8.神威の能力 母の愛情 -飛翔-


鷹宮で勤務中に病院に電話があった旨の呼び出しが入る。


慌てて嵩継さんの承諾を貰って、回診中の病棟から抜け出して

最寄りのステーションへと入った。



「早城先生、三番に西園寺病院の西園寺先生からお電話です」



西園寺病院……。

神前傘下の病院が俺にどんなに用事だ?



「有難うございます。水谷総師長」



嵩継さん曰く、この病院のラスボスに声をかけて

深呼吸して保留を解除する。



「お待たせしました。早城です」


「こちらこそお忙しい時間にすいません。

 徳力神威君の通う海神校の校医をしています、西園寺総合病院の西園寺天李【さいおんじてんり】です」



西園寺天李。

紡ぎだされた名前は、母校・神前悧羅学院の二代目御三家の名前。


中等部・高等部こそ、悧羅を離れた身とはいえ、幼い頃から染みついた習慣は拭えない。



「甥の神威がお世話になったのでしょうか?」


「今朝方、寮で倒れているところをデューティーに発見されて、

 グランデューティが私のところに連絡を入れてきた次第です。


 診察の結果、著しく体力が低下しているように思えたことと

 少々、不眠が続いているように思いましてご連絡した次第です。


 鷹宮にいる早城君なら僕より詳しいと思いますが、状況によっては

 専門医の、裕の力を借りることも検討してみてください」


「有難うございます。

 責任者の許可を得て、私も海神に神威を迎えに参ります。

 それまでお願いします」



その場で静かに電話を置いた後、慌ててステーションを飛び出していく。



こう言う場合、嵩継さんか?

それとも……。



「早城おはよう。そんなに慌ててどうしたの?」


慌てる俺に声をかけたのは、鷹宮千尋。

そして千尋の隣には病院長。


「千尋、悪い。

 海神校で神威が倒れた。

 少しの間、病院を抜けたいんだ」


「神威君が倒れたの?

 それは早く行ってあげないと。

 お父さん、早城の穴は僕と勇人でカバーすれば……」



千尋の言葉に、半ば苦笑しながら、知らない間に名前が挙げられた

勇に心の中手を合わせる。



「おはようございます病院長。

 千尋、早城。

 

 早城行きたいんだろ。迎えに行っておいで。

 この後、私が引き続いて勤務に入ります。


 それで宜しいでしょうか?」



突然、声をかけて会話に入ってきたのは、城山先生。



「城山君がそう言うなら、早城君、甥御さんのところに行ってきなさい。

 城山君、千尋を頼む」



そう言って何処かに歩き出した病院長に黙って一礼をして、

千尋と城山先生を見送ると、ロッカーの中に白衣を脱ぎすてて

愛車の方へと駆け出す。


手には携帯を持って、華月の元に先ほどの一報を連絡する。



総本家からマンションの方に昨夜のうちに移動してきていた華月は、

撫子さんから連絡を貰ったのだと俺に告げた。



マンションに帰って車を乗り換えると、華月を乗せて再び海神校へと車を走らせる。



門の前で神前の卒業生の証であるリングを翳して卒業生としての認証を終えると、

車で門を潜り、その場でセキュリティーチェックを行う。



警備室の受付で身分証明のデーターの中に、在校生・徳力神威の叔父であることも追記して貰う。

  


