17.鬼の暴走 ボクの願い -神威-
「華月、調査の状況はどうなってる?」
ベッドから起き上がってすぐに、
マンションの最上階に顔を出していた華月に声をかける。
「ご当主、その前にまずは朝ご飯を。
朝食の後には、万葉が資料を揃えて参ります」
華月はそう言うと、テーブルの上に和食を並べ始める。
焼き魚・玉子焼・おひたし・煮物・味噌汁にご飯。
出されたそれらを黙々と食べ終えて、
再び声をかける。
「ごちそうさまでした」
両手を合掌して小さく声を出すと、華月に柔らかに微笑んだ。
「アイツは?」
「飛翔は朝からお仕事に行きましたよ。
今は飛翔も研修のみ。
仕事に行ける時は行かないと……」
そうかっ……。
そうだよな。
ボクと違って飛翔には仕事がある。
アイツはそんなこと、微塵にも顔に出さないけど
華月の言葉は、それにすら気が付かなかったボクへの未熟さを
指摘されたような気がした。
「自分の部屋にいる。
万葉が来たら呼んでくれ」
「かしこまりました」
背中を向けて、早々に自分の部屋へと戻る。
今もボクの脳裏に大きく過るのは、
あの鬼のこと。
そして依子と言う女の存在。
目を閉じれば……精神を集中すれば、
あの鬼のことがもっとわかるかもしれない。
もう一度、あの鬼とコンタクトが取りたくて
自室の一角、床に座って呼吸をいつものように整えていく。
整えながら、一生懸命あの鬼のことを考えて思って
意識を繋げようと望むものの、
こういう時に限って思うように繋がらない。
何度も何度も繰り返しては、失敗ばかりする中で
来客を告げるチャイムの音が聞こえて、
すぐに華月がボクを部屋へと呼びに来た。
精神を集中しながら鬼を追いかけるのをやめて、
床から立ち上がる。
立ち上がる間際、少しの立ちくらみを感じて
壁に手をついておさまるのを待った後、
二人の待つ、リビングへと足を運んだ。
「待たせてすまない。
万葉、調査結果をボクに」
そう言って手を差し出すと、万葉はボクの元に
茶色い分厚い封筒を差し出した。
依子の名前は、須王依子【すおう よりこ】。
あの桜塚神社の咲と言う少女が通った、
聖フローシア学院の高等部二年生だった存在。
今年の春、父親の芸能プロダクションの事業を失敗と同時に退学。
依子の父親、須王啓二【すおう けいじ】が経営していた事務所に
所属していたアーティストの代表がYUKI。
だがそのYUKIの容姿は、あの鬼そのもので。
「万葉、このYUKIの資料は?」
「ご当主が興味を惹かれと思いまして次の頁に調べてあります」
万葉の言葉を受けて、依子の調査結果を読むのを中断して
YUKIの資料へとうつる。
だがYUKIの資料は、思ったほど情報網がなかった。
由岐和喜【ゆき かずき】と言う本名以外は、
殆ど調査データーは残されていない。
依子の父親の芸能プロダクションが潰れた要因に、
YUKIの移籍問題があり、そのYUKIが移籍したのが
華京院財閥が経営する芸能事務所。
「万葉、YUKIに関する資料はこれだけか?」
「最後に、こちらをご覧ください」
そう言って万葉がノーパソを起動してボクに見せたものは、
街の防犯カメラが映し出した映像。
「ここと次のカメラ。不思議だと思いませんか?」
万葉に指摘された映像のカメラは、直線状に二機セットされていて
一本道の為、脇道などは一つもない。
ただ一台目のカメラから、二台目のカメラの間には
死角となりうるスポットが一か所あるのは、別の映像で確認されている。
だけど一台目のカメラに映ったものは必ず、二台目のカメラにも映るのが当然だった。
だけど事務所を出た後の、YUKIだけは違った。
一台目のカメラには映っているものの、
どの時間帯の防犯カメラのデーターも、二台目のカメラには
YUKIの姿は一切映っていない。
「万葉、引き続きYUKIについてのデーターを調査してくれ」
「現在も調査中です。
何か新しい情報が入りましたら、お知らせします」
そして再び、資料が綴られたファイルに目を通していく。
須王依子がある日、外出から帰宅して自宅で倒れているところを
父親が発見。
原因不明で眠りっぱなしなのだと言うこと。
「華月、柊と連絡はとれるか?」
「今、確認いたします」
そのままファイルを更に読み進めると、
そこには、譲原咲が消えた情報と先の母親のことが綴られていた。
咲の母親が住む住所を、携帯電話に打ち込んで地図を調べる。
「ご当主、柊佳殿は今は八城【やつしろ】にいらっしゃるそうです」
「八城?
