『カーテンのむこう』
彼女が引っ越していったあと、部屋に残ったのは、黄色いカーテンだけだった。
ソファも本棚も、彼女のぬいぐるみコレクションもきれいさっぱり消えて、そこにあるのは無印のテーブルと、たぶん買ったことも忘れていた観葉植物、それから例のカーテン。
「なんでカーテンだけ?」
って言ったのは友人のトモダ。
彼はビール片手に僕の部屋を見回して、「やっぱ女がいなくなると、色が抜けるよな」とか無神経なことを言った。
でも僕には、あのカーテンがどうしても“彼女の残した伏線”に思えてならなかった。
伊坂幸太郎の小説に出てくる細かい伏線みたいに、あとから「あれ、意味あったんだ!」って驚くやつ。
カーテンは薄くて光をよく通す。風が吹くとふわっと舞い上がる。その動きが、なんだか彼女に似ていた。急に笑って、急に黙って、気まぐれで、やさしかった。たぶん、僕がちゃんと向き合えてなかったのは、そういう“ゆらぎ”だった。
ある夜、ふとカーテンを開けてみた。
窓の外には何もない。相変わらずのベランダと、となりのマンションの壁。でも、そのとき、風が吹いて、カーテンがふわっと僕のほうに寄ってきた。
あのとき彼女が言っていた。
「カーテンってさ、風のかたちが見えるんだよね。ふだん、風って見えないじゃん? でもここには残るの。そういうの、いいと思わない?」
その言葉を思い出したら、少し泣けた。
風のかたちが見える——たぶん、彼女は僕にそういう“見えないものを見る力”を持ってほしかったんだ。
いま、僕はカーテンを替えずにいる。
誰かが来るたび、「センスないな」と言われるけど、それでいい。そこに風が残ってる限り、彼女が教えてくれたものを、僕はまだ覚えていられる。
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