平安毒鬼姫の雅なる施し 毒を喰らいし姫、願はくば世を救わむ

月兎アリス/月兎愛麗絲@後宮奇芸師

一  毒を滋養と為し姫

一  肉の生えた姫

 しずかに雪が降るあさ椿ツバキの花が銀世界に落ちた。

 そのとなりに埋もれていた曼珠沙華マンジュシャゲの球根が、ひとの手によって引きかれる。

 けた雪で濡れたそれを、いとおしげになでるのは、裳着もぎをおこなわれたばかりであろう少女だった。


「冬をしのごうとする貴方あなたたちを引きぬくのは、心苦しい。ものすごく、苦しい。けれど、……わたしが生きるため」


 凍えるような寒さのなか、女のきさけぶ声が通った。


「お願いします、お願いします! どうか……私の娘を、治してください!!」


「確実に治せる方法はありません。……よいですか。《毒鬼どくき》は、ながらく症状と薬の副作用にたえ、やっとすこしよくなるような病なのです。薬をみ続け、根気づよく向きあうしかありません」


 まだ病因もわかっていないのですから、と、父が女をなだめる。雪の庭のなかで立ちどまっていると、ふいに振りかえった父と、目があった。


「……蓉子ようし。すこし、てくれないか」


(まったく、《毒鬼どくき》は完治した例がないというのに。さきほど仰有おっしゃっていたでしょう)


 しかたない、しかたない、と白い息をついて、雪をおとしてなかにはいった。


「……ほんとうに、娘は治るんですか!? し……死ぬなんて、縁起のわるいことは、云いませんよね……?」


「もちろんでございましょう」


 蓉子が触れたのは、患者である娘の首もとだった。小鳥がのっている――否、肉が盛りあがってできた肉塊だ。


「……失礼ながら、彼女は、小鳥を飼っていました?」


 女――母親は、口唇くちびるをふるわせながら語った。


「は、はい……娘は、金糸雀カナリアを、飼っていました……」


 妖艶あでやかな袖でなみだをぬぐいながら、ぽつりぽつり、と。


「庭の泉水いけほとりに、おちていたのです。雌雄しゆうも、どうしてここにいるのかもわかりませんでした」


 声がふるえるたびに、娘の首の金糸雀カナリアがふるりと振動れた。


「娘は、うつくしきもの※かわいらしいものが好きなでした。金糸雀カナリア蒲公英たんぽぽという名をつけて、餌遣えさやりもなにもかもしていました。けれど、あるあさ、鳥籠のなかで冷たくなっていて」


(そういえば金糸雀カナリアは、貴族たちの間で愛翫あいがん用として高額で取引されていたな。好き勝手に飼育そだてたらすぐに死ぬのをわかっていない莫迦ばかどもが、最期をみとどけられるはずがない)


 鮮烈あざやかな金色とあいらしくいじらしい姿が、庇護欲ひごよくをそそる――まったく、生命いのちがなににみえているのか、と蓉子はくびをふった。


「では、蒲公英たんぽぽの好きだったものを、肉塊……いえ、蒲公英たんぽぽに嗅がせるなり、かぶせるなり、してくださいね。雲の上にいる蒲公英も歓喜よろこびますし、娘さんも落ちつくでしょう」


(《肉憶にくおく》の治療法も、もうすこし確立すれば、彼女はらくだったろうか)


 母親は、いとしき娘を抱きすくめ、そしてゆかに額をすりつけた。


「ああ……まことにありがとうございます!! 蒲公英たんぽぽも、きっと、気持ちが晴れるとおもいます」


 いえいえ、と蓉子は口角をあげる。


(まだ治っていないのにな)


 と、母親は、蓉子の顔をまじまじとみて、数回まばたきをした。そして、眉間にしわを寄せる。


「……ねえ、貴女あなた。おしろいは?」


「……おしろい、ですか? 今朝の汁物にとかしましたが」


「よくみたら……口紅は?」


「もってません」


「……もしかしてだけども、貴女、素嬪すっぴん?」


「はい」


 うすい口唇くちびるのあいだから、真白まっしろな歯列を、ちらりとのぞかせた。おしろいを塗りたくった愛娘とみくらべて、母親は「ひぃぃいいっ」と悲鳴をあげ、あとずさり。


「や、やっぱり!! あの《毒鬼姫どくきひめ》だわ……噂通りなら、毒を滋養になす、なんて気味のわるいこと……!!」


 娘を助けてくれてありがとう、これっきりだ、と。母親は、侍女じじょたちを引きつれて、御簾みすの向こうにすがたを消してしまった。

 蓉子は、ぽつりとぼやく。


「私って、そんなに気味がわるいのでしょうか」


「……婚姻適齢になっても気づかぬとはな。常識はずれもはなはだしい」

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