咲の両親の家の近くだな」
今調べたばかりの住所を辿る。
「柊と桜瑛に18時に八城で合流したいと連絡を頼む。
調査資料を開示して、お互いの意見を聞きたい」
「お伝えします。
さっ、ご当主。夜からお務めになるのでしたら、
今はご無理は行けませんわ。
一族への代行は私共が。
ご当主は、もう暫くお部屋でお休みください」
「万葉、夕方鷹宮まで車を出せ」
「はいっ。ご当主」
万葉はそう言うと、深々とボクに頭を下げる。
再び自室に戻ったボクは、
先ほどと同じように、精神を集中して何度も何度も
鬼の軌跡を辿ろうと試みる。
何度も何度も挑戦するものの、上手く行かなくて
ふと、ベッドで力を抜いて眠りについたその時、
不思議な感覚がボクをあの世界へと連れて行く。
★
見知らぬ世界の中、
鬼は消えた女の子を必死に守ってた。
消えた女の子の傍には、
鬼の存在を知る、もう一人の鬼。
その鬼と少女の傍から、逃げ出すように
去って行く鬼。
*
……ボクの血はもう赤く染まっている。
その罪は親友を殺したその日から消えることはない。
だったら……先を悲しませる存在をボクは今一度……
★
そんな意識が流れ込んできて慌てて飛び起きる。
何時の間にか、ベッドサイドの時計は16時30を告げる。
あの鬼は……あの咲の母親を手にかけるのか?
何となくそんな風に思ってしまった想いは、
簡単に消せるものではなくて、
ボクは慌ててベッドから飛び起きてリビングへと向かった。
「華月、万葉、今すぐ鷹宮まで車を出せ。
柊と桜瑛にも、譲原咲のの母親の自宅へと向かわせろ。
後、鷹宮の飛翔にすぐに連絡をとれ。
アイツも一緒に連れて行く」
声を荒げて姿を見せるボクに、
驚いたように華月と万葉対応する。
「時間がないんだ。
早くしなきゃ、間に合わなくなる。
今のボクだけじゃ、あの者たちを助けられない」
そうやって叫ぶと、二人はすぐにボクが動きやすいように準備してくれる。
鷹宮までは万葉の無運転で向かって、
鷹宮で職場まで入っていって、飛翔を見つけると、
そのまま白衣姿のアイツの手をひいて院内から連れ出す。
「おいっ神威っ。仕事中だ」
「知ってる。
だけど……もう時間がない」
悪い予感がする……。
押しつぶされそうな不安の方が大きすぎて、
呼吸が難しくなるボク。
「神威、とりあえず止まれ。
お前は深呼吸」
そう言うと飛翔は立ち止まって、白衣のポケットから
電話を取り出して何処かに連絡をしているみたいだった。
「神威、出掛けるんだろ。
このまま駐車場に向かっても鍵がない」
そう言うと飛翔は、ボクの肩をポンポンと叩いて
そのまま建物の方へと戻って行く。
再び姿を見せるまでの間、ボクにとっては凄く長い時間で。
何度か深呼吸を繰り返しながら、
建物の方を見つめ続ける。
白衣を脱いだ見慣れたアイツが、鞄を手にしてボクの方に近づくと
そのままアイツの隣を歩きながら、当たり前のようにアイツの車へと乗り込んだ。
「何処行くんだ?」
「譲原咲の母親の自宅」
告げながら住所を見せると、
飛翔はナビに入力してそのまま車を走らせた。
間に合って欲しい。
ボクの中に流れ込んでくる、
黒い意識に鬼が飲み込まれてしまう前に。
飛翔が運転する車は、ドンドンと加速してナビの案内と共に
目的地へと近づいていく。
「神威、目的地の近くまで来た。
住宅街だから後は探しながらだな」
そう言いながら飛翔が周囲に視線を向けながら、
車の速度を落として走らせる。
ふいに何かが歪んだような感覚が脳裏に広がって、
その場所の景色のような場所が浮かんでくる。
「公園…パン屋さん」
「公園?今、通過した。
パン屋……何か見えるな」
そう言いながら車を走らせる飛翔は、
パン屋さんらしくない民家で販売されているパンを見つける。
そうこうしている間に、見慣れた柊の車を見つけた。
「飛翔、あそこ。柊がいるっ!!
