6話◇ただの笑顔




 ロランは困惑していた。


「こんにちは、ロラン様!」


「こんにちは、ディーナ様」


 表面上は、これまで通りに演技できている。

 身体に染み付いた偽りは、良くも悪くも簡単には剥がれ落ちない。


 しかし、鈍化して久しい筈の感情が、まるで子供の頃のように乱高下していた。

 妙に身体が軽い。それでいて熱く、ディーナが微笑むだけで胸に鈍痛が走るようだった。

 だがその痛みは疎ましいものではなく、甘い痺れのように感じる。

 自分は一体、どうしたというのか。


 ロランはこれまで、その甘い容姿と完璧な演技で、その場しのぎの人間関係を幾つも築いてきた。

 必要とあらば女性を口説くこともあった。

 だから理屈の上では、自分を襲う感情にどのような名前がつくかも、わかるつもりだ。


 しかし、あり得ない。


「昨日は申し訳ございませんでした。興味本位で、お仕事について尋ねてしまい……」


「いいえ、お気になさらず」


 彼女が申し訳無さそうな顔をすると胸が痛むのも、錯覚だと己に言い聞かせる。


「ご不快に思われたのではないですか……?」


「そのようなことはありませんよ」


 不安そうにこちらを見上げるディーナに、ロランはにっこりと微笑みかける。

 そうしてようやく、彼女は安堵したように吐息を漏らすのだった。

 その日も、メイドのミルが淹れた紅茶を飲みながら、ディーナにせがまれるままに話をする。

 ちなみに、そのミルは二人の邪魔にならぬようにと部屋の外へ出ていた。


「世界中を旅するだなんて、素敵です。わたしはこの屋敷を出たこともありませんから」


 羨むような声で放たれたディーナの言葉は、ロランにとって好機であった。


「外の世界に興味がお有りで?」


「はい。でも、わたしが外に出ることは難しいでしょうね……」


 彼女の表情に陰が差す。


「ご両親の許可が下りないから、ですか?」


「それもありますが……。呪いの子が外に出ては、民に無用の不安を抱かせてしまうでしょう」


 自分の存在が民に悪影響を及ぼすから、外に出たい気持ちを封じるというのか。

 何を食べれば、このような性格に育つのかと、ロランは不思議に思った。


「では、そのような不安と無縁の地でしたらどうでしょう」


「……というと?」


「呪いの子が信じられているのは、主にこの地方です。違う国へ行けば、白い髪を恐れる感覚など、誰も持っていません」


 ロランが初対面で彼女をおぞましいと思ったのも、この地に数年滞在したことで、何度となく呪いの子に関する話を耳にしたからだ。


「……い、言われてみれば、そうかもしれませんが」


 そんなこと考えたこともなかった、という顔をするディーナ。


「いつか、機会があれば外の世界を案内させてください。ディーナ様にお見せしたいものが、沢山あるのです」


「ロラン様が、連れて行ってくださるのですか?」


「えぇ。ディーナ様さえよければ、ですが」


 すると、ディーナは心の奥底から湧き上がってくる幸福感がにじみ出たかのように、柔らかな笑みを浮かべるのだった。


「嬉しいです。約束ですよ?」


 心臓を、鷲掴みにされたようだった。

 たかが笑顔一つがこのような威力を伴うのかと、ロランは衝撃を受ける。


 同時に、偽りの好意で彼女を喜ばせていることに、罪悪感を覚える。


「えぇ、約束いたします」


 それでも、ロランの外面は遅延なく機能し、彼女の微笑みに応じるのだった。


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