第5話 精霊剣 -3/3-
プラグは、リゼラに連れられ木の下まで来た。
「ナダ=エルタ……出て来てくれるか?」
プラグが呼ぶと、ナダ=エルタが姿を現したのだが、その様子にプラグはたじろいだ。
「ごめん、実体化させてくれる?」
リゼラには見えないので、プラグは「実体化してくれ」と声を掛けた。
「うう、ひぐ、ぐぅ、うぅぅ、もうしわけありません……ぅぅう!!」
実体化したナダ=エルタは泣きじゃくって、しゃくり上げていた。ほとんど号泣だ。
リゼラが戸惑って声を掛ける。
「どうしたの、大丈夫? 貴方は、ナダ=エルタだったからしら。新しい精霊よね?」
「はい、ここでは一番の、新参者です……」
「どこから来たの? プレート狩り犯のプレートだったって聞いたけど」
「ふぇええええん!!」
すると、ナダ=エルタはまた泣き出したので、二人はしばらく宥めた。
「……ぐすっ……私はセラ国の、北の端っこにある、雪山で生まれました……パラケラ山っていう、氷の名産地です。ぐすっ。それで、人に捕まって、でも戦いには使われることも無く、お城に運ばれて、厨房でひたすら氷を作ってました。でも、よく分からないけど、誰かに奪われて、いつのまにかここに……つい二年前のことです……だから、戦いのこと、よく分からないんです……!」
リゼラが大きく口を開けた。
「二年……? ってもしかして、生まれて二年!?」
ナダ=エルタの言葉にはプラグも驚いた。
二年というと、本当に形を持ったばかりになる。新精霊だと言っていたが、そこまで新しいとは思わなかった。
「はい……ラ=ヴィア様が、お料理が得意だって聞いていたから、私でも何かできるかなって、手を挙げちゃったんです! だって誰も、全然プラグさんにつきたがらないから……!」
「ああ……そうなのね。プラグ……、首席候補は戦闘が大変そうだからって、中々、決まらなかったものね」
リゼラが少し考え、そして、プラグの耳元に顔を近づけた。
「ねぇ、あのラ=ヴィアはあなたのプレートなのよね……?」
小声でプラグに聞いてくる。
「……はい。巫女の妹が封印して、その流れで俺が預かっています」
プラグは頷いた。
「隊長から、渡すのは一年後って聞いているわ。困ったわね。この場合、どうしたらいいのかしら。さっきの感じだと霊力は足りてるから、形状選びからした方がいいのかも」
「形状選び……?」
これは初めて聞いたので、プラグは瞬きをした。
リゼラは頷いた。
「ええ。私、一度やった事があるのよ。仲間にもらった精霊の一枚が、私の身長くらい大きな剣でね……そもそも私、長剣は苦手だったの。だから精霊に形状を少し短くしてもらって、使いやすいようにしたの。それでも長くて、結局使えなかったんだけど――あ。作り直しをした精霊は今、ナージャさんが持ってる『イダル=セセナ』なんだけどね。私は背があんまり高く無いから、振り回されちゃうの。ナージャさんならいけると思うんだけど――そうやって、器用な精霊は持ち主の好きな形に、武器を変えることもできるの。イダルみたいに、限界もあるんだけどね。もしかしたら、この子は若いから、自分なりの剣の形がまだきちんとできないのかもしれないわ。プラグは長剣が得意でしょう? あ、でもそれはラ=ヴィアがいるのかしら? 形状は知ってる?」
リゼラが言った。
プラグは正直に答える事にした。
「たしか、妹は、ラ=ヴィアは長剣だったと言っていました」
ラ=ヴィアはしっかりした長剣で、プラグは一番扱い慣れている。
「そう。妹さんって、アメル・ドーゼさんよね。あの、凄い浄化を考えた巫女の。もう一本の形が分かってるならいっそ短い剣とか、双剣にしてみるのもいいかも……見たところ、同じ水一族だったから、いっそ、かぶらない方が使いやすいかも。入れ墨が赤いのは珍しいけど、あの入れ墨、水でいいのよね?」
「だと思います。正確には違うらしいですが、妹は、ラ=ヴィアは水鏡……鏡と水の精霊だと言っていました」
プラグは頷いた。リゼラは案外、精霊をよく観察している。優秀な精霊使いの特徴だ。これは、ここの隊士なら皆そうなのかもしれない。
「ああ、複合属性の精霊なのね。たまにいるわね……ええと、吹雪とかみたいな?」
「はい。きっとそんな感じです」
精霊は一つの属性だけを持っている者もいれば、名前によって違う属性の効果が入る者もいる。例えば『吹雪』などは『風』に近い力を持っている。そして『氷』『雪』『風』などを使った多彩な攻撃ができる。ただ純粋な威力では『雪』や『嵐』などに劣る場合があるので一長一短だ。
