼神、双樹を継ぐ者。



我民の安寧を厭い【いとい】その旅立ちを誘う。


……紅葉……。


汝が旅立ちを祝福しよう。

親友の元へ






再び歌声にもとれる、響きの韻が周囲を包み込むと

辿り付いた時には、紅葉と言う少女は桜鬼の腕の中でぐったりと倒れ込んだ。



そして桜鬼もまた、少女を抱きとめたままその場で崩れ落ちていく。





……咲……幸せに……。







最期の声と当時に、桜鬼が使っていた剣が風化していく。


紅葉の姿も風化して……咲の泣き声が響く中、

桜鬼の姿も薄れていく。




『旅立つのか……桜鬼神……』




雷龍たちの声が響く。





間に合わなかったのかと……後悔が押し寄せた時、

雷龍たちは咲へと再び問いかける。




『咲、汝が願いは聞き届けられた。

 新たな国王の誕生に我らより祝福の加護を』




暫くの間の後、雷龍たちは声を揃えて告げる。




それと同時に雷龍の指から次々と迸った雷光が

桜鬼の体内へと吸い込まれて消えて、焔龍の炎が桜鬼と優しく浄化していく。


そして最後に、蒼龍の水に抱かれるように彼は空高く昇って

この世界から姿を消した。





『国王たる咲が命ずる。


 桜鬼神・和鬼。

 汝が魂を解放する』





少女の声が凛と力強く響き渡った。




消えていく龍神たちの姿。



それと同時に、

ボクは崩れ落ちた桜瑛を抱きとめる。



そしてその後、膝をついて呼吸を整える飛翔と

同じくその場で座り込む柊の方へと駆け寄る。




「お前は無事か?」


「大丈夫だ……」


「さっ、帰るか……。

 俺たちの場所へ」


「うん……でもあの咲って言う少女は?

 一緒に連れて帰るの?」


「宝さま、それには及びません。

 咲さまは、この鬼の国の国主となられた御方。


 あの方には、天から託された新たな使命がおありのことでしょう。

 再び、時が繋がるその時まで……」




柊の言葉を受けて、

ボクたちはサクラの気配が強い場所へと意識を強く念じ続けた。



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