十九 宴席
神の
華やかな春季が舞い降りたかのようだ。
(随分とまあ、長く舞えることだ)
蓉子は後宮の官女と共に、開宴を告げる
やがて、深紅の
(……あれ、雅明)
雅明は座らずに、皆の視線の集う前方で、蝶を舞わせていた。彼の式神に蝶がいたが、まさか。
蓉子が凝視していると、雅明は蝶を指に留め、喜色に顔を染めた。
「当座の邪は只今祓ったゆえ、この場は浄化されています。春季を司る青龍は大変慶んで天より舞い降りました、この弥和国に瑞をもたらすでしょう。今宵の妖霊星は瑞兆と想われます。
小太りの貴族の男が前に上がり、短冊に濃やかな筆で流麗なかたちを描く。恐らくは達筆なのだろうというのは、手許があまりみえずとも解った。
「
各々の地で喝采が巻き起こった。皆が悦楽に燃るなか、法螺貝が響いたかのように
蓉子の場合は、毒鬼姫が毒を盛ったと奇しまれないように、他人を粧うゆえだ。
まずは前菜を搬んだ。
漆の小鉢に盛られた
「なんだ、この卑賤の糧食は! まるで飢える奴婢ではないか」
饗宴に響めきが広がる。ほとんどの者は地味だとは勘づいていたが、卑賤とは毛ほども想っていなかったようだ。
浅縹の貴族は、今度は
「静粛に。これは庖丁人が、我々の壮健を祈り、丹精込めて調りた薬だ。薬を無下にするだけでなく罵るのは、生命にたいする侮蔑。謹め」
凛乎とした声に聞き憶えがあり蓉子は想わず
(女房に
一騒ぎ終えた饗宴にて、后妃たちが
「ん、甘いわ」
「ええ。でも、甘ったるくはないのね。なんというか、
(それを卑賤の糧食とは、無教養な。まあ、学ぶ前は皆無知だものね)
智識とは、旧くより承け継がれた人々の激情と奮励の賜物だ。己は識ることで叡智を授かることのできる、途轍もなく恵まれた身だと、蓉子は密かに胸の裡で独り言つ。
「新春には、
「続いて、
白瑠璃の杯に注がれた琥珀色の蜜に、幾つかの棗の実が游いでいた。
清閑の間が調べを奏でる花蜜に、歓喜に燃ゆる声があがった。
「白瑠璃は絹の道を辿り
確か大陸から、築かれて間もない邦の始皇帝とその皇后が招かれていたか。
「……この蜂蜜は、いったいなんの花の蜜かしら?」
大陸の皇后が訊ねる。
「
窈窕とした銀白と桃花の
棗、
「蜂蜜だが、甘味が強くないのが良いな。程好い酸味を含んでいる」
「棗の食感がまたなんとも」
余談だが、露華の花蜜は通常の蜂蜜に比べて甘味が弱く、酸味が強いのが特徴だ。
「名のある果実ではなく露華の蜜を使うところが粋ですね。棗は大陸では、一日三粒口にすれば老いないと談られるほど薬としての御力を信仰されていたそうですし……」
(盆暗の
続いては花餅だ。
紅梅と白梅が咲って並んだ花餅の花蕊は金箔になっており、円い輪郭が清浄な心を喚ぶ。
「
「ええ」
噛むと餅の柔らかな食感と薄皮の独特の心地が餡と馴染んで、口の中で蕩ける。餡は口内のぬくもりで融けて流れる果敢なささえ持っていた。
「すぐに消えてしまうわ!」
「あっという間に食べてしまったわね」
梅の馨りが鼻腔をくすぐり、ほのかな酸味が餡の中で馥郁を纏い満ちる。桜餡とは異なる味はまさに梅そのものだ。
春の七草のお浸しは健胃を図ったものだ。食欲を増進するために
「春の七草は、恋の
前菜と喚ばれる過程はこれにて了りだ。
桃の節句の席で、
鮑には、体内の「
御吸物という温かなものと戴くことにより、体温を平熱に調え、潤沢にすることができるのだ。
筍と
「
「饗宴で口にできて、光栄だ」
真鯛の烹付けは
「鯛も、愛でたいという掛け辭で
真鯛は
鯛は
続いては馬肉の
「
「ええ。美味しそうね」
「こちらは火鍋になります。お好みの焼き加減になったら皿に盛り、こちらの
「まあ、素的」
桌子に置かれた火鍋に次々と火を点ける。上で焦げつくような美味の音を奏でる赤身が、繊維の一本まで熱を享け、肉汁を湛えはじめる。輪郭は茶色く焦げ目を帯びるが、中は朱鷺色を保っていた。浄らかで甘い馨りが、人々の胸をくすぐった。
そろそろ焼きあがる頃、皿に盛った肉に数名が果醬をかけた。果実特有の
「ん、柔らかい」
「歯など要りませぬな」
人々が次々に歓声をあげる。饗宴もいよいよ
「強飯で御坐います。昆布と共にお召し上がりください」
茶碗に盛った強飯を各々の
「美味しそうだわ。弥和国の米は美味と評判だから、娯しみにしていたの」
大陸の米と弥和国の米は細かながら差異があると聴く。蓉子はいっさいそんなつもりなどなかったが、口に合うぶんには良いだろうと割り切った。
(饗宴がうまくいって良かった)
人間万事塞翁が馬。好きことの次は悪きことが廻ってくるのが道理だ。
何故なら此処は、弥和国の都。絶ててぬ禍根は、幾度も蘇る。
◇
これにて「平安毒鬼姫の雅なる施し」第二章は終了です。
ご愛読ありがとうございます。
ここで一度、数週間ほど連載を休止させて頂きます。
吾輩の「Lucina」としての活動の想定以上の反響に、もっと歌い手として伸びたい、努力したいという思いが強くなったためです。
現在のところ、チャンネル登録者数は60人、チャンネル総再生回数は47,000回という数字を頂いております。グループの活動も始まり、歌い手としての活動が徐々に夢物語や遊びではなく少々ばかりの本気さえ帯び始めた今日この頃、吾輩は月兎アリスとLucinaの同時の成立に難しさを憶えていました。しかしどちらも辞めたくはない。歌い手活動が成長期に差し掛かったので、数週間ほど、歌い手「Lucina」としていさせてください。
カクコン開始までには帰する予定です。
第三章の題材は「大陸」
大陸に拘わる様々な事象が登場します。果たして蓉子は、異国の理を、己の智識を以て解くことができるのか。
これからも「平安毒鬼姫の雅なる施し」をよろしくお願いいたします。
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