2-6
「拓海、おかえ……り。どうしたの!? その傷」
七海が僕をみるなり叫ぶように声を上げていた。
慌てた様子で駆け寄ってくるけれど、僕は何も感じなかった。
ただ手には海でみかけた宝箱だけを握り締めて、そのままふらふらと自分の部屋の方へと歩き出していた。
「まって。まって。ああ、もう土まみれじゃない。どうしたの。痛くないの? 血も出てる。病院、病院にいかなきゃ。ああ、でもこの時間じゃもう空いてるところないよね。まってて、確かガーゼくらいはあったから」
七海は慌てた様子で奥の方へと向かっていた。
僕は頭の中がからっぽになったまま、ただ部屋の机の上に宝箱をおいて、椅子に座り込んでいた。
七海が何か言っていたようだったけど、ほとんど何も聞こえていなかった。
濡れたタオルで僕の汚れをふきとっていたようだった。
少しだけ傷に染みて痛みが走る。
同時に僕は涙をこぼしていた。
「ご、ごめん。痛かった。痛かったよね。でも我慢してね」
七海が見当外れなことを告げていたけれど、僕には痛みなんてどうでもよかった。
七年前のことを思い出した。僕の前で彼女は足を滑らせて崖の下に落ちた。
その後の記憶はない。
訳がわからないうちに僕は気が付くと家で眠っていた。
僕があそこに行こうと言わなければ、こんなことは起きなかった。
僕のせいだ。僕が詩音を殺してしまった。
そう思う自責の念のせいか、七年前の僕はそのまま自分の殻に閉じこもってしまった。
七海に連れられて何度かカウンセリングのようなものを受けたのを思い出す。
そのおかげか次第に僕は回復を見せていったけど、同時に詩音のことを少しずつ忘れてしまっていた。
そして僕がしっかりと立ち直ったのは、詩音のことを何もかも忘れ去ったあとだった。
僕は気持ちを取り戻すのに、すべてを忘れてしまわなければいけなかったんだ。
だけど僕は思い出してしまった。
だから起きてはいけないことが起こった。
「……その宝箱」
七海が急に声をあげていた。
僕はやっと七海の言葉が頭に届いて、七海へと顔を向けていた。
「知っているの?」
「知っているも何も、それ私が拓海にあげたものだよ。拓海が宝物を入れる箱が欲しいっていって、私が持っていたこの宝箱のレプリカをあげたんだ」
「七海が……そうか。そうだった。思い出したよ」
言われて初めて詩音とあの場所にいく前に、何か箱を探していたことを思い出していた。その時に七海にこれあげるよと言われて、ありがたくもらったんだった。
そんなことも忘れていた。たぶん何度も受けたカウンセリングの中で、僕はあの時のことを忘れるように少しずつ少しずつ誘導されていったのだろう。僕の心を落ち着かせるには、そうするしかなかったのだろう。
それほどに僕はあのときふさぎ込んでしまっていた。
「拓海は、思い出してしまったんだね」
七海は僕をぎゅっと抱きしめていた。
「大丈夫。大丈夫だよ。お姉ちゃんがついているから。拓海は一人じゃないよ」
七海の温もりが直接伝わってくる。
あの時もこんな風に七海に慰められていたような気がする。
「七海……」
姉の名を呼んで、それと共に涙がこぼれだしていた。
詩音がいなくなったこと。七年前に詩音が事故にあっていたこと。
一度にたくさんのことが起きすぎて、僕の頭は混乱してまともに働いていなかった。ほとんど無意識のうちに家まで帰ってきていた。
でも七海の言葉で、七年前の事故を思い出してしまったこと。目の前で詩音が消えてしまったことを僕は理解していた。理解してしまっていた。
後悔が僕の中に押し寄せてくる。
どうして僕はあの時、詩音をあの場所に誘ってしまったのだろう。
どうして僕はあの時、詩音を救えなかったのだろう。
何か出来ることがあったはずなのに。
心の中にたくさんの疑問も押し寄せてくる。
どうして詩音はもういちど僕の前に現れたのか。
どうして詩音は消えてしまったのか。
わからないことばかりだったけれど、詩音がいなくなったという事実を痛いほどに理解していた。詩音は思い出してしまったから消えてしまったのだ。
「う……く…………う…………」
泣きたくなんてなかった。だから声を押し殺していた。
だけどどうしても溢れてしまう涙が、僕を責めるように押し寄せてくる。
声が漏れ出してしまっていた。それでも何とか抑えようとして、心の奥底にしまいこもうとしていた。
七海は何も言わずに僕を抱きしめたまま、僕の背中をさすっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます