13.鬼と言う存在 -神威-
飛翔に海神寮まで送らせた後、
ボクは窓際から、桜塚神社があった方角をじっと見つめる。
あの鬼と繋がる神社が、
こんなにも近くにあったことに正直驚きを隠せない。
ずっと昂燿校に通い続けていたボクが、
アイツと出逢って、海神校へと転校した。
そしてあの声を聞いて……今に繋がっている。
*
ボクがこの地に来たことも偶然ではなく、
必然だったと言うならば……ボクは……。
*
「神威、帰って来てるね」
部屋の外でノック音が聞こえて、
ボクのデューティーの声が聞こえる。
ドアを内側から開くと、
そこには心配そうにボクを見つめるデューティーがそこに居た。
「ご心配おかけしました。
そしてその節はご迷惑おかけしました」
想いを告げてお辞儀をする。
「神威、体の方はどうだい?」
「ご心配には及びません」
「まだ病み上がりなんだ。無理はしないんだよ。
今日の夕食はどうする?
皆で一緒に食べるかい?
それとも、部屋で一緒に食べるかい?」
ボクを気遣う声。
「大丈夫です。
皆と同じようにホールへと向かいます。
お支度が整いましたら、デューティーの元へ伺います」
ゆっくりとお辞儀をして、ボクはそのまま
他の同級生たちがいる方へと歩いていく。
寮に戻ったら、当たり前のようにある寮生活。
何処も同じだと思っていた寮生活も、
昂燿校の厳しさと違って、海神校はデューティーが
必要以上に過保護に近づいてくる気がする。
昂燿のデューティーは、着かず離れずの絶妙な距離感で
見守ってくれていたイメージが強かったのに。
そんな関係に、少し疲れを感じながらも
ボクは、夕方からの寮生活をデューティーや寮生たちと共に過ごした。
夕食、勉強会、談話会。
それらの時間を終えて、自室に戻った後は
再び、窓際に立っていつものように生吹【いぶき】の練習を繰り返す。
これはボクが、雷龍翁瑛に認められるために必要な修行だから。
ボク自身がこれから歩くべき道程を決断したのだから……
その為に必要な努力は惜しまない。
そうボク自身の心に誓った。
ずっと修行の後、ボクはベッドに倒れ込んで
丸まりながら布団を被って眠りについた。
眠りの中……ボクは、またあの鬼を見つけた……。
暗闇の中、苦しみながら逃げるように、追いかけるように
彷徨い続けるその鬼をボクは夢の中で追い続ける。
真っ赤な紅葉が、鬼を縛るように絡み続けてる。
その紅葉に触れようと手を伸ばしても、
紅葉はボクの手をすり抜けていく。
桜吹雪が紅葉から鬼を守り続けるように、
はらはらと、舞い続ける。
そんな空間を越えて、明るくなったその場所に降り立ったボクは
寂しそうな味気ない枯れた世界に足を踏み入れた。
枯れた木々と落ち葉だけが空間に広がり続ける世界。
地面に降り立ったボクは、その枯れ枝を踏みしめながら
ゆっくりと真っ直ぐに伸びる道を歩き続けた。
視界に広がるのは、あばら家。
そのあばら家の中、
苦しげに倒れ込んで魘されている鬼の姿を見つけた。
その鬼の傍に駆け寄って、
ボクは座り込むと、柊に教えて貰った通りに呼吸をかえて
右手の一点に力を集中したいと念じる。
掌がじんわりと熱くなったのを感じて、
鬼の上にそっと手を翳した。
*
『神威、儂の傍に』
幼い頃、怪我をしたボクに父さんが
温かい手を翳してくれた。
そしてボクに笑いかけた。
『手当だよ。
直ぐに良くなるよ』
*
頭の中で、父さんの懐かしい声が重なって
ボクも無意識に、鬼に向かって同じ言葉を紡いでた。
「手当だよ。
直ぐに良くなるよ……」
ただ惹かれるように紡ぎたくなった言葉。
ボクは鬼の目が開かれるまで、その手を翳し続けた。
瞼がピクピクと動いて、暫くたった後
鬼の目がゆっくりと開いた。
その鬼は驚いたようにボクをじっと見つめる。
「お前が呼んだのか?
