おてがみ

埴輪庭(はにわば)

第1話

 ◆


 大学から戻った美咲は、郵便受けに挟まっていた一通の手紙を取り出した。


 宛先を見た瞬間、またかと思う。


『さいとう 久美 さま』


 この部屋には、そんな名前の人は住んでいない。


 差出人は『さいとう さくら』という幼い文字だった。


 住所は書かれておらず、切手には消印もない。まるで誰かが直接入れているかのように、ひっそりと届く手紙だ。


 彼女はため息をつきながら封筒を開け、淡いピンク色の便箋を取り出した。


――


『おかあさんへ


おげんきですか。さくらはげんきです。

きょうはようちえんで、おゆうぎをしました。

さくらはうさぎさんになりました。せんせいにじょうずだとほめられました。

おともだちもいっぱいできました。


でも、おとうさんはおしごとがいそがしいみたいで、あまりあそんでくれません。

さくらはごはんをひとりでたべるときがあります。

おとうさんはときどきおこります。さくらがわるいこだからだとおもいます。


さくらはいいこにしています。だからはやくあいにきてください。


さくらより』


――


 美咲は読み終えると、少しだけ胸が苦しくなった。


 幼い子供が、母親に会いたくて手紙を送っている。それなのに、なぜか美咲のところに誤配され続けている。


 どこかに届けようかと迷うが、住所も消印もない手紙を、どう処理していいのか分からなかった。


「……可哀想に」


 そう呟いて、美咲は机の引き出しを開け、前回の手紙の上にそっと重ねて置いた。


 その時、ふと下腹部が妙に疼いた気がした。


 違和感はすぐに消え、美咲は疲れだろうと気にも留めずに夕食の準備を始めた。

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