そのまま促された駐車場に車を停めると寮の医務室へと俺と華月は向かった。




「失礼します。徳力神威の保護者です。遅くなりました」



ドアを開けて中に入ると、すでに西園寺さんは病院に戻ったのか

養護教員らしきスタッフが、デスクワークをしていた。



「どうぞ、一番の奥のベッドで徳力君は点滴の処置をされながら眠っています。

 先ほど西園寺先生は病院から呼び出しが入って戻られました。


 養護教員兼看護師の資格を持っています、稲田【いなだ】と申します」


「徳力神威の後見人を務めます、徳力華月と申します。

 こちらは」


「神威の叔父、徳力飛翔。

 この度は、神威がお世話になりました。

 目覚め次第、今週は自宅に連れ帰っても宜しいでしょうか?」


「そちらは、徳力君と話し合ってお決めいただければと思います」


「神威の元にはいけますか?」


「どうぞ、こちらになります」



そのまま稲田さんに案内されて連れられた奥のベッドでは、

点滴を受けながら、眠り続ける神威の姿を視界に入れる。


点滴に記された薬品名から、栄養剤と安定剤が使用されていることを知る。




点滴の薬品が神威の体内に吸い込まれていくのをベッドサイドで見ながら、

西園寺さんに言われた言葉を思いだす。



裕先輩の力が必要になるかもしれない現状。


だけど……その時が万が一来てしまうなら、

裕先輩よりも、その道を目指す二人の親友に託したいと望む俺自身。




「ご当主」



ふいに華月が神威を呼ぶ声が聞こえて、

俺は神威の方に視線を向ける。


反射的に体を起こそうとするアイツの前に腕を一本出して、

それ以上起き上がらせることをやめさせる。



「起きるな。じっとしてろ」



神威は諦めたようにベッドに沈むと、その隙に傍にあって消毒綿を手に取って

アイツの腕に刺さっていた点滴の針を抜き取る。



「神威、暫く自分で押さえてろ」



そのまま、空っぽになった点滴のバックと使用済みの針を

稲田さんの元に持っていく。



「世話になった」



それをそのまま預けると、再び神威の方へと向かう。




「ご当主、何をお考えでしょうか?」



神威が窓の外に視線を向けるのを感じて華月が問う。



「華月、少し席を外してくれ。

 後は俺がする」



そう言うと華月は静かに立ち上がって、ベッドの傍から離れていった。



「神威、今週は海神を休まないか?

 今日は木曜日だ。木・金と二日間休んで週末。


 今は体を優先にするべきだろ。

 校医から連絡があった。


 不眠が続いているみたいだと……」


「ボクも気になることが多すぎて、授業には集中出来ないだろうな。

 わかった。帰るよ、マンションへ。


 だけどマンションに戻る前に、行きたい場所がある」


「行きたい場所?」


「うん。夢に見るんだ。何度も何度も。その場所に咲く、満開の桜は凄く美しくて

 そこには金色の角を宿した鬼が居るんだ」


「鬼?」


「うん。ボクは今、毎日その鬼の夢を見てる」


「わかった。

 華月に頼んで、万葉や柊さんに情報を貰おう」



俺がそう言うと、神威は珍しく素直に頷いた。



素直に頷くほど、体は疲れているのだろうか……、

それとも、俺を通して亡き父を思っているのだろうか?



目を閉じたアイツの黒髪を何度か撫でて、ベッドを離れる。



そのまま今週は早退と欠席の手続きをとって、寮の宿泊願いも出して

眠ったままの神威をベッドから抱き上げると、俺は車へと移動させた。



後部座席、華月を膝枕に眠り続ける神威。

マンションの部屋に送り届けて、俺は鷹宮へと戻った。



城山先生にお礼を告げて勤務を終えてかえったのは22時を過ぎた頃。



神威の状態によっては、もう一度点滴出来るように、

嵩継さんに処方箋を出してもらって、持ち帰ってきた薬品と道具。




三年ほど前から勇を筆頭に、鷹宮に近いこのマンションは

鷹宮のドクターたちの寮としても一部提供している為、同じマンション内へと

続く二台の車。



俺の愛車の隣にとまったのは、青のシルエイティー。



「早城が安く部屋を貸してくれたから、通勤が楽でいいよ。

 まっ、オレには寝に帰るだけで勿体ない部屋だけどな。


 お前の甥っ子さん、ついでに様子見て帰るよ。

 お前さんも一人じゃまだ不安だろ研修医」



そう言いながら地下の駐車場から彫り物のあるエレベ-ターに乗り込んで

最上階のボタンを押す。


高層階専用のエレベーターは、専用の許可証があるものしか止めることは出来ない。


 