ボクを……」
その鬼にボクは最初に声をかけるものの、
鬼はボクの声が聞こえないのか無反応だった。
ボクの姿に感じているように思いながら、
鬼は何事もないように、あばら家の中で立ち上がる。
立ち上がった鬼の体を、じっくりと観察すると
鬼の皮膚が変色していることに驚いた。
「お前っ……。その体」
鬼に向かって言葉を発すると、
鬼は無言のまま、ただ寂しそうに、
そして嬉しそうに微笑んで真っ直ぐにボクを見つめた。
鬼がゆっくりと伸ばした掌から無数の櫻の花弁が舞広がって
ボクの体を取り囲むように舞い続ける。
『帰らなきゃ。
ボクの帰るところへ……。
帰りなさい君が居るべき場所へ』
鬼の口がゆっくりと何かの言葉を紡いだ後、
ボクは一気に何かに引きづり戻されるように覚醒した。
ベッドの上で飛び起きて枕元の時計を見つめると、
夜中の2時半を少しまわったくらいだった。
もう一度ベッドに潜り込んで眠ってみようと思っても、
あの鬼の存在が気になって、眼が冴えてしまった。
眠れないや……。
誰も居ない空間に呟いて、体を起こすとそのままパジャマを脱ぎ捨てて
私服へと着替える。
窓際に立って窓ガラスをゆっくりと明けると、
ボクは一階なのをいいことに、そのまま柵を越えて寮を飛び出した。
今は桜塚神社へ。
あの鬼を探しに行きたい。
アイツを助けなきゃ……。
ただそれだけを考えながら、
海神寮から学院を門を抜け出して、
桜塚神社まで駆け抜けた。
途中、警備員さんに見つからないように息を潜ませて隠れながら。
勢いだけで、
こんな大胆なことが出来てしまうボク自身。
それと同時に、
アイツの顔が思い浮かぶ。
*
父さん……母さん……
ボクにあの鬼を守る力を。
*
心の中で念じながら、最後の坂を駆けのぼろうとしたボクは
次第に足が重怠くなっていく。
何だろう、空気がとても真っ黒に見える。
空気が真っ黒なはずはないのに……。
足を踏み出すのも辛くなって、その場に立ち止まると
ゆっくりと深呼吸を試みる。
必死に空気を吸いこもうとするのに、
空気が肺の中に思うように入ってこない。
もがくように必死に、呼吸を整えようと
儀式を繰り返す。
息吹を生吹に……。
そしたらボクは、ボク自身でこの身を守れる。
お願い……ボクは、あの桜の木のところまで行きたいだけなんだ。
雷龍翁瑛、ボクの意に応えて。
必死に召喚の指文字を空間に向かって描き付ける。
一心不乱に……。
ふと金色にひと際輝く光。
その後……金色の雨が、ザーっと降り注ぐ。
一瞬のうちに降り注いであがった雨の後は、
あの息苦しさも、真っ黒に淀み過ぎた空気も消えていた。
「行かなきゃ」
まだ目的の桜の木には辿り着いていないから。
一気に体力を奪われた感覚を抱きしめながら、
ボクは残り半分の坂をゆっくりと駆け上がった。
視界に映るのは大きな桜の御神木。
美しい桜の花弁は、今は見えない。
ゆっくりと近づいて、桜の木に持たれるように座り込みながら
ふと頭上の枝を見つめる。
アイツは居ないのか。
……あの鬼に会えると思って此処まで走ってきたのに……。
そのままボクは疲労から力が尽きるように眠り落ちてしまった。
『君は来てはいけないよ』
夢の中、ボクはまたあの鬼の声を聞いていた。
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