と、ここで、リゼラが声を潜めた。
「……あなた、隊長に詮索無用って言われたから、相当な訳ありでしょ。まあ深くは聞かないわ――。ナダ=エルタは、この子と同調(シーラ)してみてどうだった? いけそうだった?」
するとナダ=エルタが勢いよく首を振った。
「とてもじゃないけど、私には無理です! 誰か他の方に変えて下さいぃぃ!」
リゼラはナダ=エルタの頭を撫でて宥めた。
「まあまあ、一旦、落ち着いて。どんな感じがした? 嫌な感じとか、痛かったりした? 相性が悪かったり嫌いだったりすると、そう感じるらしいんだけど……実は、私は亡くなった先輩から『霊力が足りてるのに砕ける場合は、精霊の気持ちの問題だ』って教わったの、どうかしら……心当たりは?」
するとナダ=エルタがさらに泣きながら「すみませんん!」と言った。
「私、じつはまともに戦ったことなくて! しかも、なんか、凄く力が強くて、恐かったです……! うううっ、いっきに、ぶわって……なんですかあれ……! 形にするだけで、いっぱいいっぱいで……うう、すみません、プラグさん……ぐすっ」
プラグはいつも通り、ラ=ヴィアと同調するようにやったが、ナダ=エルタには、だいぶきつかったらしい。
……羽を失って、霊力の調整が上手くできなかったので『このくらいかな? 強ければいいだろう』と適当にやったせいもある。それでも手練れの精霊なら上手く合わせてくれるのだが、経験の少ないナダ=エルタは怯えてしまい、強度に影響が出たのだろう。これは大いに反省した。
「俺も加減が分からなくて。とりあえず全力でやっていました。ナダ=エルタ、ごめん、次から気を付ける」
プラグは項垂れた。ナダ=エルタは人見知りというか、引っ込み思案というか、あまり本音を話さない精霊らしい。
精霊同士で情報交換をしているだろうから――本当はプラグに対して、もっと言いたい事があるのだろうが、プラグの立場を慮って自分のせいにしているのだ。今も首を振って「ううう、気にしないで下さい、悪いのは私です!」と言っている。
……おそらく精霊達は、この新しい精霊にプラグの正体が『精霊』だと言う事さえ、伝えていないのでは?
ラ=ヴィアが精霊達に口止めしてくれたが……。
彼女が口止めにどういう方法をとっているのかは、いつも、いまいち分からない。
精霊に対するラ=ヴィアの影響力は凄く、何故か、ダンゴムシとかミミズとか聞こえてくる。プラグが尋ねると、皆が首を振って『今あるお菓子の原型はほとんどラ=ヴィア様が考えました!』と言って逃げ出してしまう。あまり手荒なやり方はするなと言っているのだが、ラ=ヴィアはラ=ヴィアだから仕方無い。
……プラグが実は大精霊であると言うことは、ナダ=エルタが上手くプラグとやっていけそうになったら、きちんと打ち明けるべきだ。
(それ以前に、俺がここでやっていけるか心配になってきた……)
こんな調子では、いつか人間でないとバレてしまう。
先日のテストも解ける問題が出たので、どうするか悩んだあげく、優秀そうなアドニスもいるし、わざと手を抜くのは良くないと思って解いたらああなった。元捨て子がどうして解けるのだ? と思われただろう。
実際にアドニスには聞かれた。どこで勉強を教わったのかと。
ここでもプラグはカルタ伯爵を持ち出した。
『養父が、領主の大学で優秀だったから、色々教えて貰って。いつか領主にもなれるようにって……選択の幅は広い方がいいとか何とか』――と、嘘八百、口から出任せを言った。
一応、先日、カルタ伯爵に手紙を書いて『最近、色々、養父に教わった事にしているので、今後、誰かに何か聞かれたら上手く口裏を合わせて下さい』とお願いしたのだが……伯爵の溜息が聞こえて来そうだ。
こんな事を続けていたら、絶対に怪しまれる。手を抜いたであろうシオウを見習いたい。
「あーなるほど……そういう感じだったのね。確かに、プラグは初めてには向かないかも……武器を作った経験が少ないなら、まずは小さい短剣とかで慣らすものいいかも。武器が大きいと精霊も力を使うって聞いた事があるわ。どう?」
するとナダ=エルタは、頷いた。
「そうかもしれないです。端っこまで、しっかり形を作るのが大変で……小さい方が、まだいいかも……」
「プラグはもう長剣はあるから、上手く行けばいいやくらいの感じで、形の変更、やってみる? 精霊は長く生きていると、作り直しできない事が多いし、術者が使えないときは、交換が主流だけど、貴方はまだ若い精霊だから、慣れたら、長剣にも短剣にもなれるように、なるかも? できたら強みになるし、プラグはいろんな武器が使えるから安心よ。上手くできなくても、長剣はできるんだし。色々試すのはありだと思うわ」