それにアイツだ」
陰に紛れるように動くアイツを視線の先で見つけると、
ボクは慌てて停まった途端の車から飛び出して
鬼の姿を見かけた通りへと走っていく。
ボクが駆けつけた時には、
先に到着していた柊が、蒼龍を召喚してその家の女の人を殺そうとしている
鬼の動きを止めている最中だった。
「間に合ったか。
おいっ、お前。
誰が勝手に暴走しろって言った?」
目的の家の中へとボクは上がり込むと、
水圧で飛ばされて地面に叩きつけられた鬼の胸倉を掴む。
ボク自身の感情が制御できずに、
ただ強く胸倉を掴み続けるボクに「やめろ、神威」っと
飛翔が言いながらボクを羽交い絞めにした。
握り拳を作って鬼を殴りたいと思った衝動。
だけどボクがアイツの腕の中で落ち着いたのを感じ取ると、
飛翔はすぐに、鬼が殺そうとしていた女の方へと駆け寄って
何かをやりはじめた。
ボクの傍にゆっくりと近づいてくる柊。
「宝さま、御無事ですか?」
「柊、あの鬼はどうなる?」
「悪いようにはなりません。
心優しい貴方が、あの鬼……桜鬼神を思い続けるのであれば
龍神はお応えくださいます。
どうぞ今は、私の氷蓮にお任せを」
柊はそう言いながらボクに微笑んだ。
蒼龍と対峙続ける鬼をボクは真っ直ぐに見つめる。
鬼を覆う真っ黒い皮膚が、前よりも酷くなっているのが感じて取れた。
「柊、お前には見えるの?
あの鬼の真っ黒い皮膚。
あの鬼はどうして皮膚が黒くなっているの?」
疑問に思っていたことを柊にぶつける。
「さぁ、それは私にもわかりません。
ですが私に伝わってくるのは、桜鬼神の悲鳴のような声・嘆き・罪悪感」
「ボクと同じ……」
「神威だけだと思わないでっ!!
もう渋滞してて到着するの遅くなっちゃったじゃない。
それに約束の時間よりも皆、到着してるのが早いなんて信じられない」
そう言って息を弾ませながら姿を見せたのは桜瑛。
「柊さま、あの鬼の為に私たちが出来ることは?」
「そうですわね。
あの桜鬼神の望みを叶えてあげることでしょうか?
あの者はもう長くは持ちますまい。
それは私の氷蓮が言っていた確かなこと」
「私もちゃんと、焔龍にお願いする。
あの桜鬼【さくらおに】の神様を助けてくださいって」
「えぇ。
秋月の巫女、それが宜しゅうございます」
柊がそう言ってボク達の会話をまとめた頃、
飛翔が倒れていた女の傍から、ゆっくりとボクの方へ歩いてくる。
「あの人は大丈夫だ」
「そう」
飛翔が言うなら安心……だ。
あの鬼は、あの人を殺さずに済んだ。
ボクは鬼の方へと近づいていくと、
鬼は何故か蒼龍との会話の後、涙を流しながら微笑んで『もういいよ』っと
ゆっくりと口を動かした。
だけど……そんな時の鬼は、
何かを企んでいる気がして、ボクには新しい胸騒ぎがする。
「桜鬼、何を企んでる?」
ボクは鬼を睨みながら、鬼の身を封じるために言葉に魂を宿らせる。
「桜鬼として。
ボクの地を守るものとして成すべきことを」
鬼は憑き物が落ちたように穏やかな様子で告げた。
「アナタは?」
ふいに僕たちの方に近づいてきて、声をかけるのは今回の一番の被害者かもしれない
あの神社の孫の母親。
その視線は鬼の方へと向けられている。
「ボクの名は、桜鬼神(おうきしん)。
咲はボクが守ります」
力強く宣言した鬼は、そのまま闇に紛れるように姿を消した。
それと同時に、蒼龍の手によって一気に破壊されたような惨状になっていた家は
柊の術によって元の何もなかったかのように時間を修復させていく。
あまりの一瞬の出来事に、その家の住人たちは唖然としている。
その人たちにも、柊は指文字を描いて何かを施しているみたいだった。
それが記憶を少し触っていたのだと、その直後に気づかされる。
あの鬼を追いかけて訪ねてきたボク達は、何時の間にか『咲久が依頼した祓師』っと言うことになっていて
中心に立つ柊と、その関係者と言う立場で一連の出来事を聞き出すことが出来た。
譲原咲の母親の異変が始まったのは六月の初めごろ。
そして六月の終わりから今日に至るまで、
少女が現れては、いつも同じ言葉がリフレインして、
金縛りにあったように思い通りに動けない日々が続いていた。
*
アナタの家族を壊すなんて
私には簡単なの。
アナタの家族を守りたければ
咲を追い詰めなさい。
咲をもっと苦しめなさい。
私からYUKIを奪ったあの子を。
あの子が居なくなれば、
YUKIは私だけのモノになるわ。
*
その少女の姿は資料にあった依子と同じ姿だと確認して貰った。
最後、柊が厳重に結界を施してその家を後にすると、
それぞれに車へと乗り込んだ。
助手席に座った途端に、一気に緊張が解けるのがわかる。
「疲れたか?」
「平気」
「そうかっ。
飯でも食って帰るか……」
「うん」
エンジンがスタートして、心地よい振動と共に走りだす車。
「飛翔……ボクは見届けるよ……それがボクの……」
願い……。
疲れてしまっていたボクは、
飛翔の車の中で安心したように眠りに落ちてしまった。
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