「老子ちゃんは何もしないことをやめるそうです」

ネコネット

第1話 老子ちゃんなんにもしない事もない……。

「何もしていないのではないのですよ。何もしていないを今してるでしょ」


 そう幼女が小さく呟いた。


 漢服の幼女が山道の脇で寝そべっている。

 何をするでもなく、幼女は穏やかな顔で仰向けに寝転がっている……。


 その幼女の周囲で森の小動物達が寝息を立てて寝ている。


 壊したくない。守りたい世界とはこんな世界なのかもしれない。


 この幼女は老子ろうしと呼ばれている。

 姓はろう、名はあざな天寵てんちょうといった。


 老子ちゃんの容姿を簡単に表現するならこうだろう。


 まだ幼く小さい。


 歩き始めて間もない幼児というわけではないが、児童保育が終了したという程度の幼さである。

 手足も当然ながら比例して小さい。

 着ている漢服は少しサイズ大きく、そのせいかより幼い印象を与えている。


 肌は真っ白で髪の色は薄い銀色をしており、その髪はオデコの中心で綺麗に真一文字に整えてある。


 少し変わった特徴があるとすれば、額に銀白色で、桜の花弁の様な模様が、紅葉型に刻まれてるくらいのものだ。


 身に着けている装飾は一見地味だが、どこか高貴さを持っており、山道の脇で寝そべっているのには違和感はあるが、本人はまったく気にしていない様子だった。


 本人は自然と一体化しているつもりのようである……。


 そして、ひたすらに何をするでもなく穏やかな顔で寝転がっている。


 俗人には分からぬ領域での行いなのか、本当にただ、だらけてるだけなのか判断がつかない。


 何ともつかみどころがない幼女。

 それが老子ちゃんである……。


 そんな老子ちゃんを見て使い魔の虎兎ことは、ため息を混じりに老子ちゃんに語りかける。


 虎兎は老師ちゃんの、

「何もしてないのを今している」

 という発言が気に入らないようだ。


「ねえ、老子ちゃん。近くに村があるからそこまで行こうよ。 ねぇ!  このまま何もしないでいたら、今度こそお腹が減って、動けなくなって死んでもしらないよ」


虎兎ことちゃんは、心配症だなー。悪をなさず、自然の理に逆らわず、生きていればそうそう悪い事になんてならないのよん」


 そう言って老子ちゃんは寝そべりながら、近くの虎兎を指先で優しくツンと触る。


「あたしには船底に穴が空いて、ゆっくりと沈んでいく船に乗ってる気分ですよ。もうちょっとしっかりしてくださいよ……」


「大丈夫だって、ほら耳をすませてみて。何か聞こえない?」


 老子ちゃんにそう言われて虎兎は耳をすませる。


 虎兎ことは老子ちゃんが生み出した精神物理生命体である。


 その姿はパッと見た感じ、生後まもない虎であり、白と黒の縞模様している。

 そして、尻尾は二股に分かれて少し長い。


 虎兎ことは老子ちゃんの偉大なる精神から生み出されし、物理的に干渉できる精神生命体というふざけた存在だが、しっかりと自我が備わっている。


 そして、その性格は生みの親の老子ちゃんと異なる。というより、のんびりな性格の老子ちゃんに比べて、かなりせっかちな気性の持ち主である。


 だからこそ、あまりの老子ちゃんの無為自然なキャラについていけず、家出をしたくなる時があるとかないとか。 


 それでもなんだかんだ老子ちゃんが好きな虎兎ことは、基本的はいつもそばにいるのであった。


 ふいに、虎兎は山道の向こうから何かが来る気配を感じた。


「老子ちゃん。何か来るよ」


 何かの気配を察してか、老子ちゃんの周りにいた小動物達は起き上がりゆっくりと四方に去っていった。


 虎兎ことが少し警戒して周りを見渡すと、山道を歩く少年の姿が確認できた。


 虎兎ことは「何だ子供か?」と言ってと小さく息を吐き、安堵した。


「老子ちゃんが、思わせぶりに言うから警戒しちゃったじゃないですか、ホント、もう!」


 …………。


 老子ちゃんは虎兎ことの声は聞こえていないかなような態度で、変わらず寝そべったままだった。


 山道から表れた少年は何かを考えているような態度で歩いていた。


 そして少年はそのまま近づいて来て、老子ちゃんと虎兎ことを見た。


 その時、虎兎ことこう思った。


 たまたま、通ったらそこに変な幼女と、見慣れない動物がいたという程度の認識。


 その少年は老子ちゃんを気にもかけずに、そのまま通り過ぎるだろうと虎兎は思った。


 だが結果は違っていた。


 少年は老子ちゃんを見て立ち止まり、何かに気づき、こちらを向かっていきなり平伏したのだ。


 そして、その後に続いて哀れみを誘う声音で、こう言った。


「旅の高名なお方とお見受けします。

 どうか……。どうか、僕の村をお助けください!」




ーーーーーー