リゼラの言葉に、ナダ=エルタは表情を明るくした。
「――はい、やってみたいです!」
リゼラは少し手を伸ばしてナダ=エルタの頭を撫でた。
「よしよし。偉いわ。良い子ね。それでやり方なんだけど……皆、一通りは知ってるけど、たぶん、やったことがあって一番詳しいのが私なのよね。皆、器用だから何でも武器使えちゃうもの。じゃあ……そうね、今度の休み、武器選びするから、それまで私のプレートで練習しましょうか。それとももう少し、ナダ=エルタとやってみる?」
言われてプラグは、ナダ=エルタを使った方がいいと思ったが、少し考えた。
「――武器選びというのは?」
「先輩は、精霊が自分で理想の武器を形作る……って言っていたわ。つまり実際にある短剣を精霊に見せるの。武器庫のでもいいんだけど……ちょっと地味よね? 私、いっぱい短剣やタガーを持ってるし、皆も色々持ってるから、その中から選ぶのは?」
「そこまでしてもらって、いいんですか?」
プラグは驚いた。
「いいのよ。それに、長剣だと霊力が足りない子も結構いるみたいだから、ちょっと試しに、知識としてやっておくのも、いいかもしれないわ。あら。だったら授業でいいかも? うん――また先輩とも相談するから、ごめん、保留で。今日はどうしようかしら? 十分経ったし、もう結界は終わったわね……。巫女さんは余裕ありそうだけど……もう一回行く?」
リゼラが訓練の様子を見る。今は結界が解かれ、休憩となっている。幼い巫女達は『まだ余裕あります』と言った様子でこちらを伺っている。
プラグは首を振った。
「今日は、無理せず、このまま、ナダ=エルタと少し話をしたいです。やっぱり、俺の所に来てくれた精霊だから」
「そう、怪我もしたしね、分かったわ、休んどいて。あと――」
リゼラが、プラグの左頰を思いっきりつついた。
「アルスちゃんに謝る事! いいわね? すごくびっくりしたと思うわ。途中、少し見たんだけど、貴方が上手く受けるから、どんどん、遠慮なく力を出したように思えたわ。実力差があるなら、きちんと今はどうするか、恥ずかしがらずに! 遠慮せずに伝えるのよ。照れずに。わかった?」
恥ずかしがらずに、と言われてプラグは目を丸くした。
「はい。反省します……俺は言葉が、足りないようです……」
言う途中で、プラグは思わず赤面して項垂れた。
恥ずかしい――確かに、アルスと話すのは少し『恥ずかしい』。
声を掛けるのも一瞬ためらったのだ。
「よしよし、いいわ。じゃあね」
リゼラは笑って手を振って去って行った。
(リゼラさんは、すごい人間かもしれない……)
プラグは小柄な後ろ姿に、深く頭を下げた。
■ ■ ■
アルスは手が震えてしまい、次の手合わせを断って、結界の端で少し休んでいた。
その間、コリントが『盾』を起動させたまま、周囲を警戒しながら近くにいてくれて、心配して、声をかけてくれた。
「大丈夫か。水飲む? やっぱ人数も多すぎだよなぁ……」
「ああ……びっくりした……」
アルスは深呼吸を繰り返しした。
(プラグでも、失敗する事あるのね)
アルスはぼんやりとプラグを見ていた。リゼラとプラグは木の側で会話をしていて、リゼラの後ろ姿が見える。
プラグの右側に、ナダ=エルタが実体化したのだが……明らかに泣いている。
プラグは困惑しつつ、リゼラに何か説明をしている。結界の端――アルスの位置からだとプラグの表情やナダ=エルタの泣き顔がよく見えた。
ただ、会話は聞こえない。
これは結界の仕様だと座学で習った。結界の中と外では会話ができないし、一度結界を張ってしまうと、結界を解くまでは結界の中と外で行き来することもできない。
例外は強い巫女が、中から解除の祝詞を唱えた場合。この場合は、他の三人が結界を維持していても、強制解除されて結界は無くなる。
あともうひとつの例外として『手紙』のプレートがあれば結界の内側と外側で会話ができると言う。
「あー泣いてるな~。あのコ、新入りだから慣れて無かったんだろうな。首席――じゃないか。首席候補の剣はきついからな……」
「中々、決まらなかったって聞きましたけど……、精霊って強い人に使われたがるんじゃ、ないんですか……?」
アルスは首を傾げた。
プラグは精霊に人気がありそうと思っていたのだが、実際は違った。
「いやそれがな。精霊って基本、争いごとが嫌いで、平和が好きなんだよ。空でも眺めて、好きな事をしてのんびりしたい、って感じでよ。それを無理に戦わせてるから、いちいちサボるやつもいるんだ」
