四  呪詛われし一の姫

 春の月華が花を照らす。

 うてなから落つる花を、齋木さいきの萩子しゅうしは愛おしげに拾った。番の花蘂かずい鼻腔びくうにちかづけて、婉然えんぜんと頰笑む。


 齋木さいきの萩子しゅうし──数え年、十八歳。

 禁毒卿きんどくきょう一の姫、花にで騒ぐ姫と称される。


「……嗚呼、花葩はなびらが集うとこんなに華やかなのに、かおりはこんなにつつましやかなんて、なんていじらしいの。見目の他は称えられることなく散るなんて」


 でも、わたしがいるからね、と。萩子しゅうしは眼を細めて、花葩はなびらを撫でる。


「あのね、私、恋文が来たの。歳上の素的すてき公達きんだちよ。宮中では、女遊びの好色男って云われているけれど、それでも歓喜うれしかった。だって、絶世の色男なのだもの。かおが良いのよ。身分も高いしね……おめかけでも良いから、彼のおんなになりたいわ」


 運良く本命になれたら──と、萩子しゅうしは頰を染めて華やいだ声を上げる。

 小夜風が、うてな花葩はなびらを散らした。あまやかな風は麗らかな春夜をまとい、花曇はなぐもを冷やす。この季節は、ひとのぬくまりで寒をしのぎたい。


(運命のひと──来てくれるかしら)


 次はどんな大和歌うたを送ろうかと、高鳴る胸に花をえていると。

 突然だった。

 曇ひとつない蒼天に、先触れもなく雷公かみなりはしってつちを穿ち裂くかの如く。


 口と下腹から、血があふれでた。


「うはっ……がっ……がはっ……」


 刺されたわけではない。それなのに、血が止まらない。鮮血は小夜衣*寝間着を染め、庭園に流れ、川のように線をえがいた。

 うめき声に呼ばれた女房にょうぼうが駆けつける。


「姫様!? 意識は御坐ございますか!?」


「……さく、ら……わ、たし、のろ、っ……た……」


 おぼろげな意識の中で紡錘つむがれた、夢想のような独り言でも。

 ときと局面で、話が変わる。



「桜が呪詛のろった……!!」

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