 神春秋時代しんしゅんじゅうじだい

 神大帝国は神の力を探るためにあらゆるじゅの研究に民の血税を投入した。


 その結果、神大帝国は天の怒りに触れてしまった。


 大陸中が邪悪な気が満ち一部の獣が悪の気を帯て妖獣、妖魔となり人を好んで襲うことも珍しくない存在になった。


 そして賊が蔓延り、神大帝国の衰えからそれらは野放しにになり、神大帝国は荒廃の一途を辿り大少様々な国に分かれてしまい争いの絶えない大陸となった。


 この世界は弱肉強食のルールがストレートに表現され、弱者は強者のいいなり。強さこそ正義の厳しい世界が基本まかり通るようになっている。


 そんな中で唯一の救いは、邪悪な気に負けない強い心を持った傑物という存在である。


 傑物とされる人物には、必ずこの世の理とは別の力が宿り、その証として身体のどこかに印が刻まれる。勿論、我らが老子ちゃんの額にも印は刻まれている。


 この印を見たから少年は気づけた。老子ちゃんが傑物であることを。


 だが……。老子ちゃんは傑物でも心は天国、無為自然。やる気も何も何もありません。


 寝転がったまま少年の存在をガン無視老子ちゃん。


 少年は平伏したまま。

 その姿をチラッと確認……。


 面倒だなーと思った老師ちゃん。


 そんな老子ちゃんの思いを察した虎兎ことが少年の前に出た。


「駄目だよ。老子ちゃんは、今は何もしないことをしている最中だから、助けてくれないよ。何もする気もやる気もない状態の、老子ちゃんはテコでも動かないのよ」


 平伏していた少年はびっくりして顔を上げた!

「老子様!?  そのお方は老子様とおっしゃるのですか?」


「老子ちゃんも有名になったものね。こんな田舎の少年でも知ってる傑物になってたのね! やっぱり都の悪鬼退治の件が効いてるのかしら? それとも、不老長寿の秘密を解き明かしたことかしら? それとも、うーん……」


「老子様の噂はよく伝えきいております。老子様といえば、大きな尻尾の兇悪虎のような獣を従え、世に蔓延る悪漢どもを打ち倒し、救われた村や町は数知れず。見返りも求めず、人々に人道を説き、天下の正道を極めた素晴らしいお方だと聞いています」


 少年は礼儀正しく老子ちゃんを見つめる。その瞳は、伝説的な存在に憧れる少年の無垢な瞳そのものだったが……。


 孫武の老子ちゃんに対する知識は偏りがあり、 虎兎ことに関しても、少しばかり情報が足りてないようだった。


「兇悪な虎……」


 虎兎ことは少しガッカリしたのか、その小さな身体をさらに小さくしてため息をついた。


虎兎ことちゃんはこんなに可愛いのにね」


 褒められて少し機嫌を良くしたのか、老子ちゃんは虎兎ことの頭を撫でながら起きあがり虎兎ことを膝の上におくようにして、姿勢を正した。


 老子ちゃんの膝の上で少しげんなりしている虎兎の姿を見て、少年は何か悪いことを言ったのか少し考えたが……、そのまま話を続けた。


「老子様どうか……。どうか村にいる山賊を退治してくだい。お願いします!」


「いきなり言われても老子ちゃんは動かないよ」

 虎兎は切って捨てるように言った。


「やりましょう! 山賊退治」


 老子ちゃんの180度な気の変わりに様に、びっくりする虎兎。


「え! 老子ちゃん。今は何もしないことをするんじゃないの?」


「それはやめて。村を救う事にします。虎兎ちゃんが暴れれば一発解決。ご飯もご馳走してくれるかもしれないよ」


「そんな、さっきまで……。ぐうぐうたらだらだったのに、調子いいんだから……。もう!」


「それにこんなに可愛くて幼気な少年を、ほっておくのは可哀想でしょ」


 傑物とは実際の姿とは裏腹に、何歳だというこが分からない。


 少年より見た感じ明らかに年が下のように見える、幼女の老子ちゃんに、こんな風に言われても、少年は気にせずに深々と頭を下げて礼を言った。


「老子様。ありがとうございます」


 老子ちゃんの膝の上で、あきらめともとれる態度をしながら虎兎ことは起き上がり少年を見る。


「君のお名前は?」


「僕の名前は孫武そんぶといいます」


「じゃあ、村に案内してね。孫武ちゃん」


「老子様。ありがとうございます……。村も救われます!」


 虎兎ことは老子ちゃんの膝から起き上がり、老子ちゃんの頭に移動して身体丸くしながら、老子ちゃんの変わり身の早さに飽きれている。


 そんな虎兎を頭に乗せながら老子ちゃんは立ち上がり笑って少年の手をとり村へ歩き出す。


 力を頼りされる事に少し釈然としない虎兎ことではあったが、二人と一匹は山道を抜けて村に向かうのであった。



ーーーーーー次回予告ーーーーーー

孫武悪い子行けない子にご期待下さい

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