「そう、なんですか……」
「ま、リゼラに任せとけば大丈夫だろ。あいつ、俺達の時の首席だから。長剣は苦手で、中剣――なんか中途半端な長さの、ハーフソードとか、タガーとか、短剣とか使うんだけど、めっちゃくちゃ強い。なんでも『北の魔女』の家系で怪しい術とか使うし。精霊の扱いも上手いから」
「――魔女……?」
初めて聞く言葉に、アルスは瞬きをした。
「まあ、この辺は本人に聞いてくれ。何度聞いても、よく分かんないから。……震え、収まったか?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
アルスは微笑んだ。
魔女の事が気になって、震えはどこかへ消えていた。コリントが苦笑する。
「ま、次くらいに、また戻って来たら、謝っとけ。俺、偶々、見てたけど、たぶん、お前を弾き飛ばさないようにっていうか、お前が頭から転ばないように手で払ったんだと思う。まだ跳んだ後、着地できなさそうだったから……遠慮せず受け止めりゃいいのにな。たぶん『掠風』を使う場合は、着地と受け身の練習もした方がいい。あとは風切りの制御か。その辺、追い追いな」
「はい! ありがとうございます」
アルスは大分落ち着いて、頭を下げた。
「よし、じゃあ。お、戻ってくるかな――」
その時、アルスはプラグを見た。
リゼラに指で差されたのか、目を丸くして。顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに固まっていた。そして、目を輝かせて、笑って頷いた。
それから、こちらに戻ってくるリゼラを綺羅綺羅とした瞳で見つめ、最後に深く頭を下げた。
その後も、彼女の後ろ姿をずっと見つめていた。
アルスは、驚きすぎてぽかんとしてしまった。
プラグ、あんな表情をするの……? と言う。すごい衝撃だった。自分がここまで驚いた事に驚いてしまった。
(――でも、ああそうか)
プラグはアメルの事を話す時、たまにああいう顔をする。
……のんびりして、おっとりして、シオウに負けそうで、か弱い。
アルスが見ていた『プラグ』や、皆が格好いいと言っている『プラグ』は、きっと、全部、彼が演じている『優等生の自分』だったのだ。
アルスにも覚えがある。
ストラヴェル王国には、王子が一人、王女が二人いる。
アルスは第一王女なのだが、母親は第二王妃……つまり側室だった。
第一王子、兄のタスクラデアと、第二王女、妹のミアルカは正室――王妃の子供だ。
アルスは自分で言うのも何だが、才能に恵まれていた。
勉強はできたし、サーベルもレイピアも得意で、体を動かすのも好きだった。セラ国にいたときは、勉強は好きなだけさせてもらえたけれど。本当はもっと、乗馬もしたかったし、長剣も習いたかった。
けれど、側室の子供なので、あまり目立たないように息を潜めていた。
アルスがあまりできてしまうと、妹のミアルカが比較されてしまうのだ。
ミアルカはまだ十歳になったばかり。出会ったのは帰国してからで、その時、ミアルカはまだ五歳だった。王妃は母親を失ったアルスを温かく迎えてくれた。ミアルカも初めは余所余所しかったが、今ではずいぶん打ち解けている。
ミアルカは勉強があまり好きでは無く、運動はいまいちで、我が儘なところがあるが、可愛いし、素直で良い子だ。王族としての自分の立場を理解して、日々成長している。
けれどアルスが、出来すぎた。
……ミアルカにはミアルカの良い所がある。アルスより良いところもあるのだが、まだ幼く、素直で、人の噂を真に受けてしまう。
だから、姉と比べて妹は――なんて言われて欲しくなかったのだ。
(……お母さんがいなくなってからは、もういいやって、勉強や、剣術の稽古ばかりしたけど……。ミアルカの事を思ったら、あまり良い事じゃ無いのよね)
アルスは溜息を吐いた。
アルスはいつも、どうせ外国に嫁ぐのだし……と窓の外を眺めていた。
いっそ、さっさと嫁ぎたいとさえ思っていたのだ。
ありのままの自分を出す事ができないから偽っている。
……プラグがアルスの事を知らないように、アルスもまだプラグの事を知らないのだろう。
その後、プラグはナダ=エルタと話し始めたのだが、その合間にも、リゼラを見ていた。
その眼差しの切実なこと。見ているこちらがドキドキするような、初めて見る……表現しにくいが……大人っぽい表情だった。
――アルスは思わず赤面した。
(待って、え? プラグ、もしかして、今、リゼラさんに一目惚れしたの? うわ、すごい瞬間見ちゃったかも!!)