そのまま最上階の俺たちの部屋のドアを開けると、

ずっと付き添い続けていた華月が、俺たちを迎え入れる。




「お帰りなさいませ。

 飛翔……、そちらは確か……」


「嵩継さん。

 俺の指導医で、おふくろの面倒見て貰った主治医。


 家に戻る前に、神威の様子見に来てくれた。 

 俺はまだ研修医だしな。

 勝手なこと出来ないから」



そう言うと華月は、俺たちを家の中にあげる。



そのままアイツが眠っているであろう寝室へと嵩継さんを連れて向かうと、

部屋の前でノックしてそのまま開ける。



真っ暗な部屋の中、もぞもぞと動く塊。

壁際のスイッチをいれて灯りをつける。




「神威、何してる?起きてるだろ。

 布団を置いて、少しベッドの上に座れ」



そう言うと、アイツは言われたとおりにもぞもぞと行動に移す。



「神威、俺と一緒に働いてる嵩継さん。

 様子見に来てくれた」



緊張しているのか、一気に口数が少なくなった神威。



そんな神威の診察を終えて、再びアイツは予定通り

持ち帰ってきた点滴をセットしていく。



「さぁて、風呂入ってとっとと寝るか。

 点滴やって、後処置しておけよ。お休み」



そのまま神威の部屋を出ていくと、階下の部屋に戻って行くのが伝わった。



「ほらっ、嵩継さんのお達しだからな。

 腕だせ」



言われるままにアイツは腕を俺の方に出す。


どっちの血管の方が入りやすいのか見極めて、

消毒綿で皮膚をふき取って、そのまま点滴の針を挿入する。



注射も点滴も、昔からわりと上手く出来たが、

真っ直ぐにじーっと俺を見つめ続ける視線を感じながらは緊張する。



「ほらっ、後は眠ってろ。

 点滴終わったらはずして俺も寝る」


「まだ眠くない……」


「なら眠くなるまで傍に居てやる」


「なぁ、飛翔。ずっと同じ夢を見ることってあるのか?」




ふと紡いだ神威の言葉。



「毎日、同じ夢を見るのか?」


「うん。ずっと同じ夢ばかり見る。さっきも見てた。

 桜の木が凄く綺麗な場所で、その鬼はずっとその下に広がる街並みを見てたんだ。

 

 だけど今はその鬼はずっと苦しんでる。


 助けてってボクにずっとずっと、伝えてくるんだ。

 だけどボクは、どうしたらあの鬼が助けられるかわからない。


 ボクはどうしたらあの鬼を……救える?」




思いだしながらゆっくりゆっくりと夢の話をする神威。


だけど点滴に一緒に混ぜた安定剤と睡眠導入剤の効果が出て来たのか、

最後の方は呂律が怪しくなりながら、スーっと眠りについていく。



神威が眠りについたのを確認して、俺は少しアイツのベッドを離れる。



そのままリビングに姿を見せると、華月が連絡を取って招き入れた柊が

ゆっくりとお辞儀をした。




華月・柊の向かい側に、万葉と俺が座ると

神威から聞いた夢の話を伝える。



俺の話を聞いた後、柊はゆっくりと口を開いた。




「宝さまが見られた夢は紛れもない現実。


 桜の木が美しい神社。

 その神社は、宝さまが通学される、海神校のすぐ傍にあります。


 神社の名は、桜塚神社。

 地元の人間には、塚本神社とも呼ばれています。


 桜塚神社は、桜鬼【おうき】を祀る神社。

 そして、その地は近年、気が乱れ、場に歪みが生じています。


 近日中にも私自身も向かわねばと、危惧しておりました」




柊が気にかけるほどの場所を、アイツは夢で知ったと言うのか?


だがアイツにはその力を、アイツの母親である心凪【みなぎ】さんが

その命を持って封じたといってなかったか?




「だが神威の力は封じられている」


「えぇ。お姉さまが、ご当主の力は封じました。

 そしてそれ封印が敗れたとは、私も思えません。


 ご当主のお力が暴走しているとも……。

 柊佳殿、どういうことなのでしょうか?」


「飛翔殿と華月さまが心配なさるようなことにはなってはいません。

 ただ……生まれ持つ、宝さまの力が、宝さまの意に応えて

 その片鱗を見せているのかもしれない。


 ご当主は、自らの意志で扉を開きたいと望んでいるのではないでしょうか?

 そのようにも私には思えるのです」




アイツが……生まれ持つその力を欲している?




アイツの母親が、どれほどの愛情を持ってその力を封印したとはいえ

そのを上回る望みには、どれほどに強固な封印も解かれてしまう。




そう言うことなのだろうか?




*


助けてってボクにずっとずっと、伝えてくるんだ。

だけどボクは、どうしたらあの鬼が助けられるかわからない。


ボクはどうしたらあの鬼を……救える? 


*



先ほど、神威がずっと必死に訴えたその思いを辿る。






「貴重な話を有難うございます。

 明日も早いので、神威の様子を見て今日は休みます」



立ち上がってお辞儀をすると、そのまま神威の部屋へと向かう。



そのまま空っぽになるのを見届けて点滴を外すと、

シャワーを浴びて、自室のベッドへと倒れ込む。





アイツはアイツで、今もずっと暗闇の中に居続けているのかも知れない。

俺自身が、ずっとそうだったように……。




アイツの気持ち、兄の想い、義姉の想い……俺たちの想い。



何が正しくて、何が間違いなのか

そんなのわかるはずもないし、答えなんて最初からない。



ただ……俺が思うのはただ一つ。



アイツを当主としての飾りではなく、生神でもなく、

ただ一人の徳力神威として見つめ、アイツの好きにさせてやること。




徳力の何縛られ続ける生活を強いられるアイツを、

ほんの一時でも、何かから解放してやれることがあるなら

俺はそれを守ってやりたいとすら思う。



俺自身が逃げ出した時間と、真っ向から向き合い続けるアイツを

守り続ける為。





これからアイツの身に何が起きようとしているのか、

想像すらも出来ないなか、ただ不安だけが押し寄せる。



だからこそ、俺は……もっと勉強して医者として成長しておきたい。

アイツの身に、どんな異変が起きようとも、対処できるように。



その為に……今は俺にとっても重要な時間なのだから。




俺は今、俺自身が成すべきことを確実にやり遂げる。



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