アルスは一人はしゃいだ。
■ ■ ■
「では、今日はここまにしましょう。今日上手く行かなかった子は、明日、武器替えをやってみるから、何事も挑戦よ! 頑張りましょうね! あ、巫女さんたちに拍手を! お疲れ様です! みんな頑張ったわ!」
リゼラが力強く拳を握るのを、プラグは尊敬を以て眺めた。
彼女がいると場が明るくなる。候補生達への拍手はリゼラや他の隊士にも注がれているのだ。
(リゼラさんは本当に凄い人だな……)
よく分からないが、大切な何かを教わった気がする。
彼女の事は一生尊敬して、尊重したいと思った。
手本にしたいというか、ああなりたいという……。
初めて感じる気持ちで、プラグはこれはどういう感情か、と考えたが……一番近そうなのは『憧れ』だろうか?
(なるほど、これが憧れ……いい感情だ)
プラグは一人頷いた。
長く生きていると、感情の変化に疎くなる。
精霊の生活は、穏やかだが、変化に乏しい。アメルがいなかった頃は、長年動かず、目も口も開けないなんて事もあった。話し相手がいなければ、そもそも話す必要が無い。
プラグにとって、感情は少し遠くにある物だったから、人の振りをしていると楽しい。生き物やそうでない物を見る度、こんな物があったのか、と驚く事もある。生き物はどれも純粋に可愛いと思うし、今はそうでない物も、いつか精霊となり、命が宿るかも……と思うと、もっと楽しいのだ。
結界でプラグ達の会話は聞こえないので、ナダ=エルタには、プラグの事情を包み隠さず話した。
プラグが大精霊であることに始まって、ラ=ヴィアの正体や、この先、プラグがしたいこと、しなければならない事。精霊騎士を目指す理由も全てだ。
全部話す必要はなかったのだが、リゼラの人柄に感化された。
アルスともよく話せと言っていたし、確かにプラグはいつも言葉が足りない。
それで精霊達を困らせているのだと、深く反省した。
リズにも初めからこうします、と言っておけば、無駄に気を遣わせることは無かったのだ。
……その結果、ナダ=エルタは座ったまま目を回している。
「ごめん……終わったみたいだから、行こうか」
「はひ……はぃいい! 今まですみませんでした……! はひぃぃ……!」
ナダ=エルタが土下座した。
「私はミミズですダンゴムシです! 思い上がってすみませんでしたぁあああ……!!」
ナダ=エルタまで他の精霊と同じ事を言い出してしまったので、プラグは額を押さえ、溜息を吐いた。
「しっかりしてくれ。君は、俺と一緒に戦うんだ。君が俺を選んだ以上、君の主は俺だし、俺も君を使いたい。羽を無くしたから、ちょっとここでやっていけるか心配だけど、もし退舎する時は、君を連れていけるようにリズに頼んでみるから。そのつもりで」
「はひぃぃぃぃ……! ひいぃぃぃ……! ひぃぃ゛んん……! がんばります~~!」
「その意気だ、偉いぞがんばれ!」
「ひぇえええええ!!」
リゼラを手本に応援してみたのだが、ナダ=エルタは更に震えて縮こまった。
「――何やってるの?」
声を掛けてきたのはアルスだ。プラグはぎょっとして振り返った。
「精霊をいじめてるの?」
と、不安げな表情をしている。
「あ、違う、これは……」
「泣いてるじゃない……?」
「いや、これは違う」
「違います~~! 私は駄目な子なんです~~!! うわーん!」
ナダ=エルタは泣きべそを掻いている。感情豊かというか。元気な精霊だ。
「……そんなことは無いわ。コリント隊士に聞いたんだけど、あなた、新しい精霊なんですって?」
アルスは、プラグがいつか見た、覗き込むようなしぐさで、ナダ=エルタに話し掛けた。
「はい……」
「どのくらい新しいの?」
「……ええっと、生まれて二年です」
「えっ二年? 嘘!」
アルスが目を丸くする。ナダ=エルタが、自分が不慣れでプラグに恥を掻かせてしまった、と言って嘆いた。
するとアルスは、苦笑して、プレートを取り出した。
「私のウルもね、自分のせいでプラグに怪我させちゃった、って落ち込んでプレートから出てこないのよ。ウル、聞こえる? 私は全然、そう思って無いわ。プラグが怪我したのは、私の勢いが良かったせいだし、私が転ばないようにしてくれたんだって、コリント隊士が言ってたもの。むしろ、プラグに怪我させるなんて、凄い事よ。喜んでいいくらいよ!」
アルスはナダ=エルタに手を差し出して「ほら立って」と言った。
ナダ=エルタはきょとんとして、慌てて立ち上がった。
そしてアルスは、ナダ=エルタを少し向こうに連れて行って。何やら耳元で話した。
「――ええええっ!? そうなんですか!?」
ナダ=エルタが驚いて、プラグを見た。
「そうそう。だから元気出して。一緒に、これから頑張って行きましょう!」
「はい……! 頑張ります!」
何を言ったのだろう、とプラグは首を傾げた。
■ ■ ■
アルスが風呂に行った後、プラグは予習の手を止めて振り返った。
ナダ=エルタはご機嫌、と言った様子で、実体化して、プラグのベッドに寝転んで、流行の本を読んでいる。あれは確か、ラ=ヴィアが読んでいた恋愛小説だ。
「ナダ=エルタ。そう言えば、アルスに何を言われたんだ? ウルもすごく元気になっていたけど……」
プラグはナダ=エルタに気になっていた事を尋ねてみた。
――アルスの『謎の言葉』は効果覿面で、なんとあのウルまでが立ち直り、目を輝かせて騒ぎ始めたのだ。ウルは霊体のまま、アルスと一緒に風呂場に行った。
悪い占いが的中した……と、ウルの落ち込みようは酷かったのだが……一体何を言えばああなるのか。不思議で仕方無い。
「えっとですねー!」
――プラグにとって、本当に幸いだったのは、ナダ=エルタが正直者だったことだ。
話を聞いた後、心底そう思った。
「ちがう……! それは誤解だ!」
プラグは思いっきり否定した。
なんとアルスは『プラグがリゼラに惚れた』と言って精霊達を元気づけたのだ。
――女性精霊は、恋愛となると大騒ぎをする。
精霊の恋愛自体が珍しいのだが、百年に一度、ぱっと話が出る度に皆が大騒ぎしていた。
……効果覿面な訳だ。
「ええ? でもけっこう、がっつり……見てましたよね? 私、確信しました! 応援しますから! ほら、今は精霊と人間の結婚もある時代ですし。この本だって、精霊と人間の、恋のお話なんですよ。リゼラさんなら優しいし、かわいいし、完璧です!」
「いや違う、彼女はそういう相手じゃない。尊敬というか、とても人間ができた人だな、と思って見ていたんだ……!」
「ええっ?」
「とにかく違う。アルスにも、他の精霊達にもそう言っておいてくれ。リゼラさんの耳に入る前に! 今すぐ、駆け足で行ってこい! ほら!」
「ええええっ、今からですか!?」
「ああ、行け、命令だ!」
――ちなみに会話は古代ゼクナ語だ。
「はい……! みんな~、すみません、誤解だって~!!」
ナダ=エルタはばだばたと出て行った。
「はぁ。全く精霊は」
プラグはベッドに腰掛けた。
「なんか大変だな……」
「いや、お前程じゃ無い……」
左の机では、シオウがイルとコルに挟まれて焙られていた。
「大分慣れた。まあこんなもんじゃね? レガンはいつもこのくらいだったし、ふつーふつー」
シオウは頬杖などついて、飄々としている。
「その図太さを分けてくれ……」
プラグは溜息を吐いて、ベッドに寝転んだ。ふと、ナダの読んでいた本が目に入る。
「恋愛物か、これ、そういえばアメルが読んでいたな」
プラグは題名を見て言ったのだが。「ぇ」というシオウの声が聞こえた。
「お前、読むの? そういうの」
「俺じゃ無くて、アメルが。流行り物は一通り読んでる」
「ええ……まじか……俺、題名で挫折したぜ」
「意外と面白いぞ? 読むか?」
「いや、俺はいい……しっかし、恋愛か。女は好きだよなぁ。何でだろ」
「本当に、どうしてだろうな」
そこでふと、プラグは気になった。シオウの想い人の事だ。
「そう言えばシオウ、お前――」
「戻りました!」
「あ」
しかし、ナダ=エルタが、ウル=アアヤと、アルスを連れて戻って来てしまった。
「みんなの誤解、解きました! すみませんでした!」
ナダ=エルタが言って深く頭を下げた。ウル=アアヤも必死に頭を下げる。
「解けたならいい。全くアルスも、そんな勘違いしないでくれ」
プラグは少し頰を膨らませ、眉を顰めた。
「そうだったの? ごめんね。でもあんまり真っ赤になってるから。絶対そうだと……本当に違うの?」
アルスはまだ疑っているようだ。
急いで来たのか、髪を布で包んだままだ。寝間着のワンピースを着ているだけで、内履きの中は裸足だ。プラグは礼儀として目を反らして、溜息を吐いた。
「誤解だ……えっと、なんで赤くなったんだっけ……」
プラグは首を傾げ、思い出した。そして確か、恥ずかしかったからだ、と思った。
プラグはアルスに対して遠慮していたのだ。言葉が足りないというものまさに、本当にその通りだった。
「ちょっと、図星を指されて恥ずかしくて。こんな的確な事を言うリゼラさんは凄い人かもしれない、と思ったんだ」
「図星って?」
アルス自分のベッドに座って、髪を拭きながら聞いてくる。
「言葉が足りないと言われた。実力差があるなら、ちゃんと相手に、どうするか、どうしてほしいか伝えるようにって。なるほどと思った」
「ああ、そうだったの……それは誤解だったわ。ごめんね。そうだ謝っていないわ。改めて、ごめんなさいね。切っちゃって、痛かった?」
「いや、そこまで。風で切ったからだと思う」
「そうなの?」
アルスが首を傾げた。
「うん」
プラグは頷いた。
「――それで?」
アルスがまた、大きく首を傾げた。
「それで……?」
プラグも大きく首を傾げた。
「説明は? 風って何? どう痛かったとか、どうしようと思ったとか。詳しく言って」
「……え?」
プラグはまた首を傾げた。必要な事と思えなかったのだ。
それよりも。謝るのを忘れていた……と思った。だがアルスは風について知りたがっているし。説明した方が良いのかもしれない。
「……難しいな」
プラグは考え込んでしまった。全て話すとなると、長くなるし、今、彼女は髪が濡れているから、先に拭いた方がいい。翌朝、寝癖で困る事になる。と思い、そうだ。とひらめいた。
「アルス、そうだ。その髪、ウルの力で乾かせるかも。後、シオウのイルがいたら、もっと早いかも――あ、先に拭いた方がいい。寝癖になるぞ」
さすがにこれは分からないだろう、と思って最後に付け加えた。
するとアルスが、ぽかんとした。
「どうしてそうなるの? 大分飛躍したわね……聞きたいのはそこじゃ無いんだけど……まあ、いいわ。どうすればいいの?」
「そうだな、シオウ」
「え」
シオウは黙って机に向かっていたのだが、呼ばれて振り返った。
「じゃなくて、イル、ちょっと、手伝ってくれ」
プラグはイル=ナーダを手招いた。
「精霊結晶があれば早いんだが……、アルスはベッドに座ってくれ。それで、イルはここに近づいて。ウルは、その後ろから風を送ってくれ。そしたら、冷たい風がちょうど温かくなるはずだ。それで、拭きながら髪の毛を梳けばかなり早く乾くと思う」
イル=ナーダが近づき、ウル=アアヤがすぐ後ろから、手で扇ぎ風を起こした。
「! 本当だわ! 温かい!」
「もう少し強くてもいいかもな。髪、梳こうか?」
「えっ……そうね手本を見せて」
「ベッド、乗るけどいい?」「いいわよ」
プラグは履き物を脱いで、ベッドに乗って、アルスの後ろに回った。
「櫛は?」
「そこにあるわ」
アルスのブラシを借りて、まずざっと拭きながら乾かしていく。
「もう少しこっちも。そうそう」
時折ウルに指示を出して、乾かしていく。もう一度拭いて、軽く梳くと大分、水気が取れた。
「こんな感じで。かなり違うと思う」
「すごい……! すごいわ! もう乾き始めてる。これ、皆に教えていい!?」
「ああ、多分、精霊使いは皆やってると思う。カルタの巫女達もこうやって、楽してた」
プラグはアルスに櫛を渡して、残りはアルスが自分でやったのだが、アルスは遠慮なく「次、右側」「左。後ろから」「もうちょっと強く! 全体的に! ここ、真っ直ぐ!」
などと指示を出している。精霊を使う、良い練習になりそうだ。
そして三十分も掛からずに乾いてしまった。
「わぁあっ! 感動したわ……! これ、今から皆に言ってくる! 誰かいるかしら。ナージャはどうかしら……! イル、ウル、ナージャの部屋に行きましょう!」
アルスはナージャと仲が良いらしい。ぱたぱたと出て行こうとした。
「髪、片付けとく――」
「あっ、ありがとう!」
プラグは見送って苦笑した。部屋には簡単な箒とちりとり、雑巾があるので、箒とちりとりで片付け、屑籠に入れる。ついでにアルスのベッドの上も整え、部屋の床も掃除した。
「お前って結構、まめだよな」
シオウが椅子の上で足を上げながら呆れた。
「たまに言われる」
プラグは苦笑した。
長く生きていると、ある程度、掃除や整理はしっかりしておかないと、とんでもない事になるのだ。埃が凄く積もっていたり、道具が風化していたり、蔦で窓が開かなかったり、気が付いたら雑草だらけだったり、部屋にキノコが生えていたり、カビや虫が発生していたり、鼠が本を囓っていたり、いつの間にか地形が変わっていたり……どれも本当に大変だ。
そして掃除の後、アルスに謝り損ねた事に気が付いた。
■ ■ ■
プラグが遅いな、と思いながら机に向かっているとアルスが笑顔で戻って来た。
「ただいま!」
イル=ナーダとウル=アアヤの姿は見えない。
シオウが既に寝ていたので、気付いたアルスが声をひそめる。
「ナージャ達に貸してきたわ。他の子も興味津々だったから、ナージャの髪でやってみせたの。火と風を持ってる子はやってみるって、他にも色々、便利になりそう。冬は最高よ! ――あら、ベッドの上も片付けてくれたの? 床も全部、綺麗になってる……いつもありがとう」
アルスはベッドに腰を下ろした。
プラグは机から、アルスのベッドを振り返って答えた。
「いや。プレートがもっと安ければ、皆、使えるんだけど……」
プラグの言葉にアルスが頷いた。
「確かに、でも、そういう、日常での使い方はあんまり研究されていないのかしら。精霊結晶があれば、もっと便利になるのに」
「供給が難しいからな……今のところ、精霊使いの贅沢になってる思う。でも、どこかやっている国はあるかもな。セラ国とか、聞く限りでは進んでいそうだけど。どうだった?」
プラグは椅子をアルスのベッドに向けて、少し近づき、話し始める。
一応、シオウを起こさないように声は潜めているが、シオウは一度寝ると朝まで起きない。
「そうねー……聖女修行は、巫女修行みたいなものだから……使っていなかったわ。案外、ストラヴェルの方が自由なのかも。セラ国は厳粛な所があったから」
確かに、セラ国は歴史や伝統を重んじる国だ。ストラヴェルのように、貴族に五人、六人も妾がいたりしないし、歓楽街も少ないだろう。
そしてプラグは、言いたかったことをようやく口にした。
「そうかなるほど。ところでアルス、昼間はごめん。本当は、きちんと受け止めるべきだった。避けられたけど、避けたら、君が顔から落ちそうだったから……今度から危なかったらそうしていいか? 腕を掴んだり……当て身を入れたり……? 腰を掴んで、抱きとめたり?」
プラグとしてはこれが心配だった。
相手は人間の女性だから、どうすればいいのか分からないのだ。他人の体に、無闇に触っていけないというのは分かっている。
けれど『風』の精霊剣は特に危ない。
――精霊なら首根っこを掴んでも、抱きついても気にならないのだが。難しいものだ。
するとアルスは、苦笑した。
「勿論良いわよ。なんだ、そんな事を気にしていたの。危なかったら、どこを掴んでもいいわ。貴方なら安心だもの、あでも、あまり、胸やお尻に触るのはやめてね。肩とか、腰ならいいわ」
「それは勿論」
プラグは頷いた。
「じゃあ私はそろそろ寝るけど、貴方は?」
「俺も、もう寝る。アルス、今日の宿題は?」
「ご飯の後、すぐやったわ。偉いでしょ」
「ああ――本当に偉い。消すけど?」
「ああ、待って」
アルスはカーテンを閉めた後、少しだけ顔を出した。
「ねえ、明日、リーオ隊士に聞くつもりなんだけど。これから、自主訓練に付き合ってくれない? ナージャ達とも、朝の走り込みとか、夜、少し鍛練したいって話してきたの。プラグが言えば、多分許して貰えるって」
「アルスでもいいと思うけど……?」
「勿論、私も行くわ。けど隊長さん達の部屋がどこか知らないの。リゼラさん達も、最近、朝はいないでしょう? どうすればいいのか、注意とか、どこを走れば良いのかとか、しっかり聞きたいのよ。監督が必要かもしれないし」
「ああ。なるほど。じゃあ、明日の朝行こう。おやすみ。アルス――」
プラグは「ル・レーナ」で灯りを消して横になった。
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